連載 編集長対談1:会田誠(後編)

日本的アートとは?

前編はこちら

アートと名付けられるか名付けられないかを気にしないっていうことを率先してできるのは、いま、日本のような気がします。

会田 文脈ということで言えば、僕も美術史を参照したり、典型的な現代美術家のやり方をしているので、ある意味では正統派ではないかと思います。ネタが日本限定なものが多いですが、まったく外国人に見せるチャンスなど想定しえるはずもなかった学生時代から、作品を作るときは頭の半分では海外の人が見たらどう思うかなぁっていうことは考えていました。日本画のパロディである『犬』シリーズは学生のころに始めたんですけど、図書館で横山大観とか、明治、大正、昭和初期あたりの日本画の作品を見て、こういう日本画って外人見たらどう思うのかなぁ、と反射的に、真っ先に考えてしまうほうなんです。


「犬(雪月花のうち”雪”)」 1998年 
パネル、和紙、岩顔料、アクリル絵具、ちぎり絵用の和紙 
73 x 100 cm 撮影:宮島径

高校時代、芸術家になろうと思った16歳のころは、西洋の近代的自我に目覚めた18-19世紀の芸術家、例えばベートーヴェンのような「自分は天才なのだ」というような芸術家像にまずは憧れました。生きづらかったということもあって、芸術家という概念を子供のころからの自分に当てはめることで、ずいぶん救われたこともあります。そういうところからスタートしているので、割合と古風な、大正ロマンみたいな芸術家像を持っているかもしれません。例えば、デュシャンあたりまでは納得できるのですが、デュシャン以降は好きになれない。いまの欧米で形作られている現代美術の概念が、何か嘘っぽいものとしてずっと見えている。僕も延命を許されている現代美術っていうところで、自分に都合がよいから腰を下ろしているという矛盾もあるんですけど……。
 

小崎 1990年代後半以降、国際展のテーマのほとんどが「グローバリゼーション」「ポストコロニアリズム」「マルチカルチュラリズム」、それに加えて近代化とか都市化とか、判で押したようにみんな同じという状況がありますよね。会田さんは国際展に出展される一方で、『西荻ビエンナーレ』や『チバトリ』を組織なさっていますが、あれはどういう動機でやられたんですか。


「西荻ビエンナーレ」集合記念写真 2005年
会場:会田誠宅(当時)、東京 撮影:池田晶紀

会田 西荻ビエンナーレは、ただホームパーティを1週間続け、最近の作品の展示もある、というようなものでしたが、できるだけ日本から自然発生的にアートの周辺のムーブメントが起こるとよいと思っていて。Chim↑Pomというグループも、もともとは若い飲み友達みたいなものでした。

ニューヨークに9ヶ月ぐらい滞在していたときに思ったのですが、ロンドンやニューヨーク、アメリカ西海岸といった先進国の大都市では、美術の教育を受けたり受けていなかったりいろいろな先進的不良がいて、そういう奴らがお堅いアートの中に新しいものを持ち込むということがありますよね。アートが売買されるのは、大金持ちがタキシード着てシャンパンを飲んでいるような場所だけれど、落書きみたいな作品を作っているのは小汚い街の不良、というギャップが欧米においては面白い。

東京も先進国の都市だけど、相変わらず美大で審査されて、そこそこ点数が高くなるようなものを作ろうとしてくる若手作家ばかりだから、Chim↑Pomには「お前らは希少価値だし、そういうのを世界にも見せるべきだからがんばれ」ぐらいは言いました。西荻ビエンナーレのときにはまだ結成前後でしたが、こいつらは何かできるかも、とは思っていました。エリゲロぐらいやっていたかな。

小崎 紅一点のエリィちゃんが、延々ピンクのゲロを吐き続けるという映像作品ですね。

会田 街から自然発生的に出てきたようなアートがもっとたくさんあったらいいなと思うし、ある意味ではChim↑Pomのライバルがいっぱいいるぐらいがちょうどいいと思いますね。

小崎 会田さんは以前、ウェブマガジン『REALTOKYO』の「昭和40年会の東京案内」という連載の中で、「東京らしいアート」というテーマの文章を書いて下さったのですが、そこで挙げられたのが、Chim↑Pomと、遠藤一郎くん、加藤愛さんですよね。なぜ彼らは会田さんにとって「東京的なアート」なんでしょうか。

会田 欧米のように世界標準みたいなものを謳うアートよりも、海外なんか最初から考えていない日本のサブカルチャーのほうがむしろオリジナリティがあるかもしれません。それとやはり日本の美術教育では、ちょっと尖ったカルチャーに目覚めた16、7歳ころの若者が、妙にハードルが高い美大受験のために描く訓練ばかりさせられて、やっと美大に入ったときにはキバを抜かれてしまっているような状況があります。


