ターナー賞2023


Jesse Darling at Turner Prize 2023, Towner Eastbourne. Photo: Hello Content.

 

2023年12月5日、イギリス南部の都市イーストボーンの文化複合施設ウィンター・ガーデンで、世界有数の現代美術賞として知られるターナー賞の授賞式が行なわれ、本年度の受賞者にジェシー・ダーリングが選出された。授賞プレゼンターはラッパーのタイニー・テンパーが務め、ダーリングには賞金25,000ポンド(約464万円)が授与された。

授賞式を中継したBBCによれば、ダーリングは受賞スピーチで学校教育で美術を教えることの重要性を語り、保守政権が自己表現や文化を特定の社会経済的背景を持つ限られた人々のものだというメッセージを発信してきたと非難した。また、スピーチの終わりに上着のポケットからパレスチナの国旗を取り出して反戦の意志を示した。

ダーリングの受賞作品および最終候補のギレーヌ・レオン、ローリー・ピルグリム、バーバラ・ウォーカーの作品を展示している「ターナー賞2023」は、ウィンター・ガーデンに隣接する美術館タウナー・イーストボーンで来年4月14日まで開かれている。

 


Alex Farquharson, Tinie Tempah, Joe Hill, and Jesse Darling at Turner Prize 2023 Awards Ceremony. Photo: Hello Content.

 

ジェシー・ダーリング(1981年オックスフォード生まれ)は、「唯物論的詩学」の下に、今日の生活様式を表し出す日常のテクノロジーの検討や再創造を試みてきた。その表現の幅は、彫刻、インスタレーション、映像、ドローイング、サウンド、テキスト、パフォーマンスと広く、なかでも、工業用素材同士を組み合わせたり、金属と日常的なオブジェを溶接した作品群は「ターナー賞2023」の展示にも見られるように、家庭と施設、家庭と国家、安定と不安定、機能と機能不全、成長と崩壊などの概念を探究するダーリングのアプローチの代表的なものとしてあげられる。その実践において、個人や集団の身体に共通する脆弱性は重要な位置を占めるものとなっている。最終候補への選考対象となったのは、2022年に開かれた「No Medals, No Ribbons」(オックスフォード近代美術館)と「Enclosures」(カムデン・アーツセンター)のふたつの個展。また、「ターナー賞2023」では、沿岸地域にあるタウナー・イーストボーンという開催会場の立地から着想し、境界線、身体、国民性、排除(入国拒否)などをテーマに、新作と近作を交えて空間を構成した。

審査員は、さまざまな素材やコンクリート、溶接された柵、紅白のバリケードテープ、事務用ファイル、レースカーテンといったありふれた物を駆使して、見慣れたものでありながらそれでいて錯乱した世界を表出させるダーリングの実力を賞賛し、社会の崩壊を思わせる展示によって、労働、階級、イギリス性(Britishness)、権力といった概念に対する既存の理解に揺さぶりをかけた点を高く評価した。本年度の審査は、審査委員長のアレックス・ファーカーソン(テート・ブリテン ディレクター)のほか、マーティン・クラーク(カムデン・アートセンター ディレクター)、セドリック・フォー(ボルドー現代美術館チーフキュレーター)、メラニー・キーン(ウェルカム・コレクション ディレクター)、ヘレン・ニスベット(クロムウェル・プレイス CEO兼アーティスティックディレクター)の5名が担当した。

 


Installation view of Jesse Darling at Towner Eastbourne, 2023. Photo: Angus Mill.


Installation view of Jesse Darling at Towner Eastbourne, 2023. Photo: Angus Mill.


Installation view of Jesse Darling at Towner Eastbourne, 2023. Photo: Angus Mill.

 

ターナー賞は1984年の創設以来、時代に応じて形を変えながら40年近くにわたって、イギリスの現代美術の発展に貢献するとともに、現代美術に対する幅広い関心を生み出してきた。現在は、イギリス生まれ、あるいはイギリスに制作拠点を置くアーティスト/アーティスト・コレクティブを対象とし、前年の展覧会を含む活動実績により最終候補を選出。同年に最終候補による展覧会を開催し、受賞者を決定する形式を採用している。2011年以降は、ロンドン(テート・ブリテン)とロンドン以外の都市で交互に開催してきたが、2018年以来、2020年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響による中止を挟み、ロンドン以外の都市での開催が続いている。

 

