#01「父の書斎:ナムジュン・パイク・アートセンター」
映像メディア学を専門とする馬定延による新連載。最初の訪問先は、韓国のナムジュン・パイク・アートセンター。開館直後の2009年から16年間にわたりアーカイブを担当した「友人」のパク・サンエの下を訪れた。
映像メディア学を専門とする馬定延による新連載。最初の訪問先は、韓国のナムジュン・パイク・アートセンター。開館直後の2009年から16年間にわたりアーカイブを担当した「友人」のパク・サンエの下を訪れた。
映像メディア学を専門とする馬定延による新連載。#00は、映像作品の制作、展示、上映、批評、収集、保存において重要な役割を果たしてきた世界各地の美術機関を訪れる旅を綴る上でのまえがきとなる。
現代における生と死の概念を手がかりにリサーチを続けるアーティストの中島。第四回は、愛知の実家近くで起きた航空自衛隊のヘリ墜落を入り口にしながらも、沖縄で辺野古、宜野湾、渡嘉敷島、読谷、糸満などを訪れた体験を中心に思考を巡らせていく。
中島が運営するプロジェクトスペース「脱衣所」と山上徹也被告による安倍元首相銃撃事件。脱衣所の始動に向けた準備期間に事件が起こり、建物の取り壊しが迫る時期に初公判が始まった。何の関係もないはずのふたつの出来事。さまざまな気がかりとともに、中島は初公判のニュースを追い裁判傍聴へと向かった。
現代における生と死の概念を手がかりに、西洋における安楽死制度への関心を深めるアーティストの中島りか。海外のレジデンスでの「安楽死」に関するリサーチをまとめ、作品化すると同時に、中島が経験する家族の死、そして、スマホ越しに届くパレスチナ・ガザ地区からのニュース。リサーチや制作の継続を悩みながら、それでもなお「死」というテーマに向き合い続けることとは。
アーティスト集団「オル太」のメンバーとして活動するメグ忍者の連載。最終回となる第四回は、イベントをおこなった豊田や、新作のリサーチのために訪れた韓国での出来事を振り返る。国内外を移動しながら制作することや、眠り起きることを繰り返す日常と社会との接点についてメグ忍者は思考を巡らせる。
アーティスト集団「オル太」のメンバーとして活動するメグ忍者の連載。第三回は、手術を終え退院したメグ忍者が、体調に不安を抱えつつ日常に戻っていく様子を描く。作品のためのリサーチや展覧会、父の新盆など、日々の出来事に追い立てられながらも、作り手としての人生に向き合う。
アーティスト集団「オル太」のメンバーとして活動するメグ忍者の連載。第二回は、卵巣腫瘍と子宮筋腫を取り除く手術を受けたメグ忍者が、術後に感じた身体の痛みや入院中の心境、腫瘍発見から手術に至るまでの経緯を克明に綴る。
ドクメンタを巡る考察はマニフェスタを経由し国内の事情に向かうはずだった。およそ1年半の歳月を経て再開したホドロジーは改めて芸術を取り巻く環境を反省的に問い直していく。美術批評家の杉田敦による長編論考最新回。
ドクメンタ15を断念した美術批評家の杉田敦は、ホドロジーという研究姿勢を確認しつつ、コソヴォ共和国の首都プリシュティナで開かれたマニフェスタに向かう。マニフェスタに関する考察を通じて見えてきたものとは。
ドクメンタを訪れるべきか訪れないべきか。継続してきた経験を手放し、異なる経路を選んだ杉田は、立ち止まり、時に過去を振り返りながら、ドクメンタを巡る別様の考察を進める。
東京都写真美術館で開かれた「記憶:リメンブランス」展で実施されたグエン・チン・ティのトークを翻訳掲載。出品作品《パンドゥランガからの手紙》を中心に、最新作まで、制作における関心の拡がりや制作背景を語った。
東京都写真美術館は総合開館20周年記念として『ダヤニータ・シン インドの大きな家の美術館』を開催。現代社会のさまざまな問題を示唆するとともに、写真や写真集のメディアとしての新たな可能性を切り拓く写真家、ダヤニータ・シンの初期の代表作から最新作までの幅広い表現形式を通じて、その詩的
前半はこちら All images: Dominique Gonzalez-Foerster, M.2062 (Scarlett) September 6, 2013. Parasophia: Kyoto International Festival of Cont
長崎県を訪ねた筆者は、雲仙・普賢岳をはじめとして、島原半島の災害史と関わる各所をめぐった。本稿では諫早神社(九州総守護 四面宮)の歴史とそこで整備が進む「御神苑」を軸に、記憶の継承のありかたを考える。
松本市美術館での「須藤康花 光と闇の記憶」展をめぐる論考。30年の生涯において、展名に象徴されるような対照的な世界を描いた須藤。彼女が見つめたものは何だったのか、論者の想像的飛躍も用いながら探る。
2024年の能登半島地震発災時、筆者の頭にまず浮かんだのは「奥能登国際芸術祭2020+」で訪れた珠洲市のことであった。今回は当時執筆した「スズ」をめぐる論考(同芸術祭公式図録収録)を転載する。
現代中国の文学や芸術を研究する牧陽一責任編集による「艾未未のことば」。今回は台湾国際放送(Rti)で放映されたインタビューを翻訳掲載。天安門事件で学生指導者を務めた民主運動家ウーアルカイシを聞き手に、艾未未が自由や抵抗をテーマに人生を振り返る。
世界文化賞授賞式のために来日した艾未未が、埼玉大学で学生との対話を行なった。美術館での活動のみならず、「対話」もまた重要な作品と捉える艾未未がさまざまな質問に答える。
「艾未未のことば」責任編集の牧陽一が2020年4月に学生へ宛てた手紙と、昨年、艾未未がドイツを離れた背景を考察した文章を掲載。
映像メディア学研究者の馬定延との往復書簡。締めくくりとなる田中からの手紙は、「公」開の「私」信ともいうべきこのやりとりに可能性を託しつつ、映像をめぐる馬さんからの問いに応える。
映像メディア学研究者の馬定延との往復書簡。馬からの最後の手紙は、作品における「出来事とその記録」の関係性をめぐり、作家、キュレーター、参加者、観衆の関係性をふまえ、そこで開かれ得る可能性を問う。
映像メディア学研究者の馬定延さんとの往復書簡。田中からの二通目の手紙は、ベルリンでの最新プロジェクト(イベント)を紹介しながら、映像の「展示」と「上映」をめぐるある視点について綴る。
YCAMとの約2年間にわたるコラボレーションを通じて制作されたホー・ツーニェンの新作《ヴォイス・オブ・ヴォイド – 虚無の声》。馬定延は、同作の「声」を手がかりに、京都学派、そして、ひとつの枠組みに囚われない「歴史の主体」に関心を寄せるホーの視座を探る。
不特定多数の人の目にさらされる 作ることについて 岡啓輔(蟻鱒鳶ル)×増本泰斗(ARTISTS’ GUILD) ※本対談は、『あなたは自主規制の名のもとに検閲を内面化しますか』(torch press)収録の記事から一部抜粋・転載したものです。 ワーク
iTunesとしての展覧会と、DJとしてのキュレイター 唐突だが、みなさんは音楽をどうやって聴いているだろうか。お気に入りのCDやレコードを棚から探し出して、ステレオにセットして・・? でも多くのひとは、もうiTunesで好みの曲やアーティストをクリックするだけだろう。 何年