サエボーク《Slaughterhouse》2019年 ©︎鞆の浦ミュージアム Photo: 高瀬智司
ザ・マスターズ・トゥールズ・ウィル・ネヴァー・ディスマントル・ザ・マスターズ・ハウス
2025年2月1日(土)-4月27日(日)4月19日(土)
KAG
https://gallerykag.jp/
開館時間:11:00–17:00
休館日:月
キュレーター:川上幸之介
倉敷のアートスペースKAGでは、詩人で活動家のオードリー・ロードの言葉「The Master’s Tools Will Never Dismantle the Master’s House(主人の道具で主人の家は壊せない)」を引用したタイトルの下、それぞれアメリカ合衆国各地を拠点に活動するカルプ・リンジー、ミミ・チ・グエン、ジェニー・シムズと、東京を拠点に活動するサエボーグの作品を紹介する展覧会を開催する。
オードリー・ロードは、1979年にニューヨーク大学で開かれたシモーヌ・ド・ボーヴォワールの『第二の性』の出版30周年を記念する学術会議にて、会議の出席者の大半が白人女性だったことを受け、「この社会が定める「受け入れられる女性」の輪の外に立っている」者のひとりとして、白人中心主義フェミニズムに対する批判的なスピーチを行なった。ロードはそこで、差異を受け入れ、それを自らの利点へと転換し、連帯し、フェミニズム運動内における人種主義、異性愛主義、エリート主義を内破しない限り、家父長制を破壊することができないと説き、さらにボーヴォワールを引用し、「私たちが生きるための力と行動の理由を導き出すのは、私たちの生活の真の状況を知ることである」と指摘。人種差別や同性愛嫌悪は、この時代に生きる自分たちすべてにとって現実の状況であり、自分自身の内なる深い知の領域に触れ、そこに存在するあらゆる差異に対する恐怖や嫌悪感に触れてみるべきであり、それこそが個人的なことが政治的なこととして、自分たちのすべての選択を照らし始めることができるのだと結んだ。
本展では、言語や文化間に生じる親密性と暴力性を探究し、世界がよって立つ支配的な観点を混乱させ、純粋性や真正性という過去を彩る近代の神話を暴こうと試みた4名のアーティストの作品を紹介。世界的に蔓延する文化的バックラッシュにより、あらゆる文化が家父長制資本主義やナショナリズムへと揺り戻される中で、複数の視点を取り入れた表現を通じて、二元論的な思考に揺さぶりをかける可能性を追求する。
カルプ・リンジー《Conversations Wit De Churen II All My Churen》2003年
カルプ・リンジーは、ソープオペラやドラッグパフォーマンスなどの形式を用いて、既存のジェンダー規範に挑戦する作品を発表してきた。ハリウッド映画のステレオタイプに基づいた約30のキャラクターを作り出し、それらを自ら演じるだけでなく、俳優のジェームズ・フランコや俳優でデザイナーのクロエ・セヴィニーをはじめ、数多くのアーティストや俳優などとのコラボレーションを行なっている。近年の主な展示に、フランコとの二人展「Dreams, Fame and the Savage」(The Breeder、アテネ、2025)や「Kindred Solidarities: Queer Community and Chosen Families」(シェリー&ドナルド・ルービン財団、ニューヨーク、2021-2022)、「Black Refractions: Highlights from The Studio Museum in Harlem」(ハーレム・スタジオ美術館、ニューヨーク、2022)、個展「Relations: Discord, Melodrama, and the Intimate in the work of Kalup Linzy」(ヒルズボロー・コミュニティカレッジ Gallery221、フロリダ州タンパ、2020)など。本展には、メロドラマの形式を盗用しつつブラックユーモアを加え、白人異性愛者中心で展開する物語をアメリカ合衆国南部出身の黒人のゲイ男性としてのリンジー自身を通した世界に置き換えた映像作品《Conversations Wit De Churen II All My Churen》(2003)を出品する。
ミミ・チ・グエンは、ジェンダーおよび女性学を専門とする研究者。現在はイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校で教授を務める。1990年代に始まったライオット・ガール・ムーヴメントに携わり、パンクシーンにおいて不可視化されていた人種問題をいち早くZINEで取り上げた。その後も『Maximum Rock ‘N’ Roll』誌にジェンダー論を寄稿、ZINEの制作を継続しながら研究を重ね、教育活動と作家活動を並行させている。著作に『The Gift of Freedom: War, Debt, and Other Refugee Passages』(デューク大学出版局、2012)、『The Promise of Beauty』(デューク大学出版局、2024)。また、Bangtan Remixed: A Critical BTS Reader』の共同編集も手がける。本展では、グエンが手がけたZINE(『Slant』『Evolution of a Race Riot』『Pander Mafia Zine』)を出品。人種と性差の交差について、DIYによる草の根の抵抗について検討する。
ミミ・グエン《Slant no. 5》1996年
サエボーグは、不完全なサイボーグを連想させるオルター・エゴを名乗り、ステレオタイプな女性像や自身の身体の形に対する違和感から、人間の姿とは異なるかたちのラテックス製のスーツを制作し着用、さまざまなパフォーマンス作品を発表してきた。主な個展やパフォーマンス公演に「Livestock」(PARCO MUSEUM TOKYO、東京、2021)、「Cycle of L」(高知県立美術館、2020)、主なグループ展、国際展に「Tokyo Contemporary Art Award 2022-2024 受賞記念展」(東京都現代美術館、2024)、「世界演劇祭2023」(フランクフルト、ドイツ)など。本展では家畜たちの授乳、出産、屠殺を演じたり、あるいはストリッパーといった「役割」を演じるパフォーマンスの映像作品《Slaughterhouse》、《Pigpen movie》を出品する。
ジェニー・シムズは、写真と映像を主な表現方法に、国境政策や変化する地政学的状況に焦点を当てた作品を発表している。なかでも、異文化間のコラボレーションを制作プロセスに採り入れた作品では、労働と移民、ジェンダーの問題を探求。これまでに数多くのプロジェクトを手がけ、「(un)expected families」(ボストン美術館、2017-2018)、「Shifting Terrain: Landscape Video」(カリアー美術館、アメリカ合衆国ニューハンプシャー州、2011)、ロッテルダム国際映画祭(2006)などの展覧会や映画祭でも作品を発表している。本展では、香港でのフィールドワークによって出会ったインドネシア出身の女性移民労働者をテーマにした《Readymaids: Here or Where (Hong Kong)》(2008)を出品する。
ジェニー・シムス《Readymaids: Here or Where》2008年