連載 編集長対談3:小山登美夫(後編)

日本的アートとは?:作品の価値はいかにして作られるか

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海外の美術作品を観ていると、セオリーで固められすぎていてつまらないんですね。

小崎 そういったシステムの問題の一方で、出品されている作品のコンセプトについて言えば、いわゆる欧米のスタンダードなアートとは離れた、非常にサブカルチャーに近いものが多い。冒頭で触れたように、欧米にはハイアートとローアートの違いが厳然としてあり、例えばハイアートであるファインアートが、ローアートからモチーフを取り込むということはあります。しかし日本では、サブカルチャーそのもの、ローアートそのものをアートと表現している人も少なからずいますよね。

小山 それには作品が創られている場所の問題があると思います。マーケットがあって、その中で美術は成立している。そこではある程度クリティカルな思考が必要です。だから単純にサブカルチャーだけをそのまま持ってくるのではなく、それを3捻りぐらいしないと作品としては成立しない。例えば、漫画家はストーリーを作らなくてはいけないけれど、村上隆さんの才能はそういうところにあるのではなく、彼が持っている漫画的な要素、アニメ的な要素をどうやって表現できるかってことに関して、いろいろな人と相談しながら、そのコアな部分を表現として残していくことができているのです。


『© MURAKAMI』2007年 The Geffen Contemporary、MOCA 会場風景
撮影:Brian Forrest ©Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved

自分の内部を見るにしても、よく内部をさらけ出すアートというものがありますが、それだけだと面白くなくて、その内部をどうやって技術的に表現として、みんなに伝えられるものにできるか、ということだと思います。

小崎 小山さんの本(『小山登美夫の何もしないプロデュース術』東洋経済新報社)の中で、蜷川実花さんが興味深いことを言っていました。蜷川さんはずっとファッション写真の業界で仕事していたのですが、アートの世界でも表現したいと実は思っていた。でも美術界の人たちに話を聞くと「コマーシャルの人だから」と敬遠され、「『大衆に愛されているものは高尚ではない』『高尚でなければ美術ではない』という雰囲気を感じた」と。


蜷川実花『FLOWER ADDICT』2008年

小山 美術というのは、人気がありすぎると良くない、というような風潮があるんですね。人気が出るということは、皆にわかってしまうものであり、難解ではないものだから良くないと。だけど僕は、それは全然違うと思うんです。蜷川さんの作品には、写真を撮ったそのときの想いや感情のようなものが現れている。それが30年後にはどう見えているのか、それが時代性や真実味を帯びたとき、価値が出てくると思います。

小崎 それはポイントですよね。奈良美智さんにも、蜷川さんの場合にも確実に言えるのは、我々が普段生きている社会を写す、リアリティの鏡として作品を作っているということです。それには良いも悪いもなく、現実なのだから、そこから出てくるのが我々のアートである。そういう言い方が成立するのではないでしょうか。


奈良美智「still」2009年

小山 そう思います。

小崎 それを小山さんは積極的に広げようとしているのでしょうか。

小山 意識的に推し進めようするっていうことはあまりないですね。ただ絵画として奈良さんの作品を観た場合、この絵は特異だなと思ったんですね。ポートレートとしてはジョットやホルバインなどとのつながりがあり、構成や色の配置についても非常によく知っています。村上さんの場合も、日本の空間感覚を推し進めていったわけですが、ブリューゲルや、ボッシュなどの作品とつながるのではと思うくらい素晴らしい絵です。

小崎 創造の歴史に関して、当然意識的ですよね。

小山 私自身サブカルチャーはあまり得意ではなくて、アニメもマンガもほとんど観ないのですが、63年生まれで子供のころからそういったものが自然に周りにあったので、それに浸かっていた世代とも言えます。一方でアカデミックな絵や、浮世絵、江戸時代の絵画も常に頭にあり、いろいろなものが混在しているのですが、それは逆に言えば、より自由に美術を観ようとする姿勢であると言えるかもしれません。

小崎 それこそが非欧米的な観方なのでしょうか。

小山 そうかもしれないですね。海外の美術作品を観ていると、セオリーで固められすぎていてつまらないんですね。日本では逆にそういった思想がない分、面白いことができるかもしれないと思っています。

小崎 ところで小山登美夫ギャラリーは、京都では焼きものの作家の展覧会をやったり、東京では建築展をやったりしていますね。陶芸も建築も普通はアートとは別のジャンルとされていますが、そういった展示をされたのはどうしてでしょうか。

小山 陶芸自体は昔から好きで観ていました。日本で陶芸の技術は相当に発達しているし、環境的にも突出しているし、データの蓄積もいちばんあるので、その中から面白い人たちが生まれてくると思うんです。


『桑田卓郎展』2009年 展示風景
撮影:Ichikawa Yasushi

建築展については、建築家が建物を造る前にマケット(模型)をたくさん作りながら、いろんなことを考えているわけですが、その痕跡っていうのが非常に面白く、空間をどう考え、それを形にしていくのかに興味がありました。まだマーケットになるかどうかわからないし、模型作りは彼らの本来の仕事ではないのですが、建築ができる過程を何らかの形で、美術作品ないしは美術的な楽しみを持てるものとして見たいというのがあります。
 

『建築以前・建築以後』2009年 会場風景
撮影:岡野圭

もうひとつは、日本の建築家には、他のジャンルに比べて安藤忠雄さんなど国際的に活躍している人たちが非常に多いのですが、彼らのための情報をなんらかのかたちで見られる美術館がない。建築家の作品を資料として見ることのできる施設を作る必要性が非常にあると思います。美術だけでなく、サブカルチャーやデザインなどもそういった場所が必要ではないかと思います。

こやま・とみお

1963年、東京生まれ。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。西村画廊、白石コンテンポラリーアート勤務を経て、1996年に独立、佐賀町に小山登美夫ギャラリーを開廊。その後、新川を経て、2005年に現在の清澄白河に移転。2008年には京都に「小山登美夫ギャラリー 京都」を開廊。菅木志雄、奈良美智、杉戸洋、落合多武、蜷川実花、シュテファン・バルケンホール、エルネスト・ネトほか国内外の多くのアーティストを扱う。著書に、『現代アートビジネス』『その絵、いくら? 現代アートの相場がわかる』『小山登美夫の何もしないプロデュース術』などがある。

次回予告

ゲスト:津村耕佑(ファッションデザイナー)
1982年第52回装苑賞受賞。三宅デザイン事務所を経て、ファッションブランド「FINAL HOME」を立ち上げる。造形作家としても活動を続け、『SAFE Design Take On Risk』展(2005-06年、ニューヨーク)への参加、『THIS PLAY』展の企画(07年、東京)など。雑誌『ART iT』では「妄想オーダーモード」を連載。デザインやアート、建築の分野まで幅広く活躍してきた観点で、「日本的アートとは?」をテーマにトークを展開する。

日程:10月18日(日)14:00 – 16:00
会場:バンタンデザイン研究所渋谷校ディレクターズスタジオ 定員30名
*参加をご希望の方は、下記から事前にお申し込み下さい。
http://daystudio100.com/tokyo/script/event_detail.php?id=92

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