連載 田中功起 質問する 9-1:杉田敦さんへ1

連載再始動! 本連載の書籍化作業、そして第55回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館の制作でお休みしていた往復書簡が再開します。今回のお相手は美術批評家の杉田敦さん。同ビエンナーレ日本館の特別表彰における意外(?)なキーワードでもあった、「失敗」をいとぐちに意見交換します。

往復書簡 田中功起 目次

件名:迂回と失敗のあとで

杉田敦さま

今回はこの企画に参加していただきありがとうございます。
ヴェネツィア・ビエンナーレがオープンして、めずらしく燃え尽き症候群みたいになって、なにもやりたくないなあって日々が続いていたんですが、ぽつぽつ次の仕事もあるし、少しずつ立ち直ってきているところです。そしてリハビリもかねてこの書簡を書き始めてます。まずはこのリハビリにおつきあいください。


何かがずっと何十年もその位置に置かれ、それが動かされて、以前のままの色のタイルがでてきたところ。

また、この「質問する」もこの4年間をまとめた1冊の書籍になり、ここからはいわば第二期というふうにも考えています。いままでの「質問する」は、結果的にですが、ヴェネツィア・ビエンナーレまでの準備のようにも読めたかもしれません。でもそのプロセスは階段を登るように進んだっていうよりも、ぐるぐる旋回しつつ、なかなかたどり着かない、迂回の道筋だったように思います(*1)。きっと迷いが迂回を招き、その不安定さが今回の日本館のつかみどころのなさを生み出したのかもしれません。それはぼく自身の迷いでもあったし、今回の日本館キュレーターであった蔵屋美香さんの迷いでもあったはずです。

第二期は、さらに周回遅れの様相を呈しつつ、再開します。

ヴェネツィアから考える/失敗について

杉田さんもヴェネツィアを訪れていますし、せっかくの機会なので少しヴェネツィアの雑感からはじめてみたいと思います。今年のヴェネツィア・ビエンナーレは、おそらく前回のドクメンタ13でバカルギエフの示した方向性をどことなく引き継いだように感じました。ある種の弱さをネガティブなものとして捉えずに、それを肯定することで見えてくるアートの在り方。作ることをもういちど再考するための道筋を探すこと。アーティストが全面に出るのではなく、ときに引き下がり、撤退すること。

杉田さんとはここ数年、トークで一緒になったり、ぼくのプロジェクトに参加していただいたり、あるいはプライベートでも飲んだりしつつ、いろいろな場面で話をしてきました。そこで感じたのは、その立場のしなやかさです。そこで試みられていることは、中庸ということもできる、あいまいな立ち位置からの活動です。それは一見、受動的なもの、受け身のようなものとして誤解されることもあるかもしれません。でもきっとその立場からこそ見えていることがあるはずで、ぼくは今回それを聞き出してみたいと思っています。

ヴェネツィアの日本館、特別表彰に際して出された審査員からの短いコメントは「協働と失敗についての痛烈な考察」(*2)を評価するというものでした。杉田さんと少しだけ話したとき、この「失敗」ということに興味を持っているとお聞きしました。ぼくも、このある意味ではネガティブなことへの評価に興味があります。この書簡では、もとの意味合いを逸脱し自由にこの問題についてやりとりをしてみたいですが、少し実際の背景も書いておきましょう。

審査というものは、漠然とした作品の良し悪しで行うと基準があいまいであるため果てしない作業になってしまいます。複数の審査員による合意を得るのはなかなか難しいでしょう。だから漠然とした審査を経て決まったものは、妥協によってたどり着いたものである場合もあります。ではヴェネツィアでの審査はどうだったのでしょうか。選ばれたアーティストやパヴィリオン、また受賞時の審査員のコメントを読むかぎり、あるテーマを持って審査が行われ、もしくは審査の過程でそのテーマと基準が確定されたように思われました。つまり「協働性ということがどのように実現されているのか」、それをさまざまな角度から評価しようという審査員たちの意志が見えました。同じく特別表彰を受けたのはキプロスとリトアニアという二つの国がひとつのパヴィリオンで協働したことに対してですし、シャロン・ヘイズ(Sharon Hayes)が国際展部門で特別表彰を受けたのも、複数の女子学生のグループに対してインタビューを行う(個人的で性的な質問を行う)ことで一時的に発生するコミュニティへの考察が評価されたわけです。授賞式後のパーティにはクレア・ビショップ(審査員ではないですが)がいたりしたので、なんとなくそれでイメージできますよね。

日本館では、とくに、ひとつの陶器を5人の陶芸家が協働して作る過程を捉えたビデオが、その最後に、参加者のひとりによるプロジェクト継続への拒否によって終わる、協働、もしくは共同体形成の失敗を捉えていたことが評価のひとつの要因になったのではないかと思います。また日本館は、主催の国際交流基金だけでなく、国内外の複数の機関との協働で成り立ったものだったし(会場には文字通り複数の言語が乱れて聞こえていたわけだし)、その枠組みの提示も要因のひとつだったのかもしれません。つまりそのプロセスが、震災/災害という土台を引き受けつつも、日本館、あるいは日本という枠組みも越えたものとして抽象的に捉えようとしていたわけですから。日本館も含めて、今年のビエンナーレでは、民主主義そのものが問われている現代社会において、いかに人びとは協働できるのか、もしくはできないのか、できないのならばその方法論をどうすべきか、ということが、あちこちで考えられていたようにも感じました。

