連載 椹木野衣 美術と時評:6

2010年4月28日

カオス*ラウンジ ———— 萌えいづる自由・平等とその行方





『カオス*ラウンジ2010 in 高橋コレクション日比谷』展示風景 2010年

4月16日、村上隆の主宰する「GEISAI大学」(於カイカイキキギャラリー)で、アーティストにして美術批評家、黒瀬陽平によるレクチャーが行われた。黒瀬氏はそこで、みずからキュレーションを手掛けた『カオス*ラウンジ(以下、CLと略)2010』展(髙橋コレクション日比谷ほか順次開催)の背景とコンセプトをひと通り説明し、会はその後、深夜にまでおよぶ「放課後」へとなだれ込んだ。その一部始終はユーストリーム(以下、USTと略)で実況され、2000人を超える仮想の観客が画面を前に固唾を飲んでこの「事件」を凝視した。その行方については、今後再編成されるというCLのレスポンスに期待するとして、この場では黒瀬レクチャーへの批評的レビューを残すに留める。

もともとCLは、同展の共同キュレーターでもある藤城嘘氏が、投稿動画サイト「pixiv(ピクシヴ)」からピックアップした描き手をオフ会的にキュレーションし、カラオケボックスでの集団制作やギャラリーでのグループ展へと組織したことに端を発する。ここに黒瀬氏が批評的に介入して実現したのが村上隆主宰『GEISAI#14』特設ステージでのライヴ・ペインティングで、その時に作られた「つかさ」のアッサンブラージュ(?)は、先の髙橋コレクション日比谷でも披露されている。同展は、ネットの内部(アーキテクチャ)とギャラリーという外部空間を、キャラクターを媒介に結節・相対化しようとする試みで、展示された単体ごとの作品の完成度に疑問を呈する向きもあるようだが、ツイッターやUSTと連動して日々、膨大に増殖する非視覚的な情報も含めて全容を捉えるべきで、いたずらに細部に固執せず大勢を見る必要がある。キャプションを使わず壁に付されたタグがリンクと繋がらず、分類のためのインデックスに留まる点なども指摘されているようだが、文化庁が「メディア芸術」と称して鼓舞する類い(インタラクションが装置として素朴に可視化しているような)などよりは、はるかに抜き指しがたく不可視のネットワークに繋がれていて刺激的だ。


「つかさをつくろう!(再現)」2010年 250x200x100cm
 
もっとも、アーキテクチャによる自動生成の結果、古典的な作家概念が無効になっているネットの所産に、どうやって作家が再度、表現主義的に介入できるのかについては特に説明がされておらず、未呈示の部分は多い。ゆえに、GEISAI大学でのレクチャーで期待されたのもそのあたりだったわけだが、だからこそ「ゼロ年代に日本のアートは何も生み出さなかった」と言い放つ黒瀬氏が、そこでゼロ年代アートの代表とも言うべき奈良美智を持ち出したのは意外だった。氏によると、『A to Z』展(弘前、2006年)に見られるような多数のボランティアが動員される奈良氏の制作では、現実の人や街の関係を重んじる点でリレーショナル・アートのように見えて、実際には仮想空間(ファンサイト「HAPPY HOUR」)での「つながり」が先行しており、この「つながり」が「ぬいぐるみ」やgrafによる「小屋」を媒介に結晶化した結果が展覧会になるとして、奈良とCLとのあいだに一種の美術内リンクを貼ろうとする。
 
が、実際に日比谷での展示を見た印象からすれば、『A to Z』との違いは明白だ。それは規模や予算ということでは当然なくて、青森での奈良展で現実化したネットワークの束をまとめているのは、一種の友愛による連帯(奈良愛)にほかならない。ところが日比谷の展示では、たとえそこにキャラクターへの「萌え」があったとしても、「萌え」は「奈良愛」のような象徴的秩序(=父権)としては機能せず、むしろ個々に端を発した制御不可能かつ勝手な萌えが、みるみる無数の伏線へと分岐して行くような中心なきリゾームへの道である。
 
