ウォン・ホイチョン インタビュー (2)


Still from the short film Doghole (2009), HD video, 22 min. All images: Courtesy Wong Hoy Cheong.

 

取り残された歴史をすくいあげて
インタビュー/アンドリュー・マークル

 

II. 消費としての演劇
ウォン・ホイチョン、搾取の商品化と批評の美学について語る

 

ART iT 前回は取り残された歴史と2004年のリバプール・ビエンナーレで展示した作品「Trigger」(2004)の話で終わりました。「Trigger」では馬に複数のカメラを取り付けたとのことですが、この手法はリモコンカーと車椅子にカメラを取り付けた2チャンネルのビデオ作品「Suburbia: Bukit Beruntung, Subang Jaya」(2006)に続きます。どちらの場合も、我々=彼らの弁証法的な関係における「他者」の視点を表すことではなくて、歴史の典型的な仲介者たちの中に完全に異質な視点を見つけ出すことを試みているのでしょうか?

ウォン・ホイチョン(以下、WHC) はい。これらの「異質な視点」は通常、あまり着目されません。ただ単に「他者性」を使うということは、この複雑でグローバル化された時代においてあまりにも安易で単純すぎるのかもしれません。「Trigger」では馬の視点——追われる側が追う側に回る。「Suburbia」は、毎日車でクアラルンプール近郊のゴーストタウンを通り抜けていることから着想を得ました。年がら年中通っているうちに、この寂れた町を裕福な郊外の住宅地と対比させる映像を作らなければ、と思うようになりました。その作品を作るのに、おもちゃのリモコンカーと車椅子との視点から撮影するより良い方法はあるまい、と思ったわけです。つまり、前者は若さ、スピード、躍動を表し、後者は老い、死の必然性、不動性を表します。
どちらも、視点を変えて視野を広げることで世界をまれな観点から見るという作品でした。目まいのするような、作品を見る人を疎外するような視点を作りたかったのですが、それと同時にカメラをコントロールしづらい、馬・おもちゃの車・車椅子といった仲介者に委ねるとどうなるか試してみたかったというのもあります。偶然性、カメラをコントロールするのを諦めることも作品の一要素となっています。どちらも楽しいプロジェクトでした。要するに遊ぶことが好きなので、私のプロジェクトのほとんどはプロセスとしての遊びについてのものなのです。

 


Top: Installation view of Suburbia: Bukit Beruntung, Subang Jaya (2006), two-channel video projection. Bottom: Maid in Malaysia: Super Girl (2008), Duratrans on lightbox, 100 x 200cm, commissioned by the 2008 Taipei Biennial.

 

ART iT あなたの作品で一番強く印象に残っているのは『Chronicles of Crime』(2006)の写真シリーズです。もちろん、そこにも遊びの要素は見えますが、全体的にブラックな、死を思わせるような雰囲気があります。その一方で、『Maid in Malaysia』(2008)の写真シリーズはわざとらしい要素がかなり強く、まるで広告写真のような雰囲気があります。そのようにブラックな雰囲気からわざとらしさにいとも簡単に移り変わったことはずっと不思議に思っていましたが、これもその遊びの精神に基づく変化だったのでしょうか?

WHC それは作品の題材によりますね。『Maid in Malaysia』の場合、スーパーヒーローの格好をしたメイドというイメージ自体が本当に滑稽でおかしい、わざとらしいものです。否定する余地もないでしょう。だから広告板のように見せるために大きなライトボックスという形式を採用しました。もしこのプロジェクトもブラックな雰囲気で行なったとしたら、過剰にダークで高潔な作品になったことでしょう。はっきりとメイドの搾取についての作品になり、スーパーヒーローのように商品化されうる、そして実際に商品化されるグローバルな偶像という側面は消えてしまいます。私にとってはキッチュなものにしないと意味を成しませんでした。アーティストには、特定のイデオロギーやテーマや美学に基づいた明瞭な観点から繰り返し作品を作る傾向があるので、多くの人にとって私の考え方は理解し難いかもしれませんが、個人的にはこの時代においてそういったことは必要ないと考えています。

 

ART iT 『Chronicles of Crime』のシリーズはどういったきっかけで作られたのでしょうか?

WHC 犯罪小説を読んだり、犯罪映画を見たりして育ちました。スラッシャー映画やゾンビ映画が好きなんです。大抵の人は犯罪映画や犯罪小説が好きでありながらも実際の犯罪は大嫌いですよね。願望、犯罪、殺人、死体、拷問を見たがるこの屈折した衝動は一体なんなんでしょう? こういったずれや不一致について探ってみたかったのです。犯罪映画やテレビ番組は多分、どのようなマスメディアコンテンツよりも視聴率が高いのではないでしょうか? 例えばアメリカのテレビ番組の『CSI』(2000–)や『Dexter』(2006–)などがあげられます。どちらも世界中の人々の想像力を掻き立てていますし、私もまた熱心な視聴者の一人です。
『Chronicles of Crime』では犯罪のそういった側面を取り上げていました。犯罪の美化に共謀するのも私の意図するところでした。その写真のひとつ、「The Magnificent Three」では、『The Magnificent Seven』(1960)という、黒澤明監督の『七人の侍』(1954)のリメイクとして作られた傑作のハリウッド映画の題名をもじりました。この写真では3人のマレーシア人の犯罪者がサングラスをかけ、銃を構えて観客を眺めています。この美化されたイメージは殺人者や犯罪者のありふれたイメージでもあり、ボリウッドでも香港でもハリウッドでも、ギャング映画のプロモーションに使われていてもおかしくありません。

 


strong>Top: Chronicles of Crime: Magnificent 3 (2006). Bottom: Chronicles of Crime: Swimming Pool (2006). Both: Digital print on Kodak professional paper, 84 cm x 120 cm.

