
ART iT まず、ご自身がディレクターを務めるヴェネツィア・ビエンナーレ建築展のタイトル『people meet in architecture』について、聞かせてください。
妹島和世(以下KS) タイトルとしては、何か元気が出るような方向のものがいいなと思いました。それから、一義的なものというよりも、いろんな方向に解釈することができるものにしようと思いました。そこで人が人に出会うとか、人が建築に出会う、または建築が人に出会うとも考えられるし、そういう意味で、様々な解釈ができるものを考えました。
ART iT 最近の建築状況を見て、特にこういうテーマの必然性を感じましたか。
KS 建築は大きな存在なので、いろいろな人々の活動や感性が関係してくると思うのです。人と建築の関係がタイトルになっているといっても、別に使いやすい建築を創りたいという意味ではありません。でも人間が使うということが、建築をおもしろくしたり、そうでもなくしたり、ということが建築には起きていると思います。例えば、竣工後どんなふうに創造的に使われていくかというようなイメージを建築が持っているということも重要ではないかと思います。建築は、人間に大きな想像力を与えることができると思うのです。そういった、人と建築の関係ということが、今回大きなテーマのひとつになっています。
ART iT それは妹島さんの日常の建築のアプローチとすごく近いということですよね。
KS そう思います。昔と比べて今は、自分たちの生活のスタイルやコミュニケーションの方法について、インターネットや携帯をはじめとして、新しいやり方を手に入れています。だけど、私は建築を考えたり作ることを日々行っているから特にそう思うのだと思いますが、実際の空間、建築の空間にはやはり今でも、あるいは今だからこそ、何かできる新しい可能性があるのではないか、と思うのです。実際に人と人が会うということはやはり重要なのではと思い、『people meet in architecture』というタイトルはそういうこととも関係しています。建築というものがもっと人と人とのコミュニケーションの重要な場所を提供できたらいいのではないかなと思うし、人と人の新しい関係というものを建築は示すこともできる、と思っています。
ディレクターに任命されて最初に思ったのは、今までのビエンナーレの建築展は、美術展と比べると、美術展の方が面白くて、建築展は行くと面白いというよりも、疲れる印象のほうが強かった、ということでした。ひとつには、美術展では作品そのものを見せることができますが、建築展は建築を展覧会で実際に作るわけにいかない。そこで、自分の建築を説明するために、模型や図面などの代理のもので見せることになる。また、出展作家は出展するだけでどう展示されるか、展示そのものに関われないことが多い。つまり、材料としてみなされる。 しかしそれでは、実際の建築家のコンセプトが伝わらないのではないかと思い、今回私は、建築そのものは制作できないけれど、少なくとも展示の部屋ひとつひとつについては、建築家自身に作ってもらおうと考えました。それは別に特殊なインスタレーションをしてもらおうというのではなく、図面とか模型といった、普段彼等が実務で使っている材料を使ってもよくて、その材料をどう見せるかという、どうインスタレーションするかということを考えてもらうことにしました。その結果、ひとつひとつの部屋が新しいプロジェクトになるだろう、というアイデアです。各々がイメージしている建築やコンセプト、雰囲気を自分で示してくださいということです。

view in the Palazzo delle Esposizioni, Venice. Photo Studio Demand,
© Caruso St John / Thomas Demand, 2008, VG Bild-Kunst, Bonn /
APG-JAA, Tokyo.
