ターナー賞2023最終候補

 

2023年4月27日、テート・ブリテンは世界有数の現代美術賞として知られるターナー賞の2023年度の最終候補に、ジェシー・ダーリング、ギレーヌ・レオン、ローリー・ピルグリム、バーバラ・ウォーカーを選出した。本年度の最終候補による展覧会は、2023年9月28日から2024年4月14日まで、イングランド南部の都市イーストボーンの美術館タウナー・イーストボーンで開催される。受賞者の発表と授賞式は、同地の文化複合施設ウインター・ガーデンズで開催予定。受賞者には25,000ポンド(約433万円)、そのほかの候補者には10,000ポンドが授与される。

審査委員長を務めるテート・ブリテン ディレクターのアレックス・ファーカーソンは、「最終候補に残ったアーティストはそれぞれ、抽象的あるいは政治的な関心事を、思いやりや遊び心、誠実さや優しさと結びつけながら、また、個人のアイデンティティやコミュニティの長所を讃えながら、人生における数々の相違や矛盾について深く思考を重ねています。この秋、タウナー・イーストボーンですばらしい作品に出会えるのを楽しみにしています」と最終候補4名への期待を語った。ジェシー・ダーリング、ギレーヌ・レオン、ローリー・ピルグリム、バーバラ・ウォーカーの紹介と選考対象となった展覧会やプロジェクトは以下の通り。

 


Jesse Darling, No Medals No Ribbons, Installation view at Modern Art Oxford, 2022. Photo: Ben Westoby ©️Modern Art Oxford

 

ジェシー・ダーリング(1981年オックスフォード生まれ)は、個人的な経験や歴史、対抗的歴史を参照しながら、人間の身体の脆弱性や権力構造の不安定性を喚起する彫刻やインスタレーションを発表してきた。選考対象となったオックスフォード近代美術館での個展「No Medals, No Ribbons」では、ここ10年の活動における重要な作品とともに新作を発表し、カムデン・アーツセンターの個展「Enclosures」では、同センターでの2年間のレジデンスプログラムで積み重ねたリサーチを元に新作委嘱作品を発表した。審査員は、さまざまな素材を駆使して、人生における混沌とした現実を巧みに表現するダーリングの能力を評価。世界に内在する壊れやすさの存在を露わにし、また、わかりやすさや他者に対する有用性に抗う、その作品群の幅と質を選考理由に挙げた。なお、ダーリングは日本国内ではヨコハマトリエンナーレ2020「AFTERGLOW―光の破片をつかまえる」に参加した経験を持ち、横浜美術館で版画作品《幻のアーカイブによる文化遺産》を発表している。

 


Ghislaine Leung, Fountains, Installation view at Simian, Copenhagen, Denmark, 2023. Courtesy the artist and Simian, Copenhagen; and Maxwell Graham, New York; and Cabinet, London Photo: GRAYSC

 

ギレーヌ・レオン(1980年ストックホルム生まれ)は、素材や制作方法を記した指示書「スコア」を、展示空間の具体的な条件の下で具現化する実践を通じて、芸術生産や(再)現前化における社会政治的、空間的条件に対する批評的な検討を試みている。選考対象となったコペンハーゲンのアーティスト・ラン・スペース「Simian」で開かれた個展「Fountains」では、Simianのメンバーがレオンとの対話を通じて、スコアを解釈。看板や道管、玩具、噴水などを利用した作品や、母でありアーティストであるレオンが1週間の内でスタジオでの制作に費やせる時間を表したウォールドローイングによって、時間や余暇、労働といった概念を問い直す展示を実現した。審査員は、洗練された美やコンセプトを備えた作品を生み出す、温もりやユーモア、卓越した才能を讃えると同時に、作品の生産や流通の現行の在り方に疑問を抱き、取り組んでいく姿勢を高く評価した。

 


Rory Pilgrim, RAFTS Live (2022) Cadogan hall, Live Concert Performance. Photo: Matthew Ritson

 