いまの社会におけるそうした「協働」の在り方を問うこともおそらく重要かもしれませんし、実際それは追々関係してくるかもしれませんが、この書簡ではむしろ「失敗」について考えてみたいと思っています。ヴェネツィアは一方で、国別対抗の賞取りレース(オリンピックのアート版)のような部分があります。そこでは「成功すること」が至上命題です。国別代表になること、そこで最高賞を取ること、ひとりのアーティスト(個人)として強さを見せつけること。もちろんそれを個人的に目標にしているひとがいてもかまいません。オリンピックでもそれは同じでしょうから。でも、(日本館で)代表を務めるかぎり賞を取りにいかなければならない、というような強要/傲慢さがそこに働くとき、なにかやっぱりそれは違うんじゃないかって思ったのです。こうやってぼくがいまの時点でそんなことをいうのはある意味では後出しじゃんけんのようなものかもしれない。でもそれでもぼくは言ってしまうのです。賞を取ることが目的になってしまっては、そもそもなんでぼくらはその行為をはじめたのでしょうか。作ることをはじめたとき、ぼくらはそんなことを思っていたんでしょうか。もちろんこれは少しナイーブな響きをもつかもしれません。でもそもそも賞って相対的なものでしかなく、そこにあるものの中でまだましなものが選ばれているということもあるだろうし。

「失敗」を見直すことで見えてくること。まずはそれを考えてみたいと思います。そこからなにが考えられるのでしょうか。

そしておなじみの疑問へ

やっぱりそれで戻ってくるのは、展覧会をすることの意味ってなんなのかなってことです。「展覧会を成功させる」ということは、さまざまなファクターによって計られるものでしょう。動員数はわかりやすいですが、少数でも濃い反応があればそれでよしとする向きもありますよね。でもそれらは、展覧会が完成しているからこそ導き出される結果です。成功は「完成」から導きだされますが、失敗もやはり「完成」から導き出されます。成し遂げたもの、できあがったものを見て、そこに失敗を見て取ることもあります。では未完成な(成し遂げられなかった)場合はどうでしょうか。成し遂げられなかったことは、成し遂げられなかっただけで、失敗とみなされるかもしれません。ということは、失敗には成し遂げたことと成し遂げなかったことの両方が含まれています。だから成功するのは難しく、多くの場合失敗してしまうのでしょう。でもそんなに失敗してしまうのならば、その失敗を見直すことの方をぼくらは考えるべきでしょう。

おそらく自主的なこと

失敗について考えるとき、あるいは失敗したと思うとき、その原因となった行為や結果を、ぼくらは自主的に行ったことだと見なしているはずです。自ら行ったことだからこそ、それをふり返る。失敗について考えるため、まずは「自主的なこと」をここで肯定したいと思います。例えば自主的に集まって会話をすること、自主的に勉強会をすること、自主的に展覧会をすること、自主的に誰かに依頼をすること、自主的に企画を持ち込むこと、あるいは依頼されたものを自主的なものとして捉え返すこと。自らなにかをすること。そしてそれについて反省し、自分で問題点を見直す。それは自分の行為なわけだから、なにか問題があっても他者に当てこすりはできないわけです。行為を自分の責任として捉えること。

そしてほとんどのものごとは失敗してしまいます。だからほとんどのものごとは失敗のグラデーションで表せます。99パーセント成功しても、1パーセントでも失敗したと思えば、それは自己反省的に失敗のカテゴリーに入れることができるからです。

だんだんと抽象度が増してしまいましたが、杉田さんがどのような点において「失敗」について考えていたのか、まずは最初の返信、とても楽しみにしています。

2013年10月
ロサンゼルスからニューヨークに向かう飛行機の中で
田中功起

  1. 制作とは無関係な外野の動きも、かなりアップダウンがありましたね。このことは註で触れるぐらいの取るに足らない現象でしたが。1年ちょっと前に自分(+震災というテーマの設定)が代表作家に選ばれたことが一部のアート関係者の間で炎上し、その批判のひとつが「賞取り」の是非にあったにも関わらず、結果的にですが、日本館が特別表彰を受けて、沈黙。既得権益を守りたいがゆえの発言だったのかもしれませんが、あれはいったいなんだったのでしょう。
  2. 正確には、受賞した3つのパヴィリオンに対しての「The Jury paid particular attention to countries that managed to provide original insight into expanded practice within their region. The collaborative nature of each of the chosen Pavilions was a palpable experience.」に続けて 「Another special mention to Japan for the poignant reflection on issues of collaboration and failure. 」とコメントされた。
    http://www.labiennale.org/en/art/news/01-06.html

近況:しばらく間が空いてしまいましたが、「質問する」再始動です。ヴェネツィア・ビエンナーレは2013年11月24日まで。また11月半ばにはツアーも予定されています。また京都では「映画をめぐる美術――ブロータースから始める」(京都国立近代美術館、10月27日まで)に参加しています。書籍版「質問する その1 2009-2013」も発売中。

【今回の往復書簡ゲスト】
すぎた・あつし(美術批評)
1957年生まれ。美術批評、女子美術大学芸術表象専攻教授。芸術関連の主な著書に『ナノ・ソート』(彩流社)、『リヒター、グールド、ベルンハルト』(みすず書房)、『アートで生きる』(美術出版社)、『inter-views』(美学出版)など、紀行として『白い街へ』『アソーレス、孤独の群島』(以上、彩流社)などがある。また、オルタナティヴ・スペース art & river bank を運営するとともに、『critics coast』(越後妻有アートトリエンナーレ)、『Picnic』(増本泰斗との協働プロジェクト)など、アート・プロジェクトも数多く手がける。

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