艾未未のことば:雑感(2020年6月)

雑感(2020年6月)
文 / 牧陽一

 

1.学生への手紙(2020年4月)

コロナウイルスで蟄居を余儀なくされ、大学は休校となった。筆者にとって、2019年における最大の問題は香港問題とあいちトリエンナーレの表現の不自由展、その後の問題だった。継続して考えていくために、筆者は以下のような課題を学生の方々に与えた。

 

4月18日(土曜日)、「香港警察、反中国デモ一斉摘発 民主派幹部ら15人逮捕」という事件が起きています。また香港の庶民の文化活動を支えるアートスペースも閉鎖されています。香港の民主は守られるのか?という問題は現在大きなものになっています。
東アジアを眺めれば、台湾、韓国は民主的な政権の下で、コロナウィルス対策の迅速さ、性的なマイノリティの人権保障など、人々が「より生きやすい」生活ができています。それは人々の「政権への信頼」に裏付けられている。その政権は庶民が多くの政治的弾圧の苦しみを経て実現させたものです。
逆に、中国、北朝鮮、日本は独裁的な政権の元、失敗を重ねています。それは政権が人々の意見を聞かない、そして人々が政権を信頼していないことが原因でしょう。なぜ信頼できないのか?それは歴史に見ることもできます。
加害の歴史を隠蔽し、被害だけを強調する。失敗した歴史を隠蔽し、勝利と成功だけを強調する。これが「悪い場所」の政権がやることです。
従属的帝国主義、侵略戦争を隠蔽し、明治維新の脱アジアの近代を強調する。
反右派闘争、文革、64天安門事件を隠蔽し、抗日戦争勝利を強調する。
それが日本と中国の政権です。

失敗を認めて変わっていく事が、人間への尊厳、祖国への誇りに繋がります。それができる政権が必要でしょう。
そうした視点をもって文化を眺めれば、そこで苦悩する人々の姿も見えてくると思います。

さて、普通授業回復までの課題ですが、中止になった4月27日(月曜日)シンポジウム「香港問題とパフォーマンスアート」に参加予定だった東京大学の阿古智子先生の「香港 あなたはどこへ向かうのか」1~6[1] を読んでおいてほしいのです。
また倉田徹・倉田明子編『香港危機の深層』東京外国語大学出版会2019も参照してください。
そして香港の現状について調べてレポートの準備をしておいてください。
これは概説、研究法、演習、文化論研究基礎、共通する課題です。

香港問題に加え、昨年2019年はあいちトリエンナーレ問題がありました。
国際芸術展に政権の暴力(権力と金)が介入した大きな事件でした。椹木野衣「ボイコットをボイコットする―トリエンナーレの齟齬」(『新潮』2020年2月号)で指摘されていますが、本来、国際芸術展は世界の様々な表現を自由に展示することで、議論し考える政治性を含む「場」です。しかし昨今の「むらおこし」「おまつり」「フェスティバル」的なものとの混同が生じています。つまりは、地域の人々にとって、快適で無害で美しいもの、議論を誘導しない安全な作品ばかりが、展示される。あるいはメッセージ性が明白すぎる作品です。問題になった「表現の不自由展、その後」セクションに展示された「平和の少女像」は先の戦争で犠牲になった多くの女性たちを描いたもので、普遍性を持ちます。少女像については少女像の横で自ら日本人慰安婦になる嶋田美子さんのパフォーマンスがその普遍性を代弁しています。[2] また「遠近を抱えてpart2」も日本人としてのアイデンティティを問題にしており、複雑な作家の内面を描いています。それぞれ今も残る歴史認識の問題と個人の苦悩を描いているのです。[3] こうした作品は国境を越えた普遍的なものです。そして「国際芸術展」にふさわしいものです。しかしトリエンナーレを偏狭な「むらおこし」的なものと勘違いする一部の人間が権力と金で阻止しようとしたというのが今回の事件です。

ネットで読める椹木野衣「美術と時評87:表現の不自由・それ以前―小早川秋聲、山下菊二、大浦信行の〈2019年〉をめぐって」[4] を見ておいてください。また椹木野衣さんは日本を代表する美術評論家です。ほかの記事や書籍を読んでください。

「表現の不自由展」は台湾で開催されました。今後の動向も見守っていきたいものです。
「表現の不自由展」が台湾で開幕。6組の作家が参加 台湾の現代美術館「台北当代芸術館」で4月18日、「表現の不自由展 A Long Trail for Liberation(解放への長い道程)」が開幕した。[5]