 

ART iT 伝説として語られる、身の毛もよだつような犯罪についてもうひとつ言えるのは、これらの犯罪の多くはメディア化されていないコミュニティーの中で発生しており、それに続く社会の裏側のメディア化が幅広い意味での観客にとってのスリルの一部分を成しているということです。その一方で、例えばアメリカのギャングスタ・ラップのように犯罪の美化が抑圧的な社会制度に対する下級層の不満のはけ口となったりすることもあります。

WHC そうですね。犯罪の写真のシリーズでは犯罪者だけを写していて、撮影者としての私はある意味、彼らの見物者、つまり写真の観客でもあるわけです。おっしゃるように、彼らは偶像となります。私が撮った犯罪者はいずれも非常に偶像的で馴染み深い人物像です:ロビン・フッド、呪術医、ストリートギャングの面々。そしてこのプロジェクトが完成した後に私が使ったのと同じような人物が登場する映画が2本公開されました。そのうちひとつの主人公は世慣れた、ちょっとしたことですぐに発砲してしまうギャングスターなのですが、労働者階級の出自であり、反逆行為としてプチブルの商人やお金持ちを殺すことによって民間伝説のヒーローとなります。彼は今では神話化された偶像です。
こういった題材を道徳的に扱いたくはありませんでした。このシリーズを発表した後にマレーシアでディスカッションを行ったら、犯罪をセンセーショナルに取り扱い促進しているのではないかと美術関係者、特にアクティビストや文化にまつわる仕事をしている方々に非難されました。そういった人たちとは昔から奇妙な関係にあります。彼らに対する答えは、私は学術論文を書いているのではないし、道徳的な批判をする気もない。ただ犯罪に対して広く共有される感覚を題材とし、その効果を再現している。そしてその効果とは犯罪者のセンセーショナルな扱い、美化、そして——最終的には——神話化なのだ、ということでした。

 


Both: Still from the short film Doghole (2009), HD video, 22 min.

 

ART iT これよりも前のプロジェクトでそういった意図的な美化を行なったものはあるのでしょうか?

WHC はい。昔のプロジェクトに「diPULAUkan/Exile Islands」(1998)[図版第1部掲載]というものがあります。一言でいうと、アジアの昔の流刑地にあたる離島を再現した作品です。そのひとつはシンガポールの南にあるセントーサ島です。今ではエキゾチックなトロピカルパラダイスとして宣伝されていますが、昔は政治犯を収容している場所でした。20世紀において一番長く抑留された政治犯の一人、謝太宝(チア・タイポー)も23年間セントーサ島に幽閉されていました。でも作品ではどの島も美しくしました。植木、照明と砂糖を使って島の地形模型を作り、植民地時代の貴重な商品であったインディゴで染めた氷砂糖の海に浮かべました。政治犯を抑留するための流刑地の島を海の中の宝石に見せたかったのです。
お話ししたとおりの画家としてのルーツや学歴もあって、元々作品の見た目に関心があります。だから作品を見る人が外見だけに興味を持つとしても、私は別に構いません。そしてその表面下に何があるのかに興味を持ってもらえたとしたら、より嬉しいです。私自身の好みにより、見た目も必ず重視して作品を作っています。ひとつの大きな目的は人々を作品に惹きつけることで、洗練された見た目とはいつだって魅惑的なものです。鑑賞者がまずはその外見を発見してからその向こうにも何か見つけられることを祈っています。そのようなわけで、「diPULAUkan/Exile Islands」も『Chronicles of Crime』も、美しい視覚効果を通じて人を惹きつけることを意図していました。
最近「Doghole」(2010)という映像作品を作りましたが、これは20年前に作った初めての映像作品「Sook Ching」(1990)[図版第1部掲載]への帰結とも言えます。あまりにも現実離れしているように感じたために使わなかったインタビューから一部抜粋して短編映画を作ったのです。これは日本による占領、そしてある人が強制収容所で3ヶ月間拷問された経験についての映画でした。しかし、この作品でもまた視覚的に美しく仕上げました。この内容で荒い、彩度を下げた戦争映画を作るのはあまりにも簡単すぎるように思えました。鮮やかな色彩の美しさと、美と恐怖との間のきわどい境界線上を歩き、戦争や拷問の映像を美化することの倫理的・道徳的な問題とに関心を持っていました。

 


Still from RE:Looking (2002), mixed-media installation and video.

 

ART iT 他にも、マレーシアの250年間にも渡るオーストリアの占領を想像する「RE:Looking」(2004)のように、植民地化を全般的に取り扱った作品も作っています。日本による占領という直接的なトラウマと、植民地化の歴史という長期にわたるトラウマとを扱うときにはご自身の視点も変えなければならないと言えるところもあるのでしょうか?

WHC そうですね。占領の方がより個人的かつ直感的であることに対し、植民地化の歴史はもっと分離化された知的な問題なのかもしれません。私の父も日本による強制収容を生き延びた一人で、実は「Doghole」は彼の経験談に基づいているのですが、そのため日本による占領との私自身の関係もより直接的なものだと言えるかもしれません。でも最近では、私たちは皆、共謀者なのだと考えています。だから日本の占領についての作品と植民地化の歴史についての作品は表向きにはだいぶ異なりますが、どちらもこの共謀についての考察でもあります。日本による占領の時代に置いても、マレーシア人の抑留や拷問に他のマレーシア人も関与していました。「RE:Looking」では、かつての植民地化する側とされる側とが共に移民労働者を搾取しながらもパラノイアとゼノフォビア(外国人嫌悪)とに満ちた視線を向けます。

 

 


 

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第9号 教育

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