マーサ・ロスラー《キッチンの記号論》1975年、Courtesy Electronic Arts Intermix (EAI), New York
コレクションによる小企画
フェミニズムと映像表現
2024年9月3日(火)-12月22日(日)※11/3は無料観覧日
東京国立近代美術館 ギャラリー4
https://www.momat.go.jp/
開館時間:10:00–17:00(金曜・土曜は10:00-20:00)入館は閉館30分前まで
休館日:月(ただし9/16、9/23、10/14、11/4は開館)、9/17、9/24、10/15、11/5
展覧会URL:https://www.momat.go.jp/exhibitions/r6-2-g4
東京国立近代美術館のギャラリー4では、1960年代から1970年代におけるメディア環境の変化、世界各地に広がったフェミニズムを含む社会運動を背景に、女性アーティストたちが新しいテクノロジーを取り入れつつ展開した映像表現を中心に、それ以降の映像表現とともに紹介するコレクションによる小企画「フェミニズムと映像表現」を開催する。
本展では、作品鑑賞の補助線として、「マスメディアとイメージ」「個人的なこと」「身体とアイデンティティ」「対話」を設定。マスメディアが発信するイメージが、性役割についてのステレオタイプなイメージなど、ジェンダーのあり方に大きな影響を及ぼす中で、同時期に登場したヴィデオ・アートは、テレビ番組の映像や形式そのものを直接的に流用して再構成できるヴィデオの特性を活かすことで、マスメディアの恣意的なイメージの裏に隠されている問題に切り込んだ。本展出品作品のマーサ・ロスラー(1943年ニューヨーク生まれ)の《キッチンの記号論》(1975)は、テレビの料理番組をパロディ化して、家庭内労働や家父長制への違和感を示し、ダラ・バーンバウム(1946年ニューヨーク生まれ)の《テクノロジー/トランスフォーメーション:ワンダーウーマン》(1978-1979)は、女性ヒーローの変身シーンを物語から切り離すことで、男性の目を引くアイキャッチとしての女性の役割を浮き彫りにしている。
また、ヴィデオ普及以前の主要な映像記録媒体であった8ミリや16ミリのフィルムと異なり、生成と完成のタイムラグが極めて少ないヴィデオは、撮りながら考える、あるいは撮ってから考えることを可能にし、身の回りの題材や個人的要素を反映した作品も制作された。出光真子(1940年東京生まれ)の《主婦たちの一日》では、4人の主婦が起床から就寝までの行動を語るが、名前も顔も明かされない彼女たちの言葉は、私的な逸話であることを超え、主婦という存在が置かれた状況を明らかにする。ここにも個人の声をダイレクトに伝えるヴィデオの社会に問いを投げかけるメディアとしての特徴が垣間見える。
ダラ・バーンバウム《テクノロジー/トランスフォーメーション:ワンダーウーマン》1978-79年、Courtesy Electronic Arts Intermix (EAI), New York
出光真子《主婦たちの一日》1979年
1960、70年代はパフォーマンス・アートが登場するなど、芸術において身体への関心が高まった時代でもあり、ヴィデオを使ったアーティストたちも、同様に身体表現を探求した。リンダ・ベングリス(1941年ルイジアナ州生まれ)やジョーン・ジョナス(1936年ニューヨーク生まれ)は、ヴィデオで撮影した自分自身をモニターに映し出し、実際の身体をその映像と重ね合わせることで、本来の自分とメディアを介したイメージとのズレを強調。メディアにおける「見られる女性身体」のイメージからの逸脱や乖離(かいり)をも示唆する作品を発表した。また、70年代以降には、無数のイメージに囲まれた生活のなかで身体のリアリティを回復しようとする作品も登場する。塩田千春(1972年大阪府生まれ)は、パフォーマンス・アーティストのマリーナ・アブラモヴィッチに学んだのち、自らのアイデンティティを主題とした映像作品《Bathroom》を制作。塩田は有機的な物質でもある泥をかぶるパフォーマンスを通じて、人工的な都市のなかで身体の感覚を改めて取り戻すことを意図した。
さらに、ヴィデオというメディアは、絵画や彫刻、写真にはない、発話という新しい要素を芸術表現にもたらした。上述した出光真子の《主婦たちの一日》では、4人の主婦たちが家の間取り図やご近所マップを前に、自分たちの1日の行動について語り合う。また、遠藤麻衣(1984年兵庫県生まれ)×百瀬文(1988年東京都生まれ)の《Love Condition》では、ふたりの作家が粘土をこねながら、「理想の性器」についての対話を繰り広げ、両者のアイデアの差異や一致が、次々と新たな展開を生んでいく。いずれの作品においても、対話はあらかじめシナリオが決められているわけではなく、脱線や混線、笑いの伴う即興的な「おしゃべり」として展開することを特徴としている。他方、キムスージャ(1957年大邱生まれ)の《針の女》では声を伴う会話はないが、都市の雑踏のなか、針のように直立不動で立つ女性と、彼女に気づき眼差しを向ける人々の間には、異質な存在どうしの無言の対話を想像させる。
なお、同時開催のMOMATコレクションでは、生誕100年を記念した、芥川(間所)紗織アーカイブ実行委員会によるプロジェクト「Museum to Museums」の一環として、芥川(間所)紗織の所蔵作品を全点公開する小特集も行なわれる。
ジョーン・ジョナス《ヴァーティカル・ロール》1972年、Courtesy Electronic Arts Intermix (EAI), New York