ところで、黒瀬氏は奈良展で背後のネットワークが可視化する器として「小屋」を挙げていたわけだが、隙間だらけで壊れやすい小屋が有効に機能するのは、既に述べた通り、そこに「奈良愛」という凝集力があるからにほかならない。対して、もしもCLに小屋など与えようものなら、むしろそれはキャラ萌えの無際限な増殖によって、またたくまに喰い破られる運命にある。この「喰い破り」を防ぐためにこそ、日比谷ではある種、保守的といってよい展示形式がとられたのだろうが、CLに本質があるとしたら、それはネットのアーキテクチャが備える仮想空間と、ギャラリーのような物理空間とのあいだの容量の落差を、即物的、かつ暴力的に顕在化することにあるのではないか。その圧縮の手際よさではなく、あくまで「無理」にこそ、両者を媒介させる想像力が介入する余地もあるのではないか。実際、黒瀬レクチャーのなかで紹介されたCLをめぐる過去の作例中でもっとも可能性を感じたのは、カラオケボックスを借用して無軌道に集団制作を続けた「模造紙オフ」であり、日比谷での本展示レセプションの後、むしろ二次会として近くの居酒屋で開かれ、時間も不確定なまま飲み食い同期で作られた「ごはんラウンジ」 のようなライヴ集団制作であった。ただし、それはかつてグラフィティで見られたような素朴なライヴ・ペインティングのようなものであってはならない。ツイッターやUSTをフルに連想させ、ネットと常時繋がり、それを背後のアーキテクチャとしながらも、現実にはあくまで物理的座標のなかで24時間、アトピックに持続し続けるのだ。
 

「模造紙オフ」2010年


「ごはんラウンジ」2010年

となると、おそらくモデルとしては奈良美智の『A to Z』ではなく、むしろ1963年に自壊した『読売アンデパンダン展』を参照すべきなのだろう(もしくはそれに先立って形式化された磯崎新によるジョイント・コア・システム〈孵化過程〉、1962年)。アンデパンダン展そのものは、フランスの市民憲章に由来した個人が自由に行動しうる権利を理念とするが、それがなぜ日本ではラディカルな自壊に至ったのか。かつての柄谷行人による議論を援用すれば、そこに欧米に由来する自由と平等は字義通り導入されたが、両者の矛盾(市民社会的自由競争と社会主義的平等は対立する。たとえば貧富の差)をカント的(=判断力批判)に止揚する「友愛」がなかったからである。奈良の『A to Z』にもボランティアたちによる自由と平等の矛盾は当然あったろうが、しかしそれは奈良愛という疑似友愛によって崩壊を担保され、そのことで美術へと縮減することができた。
 
では、CLはどうだろうか? あえて言えばCLで友愛に当たるのがキャラ萌えなのだろうが、しかしそれは(先に書いた通り)象徴ではなく寓意的で、修辞的には中心をもたない(脱臼の持続)ために到底、友愛としては機能しない。それは、CLがある種の集合愛に支えられているように見えながらも、実際にはそれが展示を凝集する力とはならず、むしろ共同制作の結果を屍体愛好的(つかさの屍体)に変貌させ、そればかりか全体をも崩壊へと至らせようとすることにも見て取れる。
 

藤城嘘とポストポッパーズ「カオスラウンジのみなさんからお便りが」2010年 200x200cm

けれども、それはそれでよいのではないか。もしも黒瀬氏の言う通り、CLがニコニコ動画やpixivが孕んだ日本固有の「悪い」アーキテクチャに由来するのだとしたら、そこに近代的理念としての「自由」「平等」「友愛」があるように見えたとしても、突き詰めればそれは(たとえそのように見えたとしても)「自由」「平等」「友愛」ではないのだ。ならば、CLを起爆剤に、いまだ仮想空間に留まっているネット社会の「悪い場所」性を、ギャラリーという物理的空間に置き換えることで極限まで押し進め、その様相をこれ以上ないくらい顕在化させてみてはどうか。武器となるUST実況をフル稼動して、24時間終わることのないカオスに突入するのもよいだろう。問題なのは、それでもなお、そこに読売アンデパンダンのような友愛なき自壊(=「悪い場所」ゆえのカオス)を食い止めうる慰安の場所(=仮設の<区域/ゾーン>としてのラウンジ)を、悪しきアーキテクチャへの批評的<反響/エコー>として、いかに見出しうるかにかかっている。


『カオス*ラウンジ2010 in 高橋コレクション日比谷』展
2010年4月10日(土)〜18日(日)
高橋コレクション日比谷
http://chaosxlounge.com/info.html


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連載 椹木野衣 美術と時評

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