ターナー賞https://www.tate.org.uk/art/turner-prize

ターナー賞2023
2023年9月28日(木)-2024年4月14日(日)
タウナー・イーストボーン
https://townereastbourne.org.uk/

 

 




ジェシー・ダーリング|Jesse Darling
選考対象:「No Medals, No Ribbons」(オックスフォード近代美術館、2022)
THE END」(カムデン・アーツセンター、ロンドン、2022)

ジェシー・ダーリング(1981年オックスフォード生まれ)は、「唯物論的詩学」の下に、今日の生活様式を表し出す日常のテクノロジーの検討や再創造を試みている。その表現は彫刻、インスタレーション、映像、ドローイング、サウンド、テキスト、パフォーマンスと幅広い。なかでも、工業用素材同士を組み合わせたり、金属と日常的なオブジェを溶接した作品群を通じて、家庭と施設、家庭と国家、安定と不安定、機能と機能不全、成長と崩壊などの概念を探究している。選考対象となったのは、ともに2022年に開かれた「No Medals, No Ribbons」(オックスフォード近代美術館)と「Enclosures」(カムデン・アーツセンター)のふたつの個展。「ターナー賞2023」では、沿岸地域にあるタウナー・イーストボーンという開催会場の立地から着想し、境界線、身体、国民性、排除(入国拒否)などをテーマに、新作と近作を交えて空間を構成した。

 



ギレーヌ・レオン|Ghislaine Leung
選考対象:「Fountains」(Simian、コペンハーゲン、2023)

ギレーヌ・レオン(1980年ストックホルム生まれ)は、芸術の制作、発表、流通に関する諸条件を批評的に捉えた実践を重ねてきた。制作プロセスが指示された「スコア」の形式をとるレオンの作品は、美術館やギャラリーのスタッフがレオンとの緊密なやりとりを踏まえた上で具現化される。選考対象となったコペンハーゲンのSimianでの個展「Fountains」では、「音を打ち消すために展示空間に設置された泉」とだけ記されたスコアを基に制作された《Fountains》(2022)を含む、5つのスコアを具現化した作品が展示された。「ターナー賞2023」では、子どもを持つ母でありアーティストでもあるレオンが1週間の内でスタジオでの制作に費やせる時間を表したウォールドローイングを含む、「Fountains」で発表した5つのスコアのほか、「ある部屋に見守りカメラに設置し、別の部屋に中継する」というスコアを具現化した作品《Monitors》を発表した。

 



ローリー・ピルグリム|Rory Pilgrim
選考対象:《RAFTS》(サーペンタインとバーキング・タウンホールによるコミッション、2022)
RAFTS: LIVE | Special one night concert」(カドガン・ホール、ロンドン、2022)

ローリー・ピルグリム(1988年ブリストル生まれ)は、個人的な体験を共有したり、声に出すことを通じて、私たちが集まり、話し合い、社会変革のために努力することの本質に迫るべく、音楽(作詞作曲)、映像、テキスト、ドローイング、絵画、パフォーマンスなど、幅広い表現を駆使している。2022年にロンドンのサーペンタインとバーキング・タウンホールのコミッションを受けて取り組んだプロジェクト《RAFTS》と、そのカドガン・ホールでの上演が選考対象となった。「ターナー賞2023」では、同プロジェクトから、ロンドン北東部のバーキング・アンド・ダゲナム区の住民8人の語りによる聖譚曲(オラトリオ)を中心とした映像作品を上映するとともに、困難で不安定な状況に漂う私たちを支える象徴としての「raft(いかだ)」というテーマに関連する絵画やドローイング、立体作品を併せて発表した。

 



バーバラ・ウォーカー|Barbara Walker
選考対象:《Burden of Proof》(シャルジャ・ビエンナーレ15、2022)

バーバラ・ウォーカー(1964年バーミンガム生まれ)は、階級、権力、ジェンダー、人種、表象、所有など、自分自身や身のまわりの人々の生活に影響を及ぼす社会的、政治的、文化的リアリティを、版画から絵画、木炭を使った大規模な壁画まで幅広い手法で表現している。選考対象となったのは、シャルジャ・ビエンナーレ15で発表した新作、細やかな配慮とともに、ウィンドラッシュ事件の被害を受けた個人や家族に光を当てた《Burden of Proof》。「ターナー賞2023」では、展示室の壁面にウィンドラッシュ事件の影響を被った人物の肖像を木炭ドローイングで直接描くとともに、同シリーズから複数のドローイング作品を発表した。

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