八谷和彦

聞き手:住友文彦(ヨコハマ国際映像祭ディレクター)

——おそらく映像が人間に与えたもっとも大きな影響のひとつに、自分以外の人がどうやって世界を見ているか、を伝えたことがあると思います。世界を眺めるうえで複数の視点があるという認識は、科学や思想にも浸透しています。八谷さんの初期の作品で、《視聴覚交換マシン》というのがありますが、これは向かい合う相手の視覚と聴覚を機械によって自分に装着することができるものです。誰もが、他人の視点を獲得する驚きを直接的に感じられるものだと思いますが、この作品を作ろうとしたときの動機を教えてもらえないでしょうか? また、自分の身体を離れた視覚をその後の作品でも作られていますが、どういった関心で制作をされているのでしょうか?


「視聴覚交換マシン」1993年 撮影:黒川未来夫

僕は時々、「動物には世界がどう見えているか?」を空想することがあります。例えば、蛙だったら「動いている物体しか見えない」とかありますし、犬だったら「匂い」も世界を構成する重要な要素のはずですし、エコーロケーションで、つまり「聴覚でものを見て」いる生き物、蝙蝠やイルカには、世界がどう見えているのか、とか空想することがあります。視聴覚交換マシンを作ったときにはイルカに興味があって、小笠原に行って野生のイルカと泳ぐ、ドルフィンスイムをやりに行ったりしました。その際、せっかくなので素潜りの練習をしたり、イルカの生態も調べたりするわけですが、そのときに「エコーロケーションで世界を見ているイルカは、ひょっとしたら他の個体のビジョンも共有しているのでは?」とか思い、まあそれが単なる思い込みであったとしても技術を使って人間で実現したら面白いのでは? というのが、そもそも視聴覚交換マシンを作った発端だったりします。

——面白い想像力の飛躍ですね。人間が中心にいて世界を眺めるのではない、別の世界の眺め方を体験するような感じですね。ただ人間中心主義を否定するわけでもないですし。動物とか、妖怪とか、宇宙人とか、〈人間〉以外の生き物、もしかしたら、生き物以外のロボットなどもあると思いますが、そうした存在との交感を描くものとして、アニメやマンガが果たした役割も大きいと思うのですが、八谷さんはアートの文脈以外から影響を受けながら作品を作っていることも多いですよね。
とくに自分の作品制作において重要な役割を果たしたアニメやマンガ作品についても教えていただけないでしょうか?

具体的なので言うと、
《見ることは信じること》→『星の王子さま』サン=テグジュペリ
《ポストペット》→『ジョジョの奇妙な冒険』第四部:荒木飛呂彦&『モモ』ミヒャエル・エンデ
《エアボード》→『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』ロバート・ゼメキス
《FairyFinder》→『だれも知らない小さな国』佐藤さとる
《OpenSky》→コミック版『風の谷のナウシカ』宮崎駿
とかでしょうか。


「見ることは信じること」1996年 撮影:大島邦夫


「AirBoard」01,04,07 撮影:牧原利明

このへんは、もちろん自分が好きだし、実際に読んで落涙することも多々あるのですが(それも何回も!)、そうしたファン意識とは別に「元ネタはなるべくよく知られているものをチョイスする」みたいな気持ちがあります。基本的に僕がやりたいことは「空想の現実化と、それを行ったときにおこる現実世界とのコンフリクト」であり、例えばエアボードは高熱でアスファルトを溶かすから、舗装路では乗れない、とか、予想を超えて体験したら気持ちよかった、とかのギャップを知りたいがために、作品を作っていたりするわけです。だから、「あれに本当にあったらどうだろうか?」とみんなが思っているものほど、実は作りたかったりもするわけですね。

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「OpenSky」金沢での飛行テスト 2008年

(中略)

─mixiやtwitter、あるいはyou tubeやニコニコ動画など、どんどん新しいウェブを使ったサービスが生まれています。八谷さん自身も「ポストペット」というメールソフトの開発をされていますが、今後こうした新しいインターネットを使ったコミュニケーションはこうなっていくだろう、とか、こういう使い方ができたら面白い、とか考えていることはありますか?


「ポストペット」 ©So-net Entertainment Corporation

うーん。例えば、今日、コンビニで雑誌「スタジオボイス」の最終号を見て、ちょっと切なくなったりもしたのですが、僕はwebサービスはなんでも無料、みたいな流れになっているのが、なんか抵抗感があるんですよね。「タダより高いものはない」気がするんで。だから、正直に言うと今は「お客様から対価としてお金をいただけるサービス」を、やってみたい、という気持ちはあります。それがwebなのか、アプリケーションなのか、ハードウェアなのかわからないけど。まあ、それは自分のアート活動とは別個のものかもしれませんけどね。余談になりますが、2ちゃんねる元管理人のひろゆきさん(西村博之さん)って、時々肩書きを「メディアアーティスト」と名乗っていることありますよね。今は違うのかな? 僕はそれ「ほんとそうだなぁ」とか思うんです。2ちゃんねるやニコニコ動画は、やっぱりある種のメディアアートだと僕は思うのですが(設計者や参加者がどう思うかは別として)。既存メディアに対する批評的立場もあるしね。ただ、それは今が過渡期だからであり、初期のテレビにしろラジオにしろ、そういう時期はきっとあったんだろうな、とも思うのです。メディアが若い故の自由さとか野蛮さとかが。だから、ネット上での活動が「メディアアート的」である状況も、ひょっとしたらもう間もなく終わってしまうのかもしれない、とも思います。ちょうど、ビデオや郵便を使ったアートが、今廃れてしまっているように。

※上記は以下の新刊に収録のインタビューより部分抜粋・転載したものです。

『DEEP IMAGES -映像は生きるために必要か』
横浜国際映像祭実行委員会=編 1,800円+税 ISBN:978-4-8459-0938-4
フィルムアート社 http://www.filmart.co.jp/
11月上旬、全国書店にて発売(『ヨコハマ国際映像祭2009』会場各所にて先行発売予定)

はちや・かずひこ
1966年、佐賀市生まれ。漫画や映画、アニメなどに登場する想像上の装置などを実際に作るプロジェクトを多く展開する。また、メールソフト「ポストペット(PostPet)」の開発者としても知られ、ポストペット関連のソフトウェア開発とディレクションを行なう会社「ペットワークス」の代表でもある。
http://www.petworks.co.jp/

『ヨコハマ国際映像祭2009』での出展作:「見ることは信じること」
1995年に発表された「メガ日記」は、個の言葉が公共空間に現れるブログなどの先駆けともみなせるが、これを特殊装置を通して見られるようにした体験型インスタレーションが「見ることは信じること」。今回は、ウェブ上で個人のつぶやきを伝えるコミュニケーションサービス「Twitter(ツイッター)」に集まった文章を表示する、アップデート版になる予定。
http://www.ifamy.jp/programs/single/519/

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