連載 田中功起 質問する 18-1: 馬定延さんから1

第18回(ゲスト:馬定延)―アーティストへの質問、あるいは「これまで」と「これから」の間には何があるのか

今回のゲストは映像メディア学研究者の馬定延さん。約1年前に彼女が書簡形式で田中さんを取材したことが今回の対話のきっかけにもなったため、今回は馬さんが「質問する」手紙から始まります。

往復書簡 田中功起 目次



「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」

 

田中功起さま

 

2022年3月22日、東京から箱根のポーラ美術館に向かう途中、川端康成の『雪国』(1948)の書き出しのような体験をしました。それは、まるで春から冬へと時間を巻き戻しながら前に進んでいくような感覚でした。美術館の駐車場までにはたどり着きましたが、安全上の理由から雪道装備のない車は引き返してほしいとのことで、会期終了寸前の展覧会を見ることは叶いませんでした。帰り道では、再び雪が霙へ、そして雨へと変わり、やがて雨上がりの曇り空になりました。

韓国の美術雑誌『Wolganmisool(月刊美術)』の記事のために、このART iTの連載「田中功起 質問する」の形式を借りて、私が田中さんに手紙を書いたのは、いまからちょうど1年前のことでした(*1)。いまそれを読み直すと、あいちトリエンナーレ2019の最中に行ったインタビュー以外に、それまでろくに会話を交わしたこともなかった田中さんに向けて、自分が普段あまりしない個人的な話まで書いたことに気が付きます。個展「Vulnerable Histories (A Road Movie)」(2020年10月30日〜12月20日、アート・ソンジェ・センター、ソウル)に際して、日英韓の3ヶ国語で出版された『リフレクティヴ・ノート(選集)』の翻訳に参加した私は、田中さんの1人称の文章と過ごした時間のなかで、翻訳者である以前に、一読者として、著者に対して一方的な親近感を覚えていたみたいです。アート・ソンジェ・センターのキム・ヘジュさん(当時の副館長)とジョン・ヒョギョンさんの丁寧な校正のおかげで、ハングルで読む田中さんの文章は、「母国語の肌」という、韓国の文芸評論家の言葉を連想させるものになりました。そういえば、この出版プロジェクトは「方法としての出版」をかかげていました。それはどのような意味でしたか?

 

最初の接点

 

私が田中さんの作品をはじめて見たのは、日本に留学した2007年頃のことでした。著書『必然的にばらばらなものが生まれてくる』(2014)によると、1975年生まれの田中さんの制作は1998年頃から本格的にはじまったそうですね。それはつまり、私には田中さんの最初期の作品に直接触れる機会がなかったということです。そういう自分自身の限界を補うための大雑把な質問となりますが、田中さんにとっての現代美術との最初の接点について聞けると嬉しいです。ほとんどのART iT読者は、「いまさら?」と首を捻るかもしれませんが、無知というのは外国人ならではの特権ですから。

2008年、PLATFORM SEOULで見た、田中さんの《Approach to an Old House》(2008)はいまだに記憶に新しいです。それは、ジョン・ケージを引用した「I have nothing to say and I am saying it」という、展覧会全体のタイトルと共鳴する作品でした。横浜で行われた田中さんのトークの最後に、拙い日本語で感想を伝えたことも覚えています。アーティストの身体が家や物に介入することで発生する一連の出来事は、無意味にも、理不尽にも見えながらも「日常の再配置」という一定の方向性を明示していました。あの時、私が言おうとして、うまく言えなかったことは、当時の田中さんの作品から感じられた、ある種の「詩的な身軽さ」のようなものだったと思います。そう、「詩的な身軽さ」というのは、当時の田中さんの作品に対する感想であって、最近の田中さんの作品に対するそれではないです。それは私が変わったからでしょうか、あるいは田中さんが変わったからでしょうか、それともただ単に二人とも歳をとったということでしょうか。

同年の釜山ビエンナーレでは、田中さんのパフォーマンス映像《シンプルなジェスチャーに場当たりなスカルプチャー》と、オルランのあの悪名高い整形手術の生放送の記録映像が並んで展示されていました。積み上げた食パンが風に飛ばされると積み上げ直す行為を反復する田中さんと、血塗れになって現状復帰が不可能な身体の改変を行うオルラン。どこまでが企画者の意図だったかはわかりませんが、私は現代美術における身体的表現の両極端を見せられたと思いました。釜山ビエンナーレのオンライン・アーカイブに、次のような田中さんのステートメントが残っています。「(前略)前日と同じ平凡な朝食をとっている瞬間にも、異なる観点から日常を見る方法はいくらでも可能である。ありふれた瞬間からも新しいものを見つけることができるのである。新しい観点から見れば、無数に多い抽象的な瞬間や対象が存在していることを発見することができる。人生の現実を直視すれば、世界をより深く理解することできると信じている。僕は人生のなかでいつもそのような瞬間を探っていきたいと思う。」(*2) ここにすでに、現在のプラクティスまで一貫している「抽象」という言葉が登場していますね。『リフレクティヴ・ノート(選集)』を翻訳しながら、私が著者に対して好感を覚えた原稿は「人生について考えると抽象が気になってくる」(*3)でした。そこに書かれたことも踏まえて、田中さんにとっての「抽象」とは何か、今一度話していただけませんでしょうか。