さて香港問題もあいちトリエンナーレ問題も、いま体験しているコロナウイルス問題も政治の民主化と大きくかかわっていることがお解かりになったと思います。政治は生活に関わってくるのです。そして文化とは一方で政治に操作されたり、従属させられたりしてはいけない自由なものであり、逆に政治を監視するものでもあるはずです。

 

以上が学生の皆さんへの手紙だが、想起しておいてほしいのはアイ・ウェイウェイのことばでも訳出した「香港対話」である。2010年の対話だが、すでに10年後の現実を予想していたかのようだ。香港は単に流行文化の先端を行くおしゃれな場所ではなくなった。民主を守れるかどうかという世界の先鋒の場となったのだ。アイは、一度自由を体験した者は二度と後退はできないと言っている。香港人の中国政府への抵抗は、私たちの専制支配への抵抗となった。

さて今回、「ことば21」で訳出したのは上海で起きた楊佳事件に関するものである。アイ・ウェイウェイと中国政府の対立の原因のひとつと言える。もうひとつは四川汶川大地震の調査である。北京、上海と成都、アイは魏呉蜀三国志でことごとく政権の問題を暴こうとした。

ところで、日本政府のコロナウイルス感染対策の遅れは、2020年のオリンピック開催と無関係ではない。政権がオリンピック開催にこだわるあまり、ウイルス検査を実施せず、実際の感染者の数を隠蔽した。2008年四川汶川大地震の際、中国政府は地震後の調査、責任の追及を避けて、北京オリンピック開催を優先した。人命よりも国家の威信を選んだのだ。12年前の中国の過ちを日本は繰り返したのである。

表現の自由、民主化、政権の隠蔽体質、暴力。アイ・ウェイウェイが問題にしていたものが10年後の現実となってしまった。筆者は酷い無力を感じる。一方では中国のコロナウイルス封じを評価し、独裁体制までも容認するような言説さえも出てきた。しかし中国は初動において失敗している。2019年12月に新型ウィルス感染の危険を警告した李文亮医師を、デマを流したとして処罰した。翌年2月7日医師は感染によって死亡している。33歳であった。やはり如何なる危機的状況においても独裁の力を認めるわけにはいかない。却って私たちは、台湾、韓国の民主的な政権への信頼へと近づくべきだろう。筆者がそうツイッターでつぶやくと、Aは韓国と日本では規模が違うと反論した。すかさずBはソウルと東京を比較して、人口、人口密度ではソウルが上回るのに、感染死亡者がごく僅かであることを指摘した。韓国に学ぶことがなぜできないのか? これは先の平和の少女像問題にも共通するだろう。かつて植民地とした韓国が日本よりずっと優位であること、正しいということを認められない卑劣な心情が、一部の日本人に残っているからだ。だからこのような人間を味方にする「こざかしい」安倍政権が存在するのだろう。

 


アイ・ウェイウェイのインスタグラムより

 

2.ドイツを離れ、世界世論の形成に向かう(2019年8月)[6]

この文を書くきっかけとなったのは、アイがドイツを離れることに対するツイッター上での応答だった。「アイは恩のあるドイツから離れるなんて、義理に欠いているのではないか? しかも彼はドイツに対して、開かれた国ではない、と批判している。立つ鳥跡を濁さず、というのに酷いのではないか、また、メルケルの難民受け入れも頓挫して、右派が台頭するこの時期にドイツを去るのには納得がいかない」という意見だった。確かにドイツを去る理由がタクシードライバーから受けた差別というのも、納得がいかない。差別はどこにでもあるからだ。では、どのようにドイツを去る意味付けをすればいいのだろうか。

まずは2015年の中国からの出国後を振り返ってみたい。

最初に起きたことはイギリスから発行されたビザ有効期間が僅か20日だったこと、それは申請に過去の犯罪歴が記載されていないという理由だった。だが、実際、アイは有罪を申し渡されたことは無く、起訴さえされたこともない。2011年の脱税容疑の裁判も警察の妨害で本人さえ出廷できなかった。期間を決められて脱税とされた額と追徴課税1.8億円を1万人の中国庶民たちからの借金で払ったことは多くの人々が知っている。イギリス政府は中国政府の顔色を窺い、忖度したために、こうしたことが起こった。後に外務大臣がアイに謝罪することになる。結果、アイはベルリンへ向かうことになった。

さらにレゴ社の事件もある。作品制作のために、アイはレゴ社にブロックの大量提供を頼んだが、レゴ社は政治的な利用を理由に、この申し入れを断った。しかし、当時のツイッター上で、レゴ社が上海にテーマパーク、レゴランド建設の計画がある事が暴露され、やはりレゴ社が中国政府に忖度した判断だった。結果、レゴ社は自社のポリシーを変更し、使用目的は問わないとした。

