第9号 教育

第9号 教育

2011年3月11日の東北地方太平洋沖大震災は、世の中をそれ以前とそれ以降に分断してしまった。
この恐ろしい自然災害とそれに続く人災を前にして、人生とは、芸術とは何かという答えの出ない、それぞれの人生の根源を揺さぶる質問を誰もが自問自答していると思う。実際に、凄惨な被災地を(多くの人はメディアを通して)目の当たりにして「アートは無力だ」と話す声も多く聞こえた。
実際そうであるかもしれないという多数の声を前に、それでも我々はそうではない、と呟き続けるしかない。自分が何をするか、何をすべきか、人の為に役に立つことができるのか、原子力について、国家について、そして芸術について、と考え続けることが何らかの形で未来につながることを信じるしかない。そう己に言い聞かせながら、芸術や人文科学といった実用科学ではない無用に思える分野に関わり続ける身として、罪悪感や諦念、使命感と連帯感が織り混ざった感情を持って生きていくしかないのだと思う。

そうしてそれぞれが自問した結果、あるいは各団体が協議をした結果として、チャリティーの動きが生まれ、その一方で中止や延期になる展覧会やイベントが後を絶たない。原子力に対する態度を表明することも、その土地を離れることも、当事者/非当事者の問題も、すべて短期間でそれぞれが個々に出した決定が正しいのである。その動きに対して是非を論ずるよりは、そして正義が何かを考えるよりは、それぞれが考え抜いて出した決定を多様性として静かに受け止めるしかないと思う。この多様性を受け止める力は芸術を理解する人なら皆が持っている力であるのだから。

私たち、ART iT編集部は、常に現代美術は純粋芸術とはなりえず、社会と切り離せないものだという考えを持って発信を続けてきた。しかしながら、今回ほどそうした社会における芸術の存在意義についてこれほどまで強く考えたことはなかった。その強い認識力が大きな犠牲と損害の上に生まれてしまったことは非常に不幸であり、そうなってしまった自らの意識の低さを心から悔やむ。しかも、この自責の念すら生の危険にさらされている被災者が犠牲者に対して持つ思いと比べて微々たるものだ。

当初の予定より公開が大幅に遅れてしまったが、今号のテーマは「教育」。すべてのインタビューは地震前に行なわれたものであったが、このテーマのために思慮深く、慧眼を持つ、伊東豊雄椿昇というふたりのインタビューを行なえたことは幸運であった。未来や次世代の育成に具体的に取り組む姿勢は、こうした暗澹たる日本にとって必要とされているものであり、これを伝えることができるのを嬉しく思う。すでに、伊東は当初から予定されていた建築塾のプログラムを通して、また椿は被災地で役立つ自転車およびカーゴの開発から始まる長期的なプロジェクトを立ち上げて、どちらも具体的な支援に取りかかっている。震災後の彼らの動きについては、引き続き記事やリンクという形で紹介し続けていきたい。また、インドネシア人アーティストのクスウィダナント・ジョンペットは、社会における共同体の役割について作品制作を通し、そしてマレーシア人アーティスト、ウォン・ホイチョンは権威あるものから追いやられた人々や歴史を作品制作と政治活動の両方ですくいあげ続けている。連載中の寄稿者では都築響一が、忘れられつつある事実を伝え続ける重要性を思い出させてくれる。
誰に責任がある訳でもない自然災害と、効率さと引き換えにその危険性に目を瞑って原子力が生む電力を消費してきたすべての人に責任がある人災に対して、行き場のない怒りややるせなさを持ちながら、アーティストや建築家という知がもたらしてくれる言葉を一緒に噛み締めながら読み、改めてまた様々なことに考えを巡らせ、前に進んでいただきたいと思う。

最後に、今回の震災で犠牲になられた方に哀悼の意を表し、また被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

『ART iT』日本語版編集部

伊東豊雄 インタビュー
社会参加を促す建築を目指して

椿昇 インタビュー
生産現場を耕す

クスウィダナント・ジョンペット インタビュー
コミュニティという方法

ウォン・ホイチョン インタビュー
取り残された歴史をすくいあげて

ニッポン国デザイン村 : 7
震災絵画
文/都築響一

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