冒険家でなくとも小さな冒険はするし、誰もがそういう何かを密かに楽しんでいる
猛々しい自然や、もの言わぬ生きものたちが織りなす物語。その作品世界は此岸と彼岸とを、あるいは個人の想像力と普遍的なものとの間を往還する。この10年の軌跡を、単なる俯瞰とは違うかたちでみせる大規模個展『鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人』について、作家に話を聞いた。
聞き手:編集部
—−まず、個展タイトルの「インタートラベラー」なる造語について教えてもらえますか。「インター」には、境界を行き来するイメージがありますね。
昨年末にハワイのキラウェア火山を訪ねたとき、ホノルルで飛行機を乗り換える際に「Inter Airline」と書いた標識があったんです。いい感触の言葉だなと思い、イメージがフッと膨らんだ気がしました。飛行機が行ったり来たり、どこかへ旅立ってまた帰ってくる感じですね。
帰国後に制作を進め、個展タイトルをどうするかという際に、そのことを思い出しました。これまで自分は「外」との対話によってこそ何かを表現できる気がずっとしていました。影響を受けるというのとも違い、何かが私の中をトランジットして、また出て行く感触。そして、それがどのようにも変化し得るのは、私には自然なことでした。自分の中を一回通っているからです。
身近なことで言えば、私の場合は大工さんや編集者など、異分野の方と交流して自分が形成されてきた部分も大きくて。肩書きも何も捨ててスーッと異界へ入っていき、また帰ってくる……それがけっこう重要だと感じていたのです。
さまざまな「際(きわ)」を行き来しながら
『鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人』東京オペラシティアートギャラリーでの展示風景 2009年
撮影:永禮賢 © Konoike Tomoko 写真協力:東京オペラシティアートギャラリー
—−今回は観賞体験自体が「地球の中心に潜っていく旅」という設定ですね。霊峰、狼、蝶、ナイフ、顔のない生きものや巨大な赤ん坊……神話的な生死観や内省の旅を連想させると同時に、前回の個展『隠れマウンテン&ザ・ロッジ』(会場のビルを使っての疑似登山のような仕掛けがあった)における冒険性・物語性がより強く感じられました。
皆さんも電車の中で本を読みますよね。忙しくても、車内が混んでいても、本を開くだけでスーッと、しおりを挟んでいたその世界に入っていける。そして、パタっと閉じてまた仕事に向かう。あの感覚に近いと思うんです。日常とかけ離れた世界でも、一歩足を踏み入れたらそこに集中して入り込んでいきます。
冒険家でなくとも小さな冒険はするし、誰もがそういう何かを密かに楽しんでいる。本、ゲーム、買い物……非日常はあらゆる日常に入り込んでいます。それを強く際立たせるもののひとつが美術で、だから「美術館から地球の中心に行くなんて、そんな子供だましのような」と抗議する人もいない。実はそのほうが不思議ですけれど(笑)。
『鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人』展示風景
撮影:永禮賢 © Konoike Tomoko 写真協力:東京オペラシティアートギャラリー
『鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人』展示風景
「シラ―谷の者、野の者」2009年 墨、胡粉、金箔、雲肌麻紙 182.0 x 1632.0cm
撮影:永禮賢 © Konoike Tomoko 写真協力:東京オペラシティアートギャラリー
—−鴻池さん自身にとって、今回「冒険」はありましたか。
この規模での個展自体がそうでしたが、象徴的な話としては、最近まで個展に合わせた作品集を制作していました。そこでは編集、出版、デザインそれぞれの担当者、さらにギャラリーの人まで参加してぶつかり合う。誰も遠慮しないのです(笑)。つまり、ただ静かに物事が収まるのでなく、衝突の中で高次元の調和を生み出せたのがとてもよかった。その過程では破綻も必要で、ときには嫌がられるのを承知で、相手の懐へズカズカ入らなければいけません。互いのよいもの、重要なものを見つけるためのアプローチとして。
—−展覧会の導入にあった「隠れマウンテン―襖絵」(2008年)ではないですが、襖があれば開けてみたい、と。
そう。当然そこにはある種の経験値や礼儀正しさも必要で、「どうやったら向こう側を見せてくれるかな……」と作戦を練るわけです。異物がぶつかり合うところにエネルギーは生まれるもので、分子レベルの話が人間にもあてはまるな、と感じます。
旅の出会いと孤独、そして帰るべき家
「mimio-Odyssey」2005年 DVD 11分30秒 © Konoike Tomoko 画像協力:ミヅマアートギャラリー
——「みみお」など鴻池ワールドの住人の多くは、冒険を通して色々な出会いを経験しますが、どこか孤独で、彼らはこれからどうなるのかと思わせますね。でもお話を伺っていると、鴻池さんの旅では「帰ってくること」も重要なのでしょうか。
誰もが旅人である間は「外の人間」であって、孤独ですからね。でも、やはり私は行ったきりではなく、いつか家に帰ってきたい。家=現実だったり、それが意味するものは人によって違うかもしれません。作品の中の世界に限らず、ふだん家からアトリエまでいって、そこで描いてまた帰ってくるのもそうです。行き帰りの途中で奇妙な人に出会ったり、そんな当たり前のことが、私の制作に大きく関っています。子供と同じで、帰れる家があればこそ外で活き活きと遊べる。一方がより大切というのでなく、その関係性や、移動という行為が重要だと思います。ですから、作品ができ上がるまでの「できない日々」も私には貴重な時間なのです。
—−そうして生まれた作品たちは、また旅出っていくわけですね。
完成した後は、私が語るべき言葉はありません。今度は観客と作品との出会いや対決になる。彼らの間に何が生まれるのか、それがこの仕事のもっとも大きな醍醐味とも言えますからね。
こうのいけ・ともこ
1960年、秋田市生まれ。85年に東京芸術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業後、玩具と雑貨の企画デザインの仕事に長く携わる。97年より作品制作を開始。絵画、彫刻、アニメーション、絵本など、多彩なメディアでの表現を展開する。
『鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人』
2009年7月18日(土)〜9月27日(日) 東京オペラシティギャラリー
http://www.operacity.jp/ag/exh108/
『鴻池朋子展 インタートラベラー 12匹の詩人』
2009年10月9日(金)〜12月6日(日) 鹿児島県霧島アートの森
http://open-air-museum.org/ja/art/exhibition/konoiketomoko/
鴻池朋子作品集『インタートラベラー 死者と遊ぶ人』
B5判・ハードカバー・カラー120ページ 英語対訳付き
寄稿:高階秀爾、中沢新一 2,940円(税込) 羽鳥書店
http://www.hatorishoten.co.jp/56_71.html
ART iTレビュー:鴻池朋子:インタートラベラー
ART iTフォトレポート:『鴻池朋子展』東京オペラシティアートギャラリー