そして、重要なのは2019年に入ってからのフォルクスワーゲン社などとの対立だ。アイが制作に加わった映画『ベルリン・アイ・ラブ・ユー』(2019)がベルリン国際映画祭への出品を拒否された。
映画祭の主なスポンサーはフォルクスワーゲン社、アウディ社などだが、ここには中国の企業も加わっている。映画関係者からの聞き取りから、アイは映画の審査に中国政府の圧力があったのではないかと考えている。フォルクスワーゲン社は1980年代に中国に進出し、ほとんどのタクシーがVW社だったことからもうかがえる通り、関係は密着している。多くの大企業が中国政府の支配を受けている現状があるのではないか。大企業を支配する経済力が、文化的な面にまで及んでいるのではないか。

これへの報復的な措置かもしれない。7月、アイはVWデンマークを知的財産権侵害で訴え、勝訴している。アイには承諾なしに、オレンジ色のポロの新車にアイの作品(日の出2017)を背景に使った広告について訴えた裁判で、175万デンマーククローネ(約2800万円)の賠償を受けた。
いくらデンマークで開催された展覧会であっても、展覧会に出品された作品自体は個人のものであり、その国の企業が勝手に使用できるものではない。

ここで明らかになるのは、ドイツのみならずヨーロッパが中国政府の経済的支配を受けているという事実である。中国政権という企業と結託した怪物のような政権が、やがては世界経済をも支配しはじめ、経済的な優位から様々な分野へも支配を強めていく。独裁政権がその力を世界に示し始めている。ファーウェイの問題から始まって、現在の香港支配まで、独裁の暴力が露わになっている。
重要なのはこの怪物政権の誕生にヨーロッパが手を貸してきたということだ。彼らはあくまでも経済的な協力であって、政権とは関係ないというかもしれない。しかし結果的には、この独裁政権はヨーロッパ企業によって肥えてきたのである。ヨーロッパは現状からの経済的利益だけを見てきた。中国庶民が環境問題や人権問題を抱え込むという犠牲をはらっていることには目をつむってきたのである。ヨーロッパは中国政府との共犯関係にあるという罪をごまかしている。そのために中国からの亡命者を利用してきた。亡命者が中国政府批判を展開することで、ここは自由であるというアリバイをつくり、実際には中国政府の経済的恩恵を得てきたのである。

アイがこうしたアリバイ作りのための「亡命者」の位置に甘んずるはずはない。だからドイツへの恩などというものはない。かつてアイが北京の自宅で軟禁されていたときにメルケルが北京に来たが、アイを救う事はしなかった。

ではアイは何になりたいのか?筆者は真の移民だと思う。それは自由な存在だ。世界すべてが、彼の居場所になりうる。彼には住みよいところに住むなどという考えはないだろう。だから依然差別的だというドイツへの批判も、ドイツへの置き土産と考えるがよい。立つ鳥跡を濁さず、ではなく。

 


 

[1] 阿古智子「香港 あなたはどこへ向かうのか」1~6 https://jig-jig.com/serialization/ako_hongkong/ako-hongkong-1/

[2] 明日少女隊「忘却への抵抗 ソウル」(2019年5月1日「第1385回 水曜デモ」でのパフォーマンス)
https://tomorrowgirlstroop.com/againstforgettingkr

[3] 加治屋健司「大浦信行の《遠近を抱えて》はいかにして90年代的言説を準備したか」『あいだ』第112号(2005年4月)、2-14頁.
https://kk392.hatenablog.com/entry/20050401/p1

[4] 椹木野衣「美術と時評87:表現の不自由・それ以前―小早川秋聲、山下菊二、大浦信行の〈2019年〉をめぐって
https://www.art-it.asia/top/contributertop/204110

[5] 4月18日、「表現の不自由展 A Long Trail for Liberation(解放への長い道程)」が開幕した。
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/21731?fbclid=IwAR0dsIxm6tcPAhhJBAUVL6HXqGhXe9Q-gNgRCfQWiK_zefx7fQe3kqYKJo4

[6] 以下のサイトの文章を参照。
パスポート奪回後の艾未未(アイ・ウェイウェイ)
https://www.art-it.asia/u/admin_ed_contri13_j/9rdnoxzkalfeyd2jxswi
“艾未未事件”后 乐高宣布改变供货政策
https://www.bbc.com/zhongwen/simp/business/2016/01/160113_lego_change_purchase_policy
「本当の問題は西欧諸国にある」。アイ・ウェイウェイが中国とカナダの政治的対立について声明を発表
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/19260

 


 

艾未未のことば21:楊佳が上海の警察官を殺傷した事件に関するをめぐる作品「ある孤独な者」に関する対話

Copyrighted Image