「河口湖曼陀羅」 1987年 
綿布にアクリル絵具、木材、ステンレス、その他 300 x 400 cm

僕も新潟の高校にいたときは、なんかすごいことをしてやる! と意気揚々に、美大に行って何かやろうと思ったけど、1年の浪人時代は来る日も来る日もちまちま描かされる中で、あ、これ続けてたら消耗させられる、と思いました。それを忘れようと、大学の4年間はほぼ絵を描きませんでした。僕の学生時代はインスタレーションという言葉が定着し始めたころで、絵を描くっていうのがダサいという時代だったというのもありましたが、まぁ、予備校の1年を忘れるために、4年間絵筆を持たない期間がないと元に戻れなかったぐらい嫌な体験だったので、遠藤一郎くんを見ていると、こちら美大出身者として、ある意味うらやましいというか……。

小崎 「自由だなあ」と。

会田 僕が抜かれそうになったあのキバは、ツルツルのまま残っているんだって(笑)。

小崎 先ほどニューヨークでは落書きみたいなものがアートになっていく、というお話がありましたが、グラフィティがアートとして取り上げられたり、アートとして扱われたりするという現象についてはどう思いますか。


「万札地肥瘠相見図」 2007年 
キャンバス、インクジェットプリント、アクリル絵具 450 x 1000 cm 制作協力:林靖高 
『アートで候。会田誠 山口晃』(上野の森美術館、東京、2007年) 撮影:長塚秀人

会田 「街のグラフィティはアートか」という議論自体、最初からこう、ある種の不快感みたいなものを感じちゃいますね。グラフィティを美術館で見せるというのは、全然いいと思うし、でもやっぱり「美術館に置かれたからアートって認定されました」って言い方はやめたほうがいいと思うし。まあ、アートの定義は、いまはどうでもよいですけど。

アートとは何かとかを考えないようにしているということとも一緒なんですけれど、例えば、Chim↑Pomが広島で「ピカッ」をやって2チャンネルで叩かれたときに、「こんなのがアートかよ」とか、「目立てばアートなのぉ?」とか、アートと呼ばれることの偉そうな感じを非難するような書き込みを読んだり、日本のアニメ映画がアートとして認定されるかどうかとかいう話を聞けば聞くほど、もうアートなんていう概念を気にしなきゃよいのになぁと思いましたね。

アートと名付けられるか名付けられないかを気にしないっていうことを率先してできるのは、いま、日本のような気がします。上流階級の不在や、不幸にも現代美術がちゃんと社会的に存在していないということ、いわゆる先進国だけじゃなくて中国や韓国も、日本よりは社会的に現代美術っていうのが存在しているように見受けられるとしたら、日本こそ、いちばん率先して、もう美術っていう定義付けはどうでもいいし、サブカルチャーとの区別もどうでもいいって、言えるような気がなんとなくしています。そういうやつになろうかなと、僕は思っています。


会田誠

2009年6月20日にDAY STUDIO★100(Vantan渋谷校ディレクターズスタジオ)にて行われた対談を収録しました。

作品写真提供:ミヅマアートギャラリー、Copyright Aida Makoto

あいだ・まこと

1965年、新潟市生まれ。91年、東京藝術大学大学院美術研究科油画技法・材料研究専攻修了。社会問題やエロ、グロなど多様なテーマを、精緻な描写の日本画から脱力系のドローイングまで、多彩な表現方法で作品化する。2001年より4期にわたり神田神保町の美学校にて講師を務め、現在のChim↑Pomのメンバーの一部や加藤愛は当時の教え子。06~09年、武蔵野美術大学非常勤講師を務める。近年の主な展覧会に『アートで候。会田誠 山口晃』(上野の森美術館、06年)、『Laughing in a Foreign Language』(ヘイワード・ギャラリー、ロンドン、08年)、『ワイはミヅマの岩鬼じゃーい!』(ミヅマアートギャラリー、08年)、『MONUMENT FOR NOTHING II』(京都造形芸術大学 GALLERY RAKU、09年)など。上野の森美術館にて開催中の『ネオテニー・ジャパン―高橋コレクション』展(7月15日まで)に出品している。今夏にはサンフランシスコのYerba Buena Center for the Arts(『wallworks』、7月18日〜10月25日)や、北京のMizuma & One Gallery(8月29日〜11月末予定)にて公開制作型のプロジェクトに参加予定。

次回予告
第2回 ゲスト:名和晃平

現代美術作家として、常に新たな素材や手法による作品を探求する名和晃平。メゾンエルメス8階フォーラムで開催中の個展『L_B_S』では、無数の透明な球体で覆われたシカの彫刻をはじめ、『PixCell』シリーズの新たな展開を観ることができる。また、京都にある旧サンドイッチ工場にて、アーティストランスペースの設立準備を進めている。(下記、作家によるART iT公式ブログを参照)。

ART iT公式ブログ:名和晃平
https://www.art-it.asia/u/ab_nawak/UBGrSADNdEjOpye2t8V5

動画インタビュー
https://www.art-it.asia/fpage/?OP=mov

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