
新宿のWHITEHOUSEでは7月27日(日)まで、小宮りさ麻吏奈の個展「CLEAN LIFE クリーン・ライフ」が開催されている。
小宮りさ麻吏奈(1992年アトランタ生まれ)は、自身の身体を起点とし、クィア的視座から浮かび上がる新たな時間論への関心から「新しい生殖・繁殖の方法を模索する」ことをテーマにパフォーマンスや映像、場所の運営、漫画表現などメディアにとらわれず活動してきた。2021年からは、クエスチョニングを続けるためのクィア・フェミニズムアートプラットフォーム「FAQ?」をアーティストの谷川果菜絵(MES)とともに運営。過去には、再建築不可の土地に庭をつくるプロジェクト「繁殖する庭」(2018-)、オルタナティブスペース「野方の空白」(2016-2018)、「小宮花店」(2016-2017)なども運営してきた。

本展では、小宮が継続して取り組んできた細胞培養、特に培養肉に関するリサーチをもとにしたインスタレーションが展開されている。
培養肉の映像とモノローグで構成された映像インスタレーション《CLEAN LIFE》(2025)は、細胞の培養技術を基点に、生命の線引きをめぐるさまざまな問いを投げかける。1951年、アフリカ系アメリカ人のヘンリエッタ・ラックスは子宮頸癌の手術を受けた際に、彼女の細胞が同意なく採取された。現在「HeLa細胞」として知られるこの細胞は、世界初のヒト由来の細胞株として数多くの医学的成果を生み、企業に巨額の利益をもたらした。一方で、本人はおろか、彼女の遺族でさえその事実を数十年知らなかったという。自分の体の一部であったものが切り離された時、どこまでが自分なのか。——小宮の問いは、中絶の権利に対する関心へとつながっていく。どこまでが命ある胎児で、どこからがそうではないのか。その線引きは、国や地域ごとの政治的状況によって異なり、今後も揺れ動くことが懸念される。
モノローグは、生命の線引きから、人間と動物という種の線引きへと展開、そして、世界で起きている虐殺へと話は広がる。「動物は人間の下位である」といったレトリックは、戦争犯罪などの暴力を正当化する場面で頻繁に用いられてきた。それは、2023年10月9日、イスラエルがパレスチナへの攻撃を行なう理由として、「『動物のような人間』との戦い」という声明がイスラエル国防相によって出された[1]ことからもうかがえるだろう。一方で、イスラエルは動物の権利を尊重するとされる取り組みを進め、培養肉(=クリーンミート)先進国として知られている。イスラエルでは国を挙げてクリーンミートの開発を支援しており、バイオベンチャー企業が数多く存在している。イスラエル大使館の公式YouTubeチャンネルに投稿されている「イスラエルの培養肉技術」という動画では、ベンチャー企業のCSOやCEOが、動物を屠殺することも苦しめることもなく、人間が地球上に生きるひとつの種として繁栄していくことを確実にするため、地球上で食料を生産している[2]と語っている。しかし、培養肉には成長促進を目的に牛の胎児の血清(FBS)が一般的に使われており、FBSの代替品も開発されてはいるが、完全に「クリーン」にするには未だ課題が残っていると小宮は指摘する。未来で動物が食肉のために搾取されないよう技術の発展を願うのと同時に生じるこうしたずれを、小宮は疑問視し、問いかける。



《CLEAN LIFE》を含むすべての展示作品には、細胞を培養するための培地としてFBSが使われている。会場の1階には、シャーレの中にHeLa細胞で描かれたラックスの肖像《Portrait Of Henrietta Lacks》(2025)や、ニワトリの細胞を用いた《Chick, Meat, Embryo》(2025)。また、小宮自身の皮膚細胞を小宮の血清を加えた培地を用いインキュベーター内で培養する《Self Incubating》(2025)が展示されている。
2階に上がると、1階と同様にふたつのシャーレが薄暗い空間の中で淡く光っている。《7th May 2022 PSL Bay Area Defend Roe Emergency March @San Francisco》(2025)、《21st April 2024 No Pride In Genocide! Standing protest @Shibuya》(2025)と題された作品はそれぞれ、小宮が実際に参加したというサンフランシスコでの妊娠中絶の権利保護運動と、渋谷でのパレスチナ解放に連帯を示すプロテストの様子[3]を表したものとなっている。
「我々が知らぬ間に何と絡み合い、何を目隠しされ、何を接種して生きてきているのか」[4]という問いを起点に、小宮は、顕微鏡を覗くようにして、人間や動物、自然、資本、環境などが複雑に絡まり合う「汚染された生態系」をいま一度見つめ直す。そして、誰かが引いたものではない線を、自らの手で引き直そうと試みている。


*1 「イスラエル国防相、「動物のような人間」との戦い ハマスへ報復受け」朝日新聞、2023年10月10日(参照:2025年7月24日) https://www.asahi.com/articles/ASRBB2C81RBBUHBI009.html
*2 「イスラエルの培養肉技術」2021年4月21日 https://youtu.be/Tvy8fq0qiBQ?si=VjwdSx7LAAhRG2lT
*3 「イスラエルのアパルトヘイトと虐殺に反対する日本のクィアの声」(参照:2025年7月24日) https://queervoicesinjpforpalestine.apage.jp/action.html
*4 会場で配布された展覧会概要に記載
参考:「無視できない「過去」を忘れないでいること——クィアなユーレイたちの慰霊 話し手 小宮りさ麻吏奈 聞き手 岡俊一郎」『だえん2024』だえん編集部、2025年、p56-72 https://daenpub.base.shop/
小宮りさ麻吏奈「CLEAN LIFE クリーン・ライフ」
2025年7月5日(土)-7月27日(日)
WHITEHOUSE
https://7768697465686f757365.com/
開廊時間:14:00–20:00
休廊日:月、火(ただし7/21は開廊)
(文 / 中村元哉)