 

ともにひとりで

 

2011年3月11日に東日本大震災が発生し、それにより福島第一原子力発電所事故が起きました。同年3月の卒業と同時に留学生ビザが切れた私は、不確実な未来に悩みながら観光ビザで数ヶ月間を過ごしました。その暗澹な時間は、個人的にはある「当事者性」を帯びていますが、それが誰かと共有できるものだとは正直思っていません。

2013年の第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展で特別表彰された日本館の個展「抽象的に話すこと-不確かなものの共有とコレクティブ・アクト(abstract speaking – sharing uncertainty and collective acts)」(キュレーター:蔵屋美香)に対する批判は、おもに震災当時アメリカ在住だった田中さんの「当事者性」をめぐるものだったと聞きました。いま振り返ると、その批判に対する田中さんの応答は展覧会のタイトルに予め含まれていたかのように見えます。「抽象」「共有」「協働」は、近作《可傷的な歴史(ロードムービー)》(2019)に至る、その後の活動を理解する時にも核となる概念ですよね。冒頭で話したソウルの個展に対して、韓国の一部のマスメディアは「日本人のアーティストの捉えた日本社会のなかの嫌韓の現実」など、限定的な解釈を与えました。私には、そのような観点が作家の作品世界の文脈から読み取れる意味を見落としているように思われました。

それと対照的だったのは、『リフレクティヴ・ノート(選集)』のために、田中さんの個展を企画したキム・ヘジュさんが書き下ろした「あとがきのあと:ともにひとりで」でした。このエッセイのなかでキムさんは、選集に収録された田中さんの文章から個別の要素を丁寧に拾いつつ、それを彼女自身の人生の断面を通して投影します。作品と作家との出会い、韓国におけるコロナ禍の推移、キュレーターとして考える美術館の社会的役割、母親としての娘への思い……展覧会の実現に至るまでの時間のなかで個人の体験が社会の変化と複雑に織り混ざり、田中さんの作品世界の根底にある「いかに共に生きるか」という問いかけに接続されていきます。私は彼女の言葉によって「いかに共に生きるか」という問題の当事者としての自分に気付かされました。2020年は過去の時間になりましたが、現在にも続いているコロナ禍は「共にいることの可能性」そしてその「不可能性」という、田中さんの制作のテーマにいかなる影響を与えてきたのでしょうか。

 

2022年4月、隣の大阪より
馬定延


 

近況:春から国立国際美術館の客員研究員として中之島に通い始めました。コレクションの中の、アーティストの映像(artist’s video)の位置付けに興味深い歴史的な経緯があることをはじめて知りました。次回の手紙では、研究者の立場から映像作品の展示と上映について田中さんに質問してみたいと思います。

 



1. 馬定延「田中功起 方法としての手紙」『Wolganmisool(月刊美術)』2021年9月号、130-135ページ(韓国語)
2. 筆者による、以下の韓国語テキストからの翻訳(2022年4月30日アクセス)。
http://blog.busanbiennale.org/sub01/05.php?no=5167&cat_no=2001&seq=101511&type=2&year=2008&type2=2&type3=&page=2
3. 初出:「日付のあるノート、もしくは日記のようなもの 第1回『人生について考えると抽象が気になってくる』4月29日から6月10日」『ゲンロンβ50』株式会社ゲンロン、2020年
https://www.genron-alpha.com/gb050_01/

 


【今回の往復書簡ゲスト】

馬定延(マ・ジョンヨン)
1980年韓国ソウル生まれ。東京藝術大学大学院映像研究科修了(博士・映像メディア学)。著書『日本メディアアート史』(アルテスパブリッシング、2014)、共編著書『SEIKO MIKAMI: 三上晴子—記録と記憶』(NTT出版、2019)、論文「光と音を放つ展示空間—現代美術と映像メディア」(『スクリーン・スタディーズ』東京大学出版会、2019)、「パノラマ的想像力の作動方式」(『To the Wavering』展カタログ、ソウル市立美術館、2020)、共訳書『Paik-Abe Correspondence』(Nam June Paik Art Center, 2018)、『田中功起:リフレクティヴ・ノート(選集)』(アート・ソンジェ・センター+美術出版社、2020-21)など。現在、関西大学文学部映像文化専修准教授、国立国際美術館客員研究員。

 


 

関連情報:田中功起『何かの事後の勉強会の上映と、』(映像上映と対話)が2022年6月2、3、4、5日に開催される。会場はTHEATRE E9 KYOTO(京都)。
https://askyoto.or.jp/e9/ticket/20220602

 

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