Tate Britain. Photo: Rikard Osterlund
2024年4月24日、ロンドンのテート・ブリテンは今年で40周年を迎えるターナー賞の2024年度の最終候補に、ピオ・アバド、クローデット・ジョンソン、ジャスリーン・コール、デライン・ル・バを選出したと発表した。本年度の最終候補による展覧会は、2018年以来6年振りにテート・ブリテンでの開催となる(9月25日〜2025年2月16日)。受賞者は12月3日に発表予定。
イギリスのロマン主義を代表する画家、J・M・W・ターナーの名を冠する同賞は、1984年の創設以来、時代に応じて形を変えながら、イギリスの現代美術の発展に貢献するとともに現代美術に対する幅広い層の関心を生み出してきた。現在は、イギリス生まれのアーティストだけでなく、イギリスを拠点とするアーティストも対象に含め、過去1年間の展覧会などの活動実績を基に最終候補を選出し、最終候補による展覧会を通じて受賞者を決定している。一昨年は果物や容器などを模した彫刻、自然物や日用品などを使ったインスタレーションを通じて、強制移住や分離、疎外などのテーマを掘り下げてきた、ブラック・アーツ・ムーブメントを代表する人物としても知られるヴェロニカ・ライアン、昨年は幅広い表現を通じて、「唯物論的詩学」の下に現代の生活様式を表し出す日常のテクノロジーの検討や再創造を試みてきたジェシー・ダーリングが受賞。受賞者には賞金25,000ポンド(約488万円)、そのほかの候補者には10,000ポンドが授与される。
本年度の審査は、ロージー・クーパー(ワイジング・アーツセンター ディレクター)、エコウ・エシュン(ジャーナリスト、キャスター、キュレーター)、サム・ソーン(ジャパン・ハウス ロンドン館長/事務局長)、リディア・イ(キュレーター、美術史家)の4名、そして、審査委員長を務めるテート・ブリテン ディレクターのアレックス・ファーカーソンが担当する。最終候補の発表に際し、ファーカーソンは「生命力に溢れた作品」を制作してきた4名の活動を、「現代美術がいかに私たちを魅了し、驚きや感動をもたらすことができるのか」、また、「現代美術が複雑なアイデンティティや記憶を繊細なディテールを通じて力強く物語ることができるのか」を示すものと称し、「40年という節目にあたる年においても、イギリスの芸術的才能が豊かで活気に満ちたものであることを証明している」とコメントを寄せた。
ピオ・アバド、クローデット・ジョンソン、ジャスリーン・コール、デライン・ル・バの紹介と選考対象となった展覧会は以下の通り。
Installation view of Pio Abad, Ashmolean NOW: Pio Abad 2024. Courtesy the artist. Hannah Pye/Ashmolean, University of Oxford
ピオ・アバド(1983年フィリピン、マニラ生まれ)は、オックスフォードのアシュモレアン博物館で2024年2月に開幕し、現在も開催中の個展「To Those Sitting in Darkness」が選考対象となった。出品作品は、主に自身のフィリピンでの幼少期の教育に対する考察を基に、文化的喪失や植民地の歴史への言及を試みたもの。同展では、オックスフォードの複数の博物館の所蔵品を参照したドローイングやエッチング、彫刻や、所蔵品の一部の展示を通じて、見過ごされてきた歴史に光を当てるとともに、博物館の所蔵品と身近な日用品との類似性を浮かび上がらせている。審査員は、アバドが取り組んだ博物館が抱える諸問題を問い直すためのリサーチと新作の精密さと簡潔さを賞賛。また、歴史を現在へと持ち込む上での感性と明晰さを取り上げた。
Installation view of Claudette Johnson, Presence at The Courtauld Gallery, 2023. Courtesy the artist and Hollybush Gardens, London. © The Courtauld. Photo: David Bebber
クローデット・ジョンソン(1959年マンチェスター生まれ)は、ロンドンのコートールド・ギャラリーでの個展「Presence」(2023-2024)と、ニューヨークのOrtuzar Projectsでの個展「Drawn Out」(2023)が選考対象となった。パステル、グワッシュ、水彩を組み合わせた黒人の肖像画で知られるジョンソン。西洋美術史の黒人に対する周縁化へのカウンターとして、ジョンソンはそのようなものの見方を変える、家族や友人の肖像をその確たる存在感とともに描き出している。審査員は、ジョンソンの作品が有する描く対象へのエンパシーや親密さを表現する、線や色彩、空間、スケールのきめ細やかでいて大胆な扱いに感銘を受け、この一年をそのキャリアにおける重要な年だと位置付けた。
Installation view of Jasleen Kaur, Alter Altar at Tramway, Glasgow 2023. Courtesy of Tramway and Glasgow Life. Photo: Keith Hunter
ジャスリーン・コール(1986年グラスゴー生まれ)は、グラスゴーのトラムウェイで開かれた「Alter Altar」(2023)が選考対象となった。同展において、文化継承、連帯、自伝といったテーマを探究してきたコールは、身の回りにある日常的な物から制作した彫刻を配し、没入的な音響設計を通じて、それらに日常の不気味な幻影を纏わせる展示空間を作り出した。また、家族写真やアックスミンスターカーペット(イングランド南西部デヴォン州の原産地の名にちなむ、複雑な多色模様の機械織り絨毯)、巨大なレース上のナプキンが被せられたヴィンテージのフォード社のエスコート、コールの地元グラスゴーの清涼飲料大手の炭酸飲料アイアンブルー(Irn Bru)、キネティックな機構によりベルが鳴る手の形をしたオブジェなどによる彫刻群の編成は、グラスゴーのシク教コミュニティから受けたコール自身の幼少期のしつけを示唆する。審査員は、記憶や感情を喚起するような音と彫刻の組み合わせを通じて、家族の記憶や地域における奮闘の細部にアプローチした展示を高く評価した。
Installation view of Delaine Le Bas, Incipit Vita Nova. Here Begins The New Life/A New Life Is Beginning at Secession, Vienna 2023. Courtesy of Secession, Vienna. Photo © Iris Ranzinger
デライン・ル・バ(1965年ワージング生まれ)は、ウィーンのゼセッションで開かれた個展「Incipit Vita Nova. Here Begins The New Life/A New Life Is Beginning」(2023)が選考対象となった。祖母の死を経験したル・バは、ロマの人々の豊かな文化史や、自身の神話に対する関心を利用しながら、死や喪失、再生といったテーマに取り組み、同展では色彩豊かなドローイングを描いた布を吊るすなどして演劇的な空間に創出し、その空間を舞台衣装や彫刻などで満たした。審査員は、ル・バの実践における奔放さに触れつつ、同展においてひしひしと感じられるエネルギーと臨場感、混沌の時代における力強い芸術表現が印象に残ると評価した。
ターナー賞:https://www.tate.org.uk/art/turner-prize
ターナー賞2024
2024年9月25日(水)- 2025年2月16日(日)
テート・ブリテン
https://www.tate.org.uk/visit/tate-britain
参加アーティスト:ピオ・アバド、クローデット・ジョンソン、ジャスリーン・コール、デライン・ル・バ