ローリー・ピルグリム(1988年ブリストル生まれ)は、「解放」という概念を軸にしながら、人々が集まること、コミュニケーションをとること、社会変革のために個人的な体験を共有し、声にすることについて、音楽(作詞作曲)、映像、テキスト、ドローイング、ライブドローイングなど幅広い表現方法を通じて探究している。選考対象となったのは、サーペンタインとバーキング・タウンホールのコミッションを受けて取り組んだプロジェクト《RAFTS》と、カドガン・ホールでの同作のライブパフォーマンス。ピルグリムは、ロンドン北東部のバーキング・アンド・ダゲナム区の地域コミュニティとともに、語りや詩、音楽、映像を織り交ぜながら、パンデミック下の変化や葛藤の日々を反映した作品をつくりあげた。審査員は、ピルグリムの美しく感動的な演出がプロジェクトに参加した人々の声に光をもたらし、そのパフォーマンスの大胆さと弱さはアーティストとコミュニティの関係性の強さを映し出すものであったと評価した。なお、ピルグリムは2017年にアーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/ エイト]のレジデンス・プログラムで来日、同年、第9回恵比寿映像祭の地域連携プログラムの一環として、代官山AITルームで開かれた映像作品上映会「シネマティック・プリズム」で《Violently Speaking》を上映した経験を持つ。

 


Barbara Walker, Burden of Proof (2022) Installation view: Sharjah Biennial 15, Old Diwan Al Amiri, 2023. Commissioned by Sharjah Art Foundation with the support of The Whitworth, The University of Manchester. Photo: Danko Stjepanovic

 

バーバラ・ウォーカー(1964年バーミンガム生まれ)は、階級、権力、ジェンダー、人種、表象、所有など、自分や身のまわりの人々の生活に影響を及ぼす社会的、政治的、文化的リアリティを扱った具象的なドローイングや絵画で知られる。選考対象となったのは、「シャルジャ・ビエンナーレ15」に出品した「ウィンドラッシュ事件」を扱った新作《Burden of Proof》。ウィンドラッシュ事件とは、第二次世界大戦後、労働力不足に応じてカリブ海域のイギリス領植民地からイギリスへと移住した人々が、過去から現在にいたる同国の移民制度の不首尾により、2018年に誤って拘束され、法的権利を否定され、強制送還されてしまった政治事件。ウォーカーは、ウィンドラッシュ世代と呼ばれる人々のポートレートのウォールドローイングや、ポートレートと彼らが在留許可のために提出しなければならなかった書類を同一画面に描いたドローイングを発表した。審査員は、壮大な物語を圧倒的なサイズのポートレートによって伝える能力、そして彼女の作品全体に貫かれた深い愛情や親密さを賞賛している。

 

審査員は、上述したアレックス・ファーカーソンのほか、マーティン・クラーク(カムデン・アーツ・センター ディレクター)、セドリック・フォー(ボルドー現代美術館チーフキュレーター)、メラニー・キーン(ウェルカム・コレクション ディレクター)、ヘレン・ニスベット(アート・ナイト アーティスティックディレクター)の計5名が務める。J・M・W・ターナーの名を冠するターナー賞は、1984年の創設以来、時代に応じて形を変えながら40年近くにわたって、イギリスの現代美術の発展に貢献するとともに、現代美術に対する幅広い層の関心を生み出してきた。2007年のテート・リバプールでの開催以降、ロンドンとロンドン以外の都市で交互に開催を続けてきたが、2021年はコヴェントリーのハーバート美術館、2022年はテート・リバプールでの2度目の開催、そして、本年度はイーストボーンのタウナー・イーストボーン(タウナー・ギャラリー)と3回連続でロンドンを離れての開催となる。創設100周年を迎えるタウナー・イーストボーンは、地元名士のジョン・チザム・タウナーからの遺贈を受け、18世紀に建てられた邸宅を利用して1923年に開館(同館は2005年まで使用)。2005年からの休館を経て、リック・マザー設計による新たな美術館とともに2009年に再開館した。5,000点以上に及ぶコレクションは、エリック・ラヴィリオスの最大のコレクションを含む同国近代美術のほか、ディネオ・セシェー・ボパペ、ジョン・アコムフラー、ローレンス・アブ・ハムダン、タシタ・ディーン、アーニャ・ガラッチオ、ヴォルフガング・ティルマンス、レイチェル・ジョーンズ、ヘレン・カモック、ジャナーン・アル=アーニ、クレア・ウッズなど、国内外の現代美術にも力を入れている。

 

ターナー賞https://www.tate.org.uk/art/turner-prize

ターナー賞2023
2023年9月28日(木)- 2024年4月14日(日)
タウナー・イーストボーン
https://townereastbourne.org.uk/
参加アーティスト:ジェシー・ダーリング、ギレーヌ・レオン、ローリー・ピルグリム、バーバラ・ウォーカー

 


Towner Eastbourne Photo: Jim Stephenson

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