ART iT では、ディレクター、キュレーターとして、展示デザイン自体からはすこし距離を置くということでしょうか。
KS いえ、そうではなくて、どの部屋にも私達は関わることになります。今回キュレーションのアドバイザーとして長谷川祐子さんと西沢立衛さんの二人に参加してもらって、三人で各作家との議論や調整を進めています。もちろん各部屋はあくまでも各作家の作品ですが、それでもキュレーターとしての私達は、そこに参加して、意見をいろいろ言っています。実際に工事に入ると、さらに変更などあると思うので、細かいやりとりがまだまだ続いていくと思います。
展覧会を見に来た人は、ここはAさんという建築家の空間、次はBさんという建築家の空間と、その都度、非常に柔らかいものを感じたり、重たいものを感じたり、その体験の仕方が複雑だったり、単純だったりと、異なる状況を体験することになると思います。アルセナーレの場合は、建物が非常に古いため、柱が壊れていたり、突然避難口があったりするのですが、そういうものを隠さないで空間にしていくことを考えています。後から付け加えられた壁をなるべく取り払って、元のアルセナーレの状態に近づけたり、窓を覆っていた黒い布も取って、明るい空間に戻しました。ひとつひとつの部屋はある意味で新しいプロジェクトのための「敷地」と考えられると思います。
全体の進め方としては、各出展作家と話し合いながら、内容、そして、全体の関係性から各々の人の場所を決めていきました。
ART iT テーマを決める際に選びたい建築家はいましたか。
KS このテーマだからこの人というようには、はっきりしていなかったと思います。通常のビエンナーレだと80人から100人なのですが、今年は47組です。今までは一部屋の中に何人もの出展作家が同居していたのですが、今回それをやめたからです。でもコラボレーションがありますから、人数は必ずしも少ないわけではないかもしれません。今回の出展作家は、ほぼ半分の人が初めて参加する人となりました。若い世代を中心に選んでゆきました。だいたい40歳から45歳くらいの人が一番の中心層だと思います。


ART iT どんな作品がテーマを象徴していると思いますか。
KS たとえばSmiljan Radicは、チリの若手の建築家です。この人は、チリの大地震があったために、途中でテーマを変えたのですね。社会的な空間のひとつのあり方として、岩をくりぬいた極小の空間を提案してきました。ひとりになれる場所の重要性をあらためて考えさせられたということで、一人だけが入ることが出来る彫刻のようなものを置く事になりました。
別のプロジェクトとしては、マティアス・シューラーというクライメートエンジニアが雲を作ります。アルセナーレの中で、実験的なプロジェクトですが、3mから4.5mの間の高さに、雲を作り、そこに近藤哲雄さんという日本の若い建築家が、雲を空中で体験できるスロープを作ります。人が雲の中に入れて、かつ、雲の上に立てるというものです。雲によって、柔らかく繊細な空間ができあがります。人が入ると温度差が変わり、それに反応して、真っ白だった雲が薄くなったり、繊細に変化してきます。この前、室内で何人かが手をつないで輪をつくって、いっせいに回転しはじめたら、渦ができて、雲がみんなの中心に降りてくるんですよ。竜巻ができたのです。また、子供たちが集まって雲の下で騒いでいたら、室温が上がって、雨が降ってきた。環境というものは非常に繊細で、私達の活動と非常に密接につながっている、それが体験的にもわかるような部屋です。
ワン・シュウは、中国の建築家ですが、非常にプリミティブでしかしモダンなドーム空間を提案してくれています。非常に簡易なもので、この建築は人力で、機械を使わずに作ることができ、それも4-5人いればたったの一日で、人々のための大きな空間を作ることができます。映画監督のヴィム・ヴェンダースは、sanaa設計のロレックス・ラーニング・センターを題材に3D映画を作ります。建築が人格を持ち、つぶやく、それと建物を使う人々が不思議な形で関わっていく様子が、魅力的に映画化されています。
このように、いろんな国のいろいろな建築家やアーティストが、いろいろな形で空間を作り、人間と建築の場というものが出来ていきます。来館者には自由にそれを体験して、自分で展覧会を組み立ててもらいたいと考えています。
ART iT 金沢21世紀美術館、ニューミュージアム、そして現在進行中のルーヴル新館など、美術館の設計が、今回の展覧会のコンセプトに繋がっていると思いますか。
KS 金沢21世紀美術館を作った時に考えていたことのひとつは、様々なタイプの展示室を用意するということでした。キュレーターの長谷川祐子さんからの要望もあり、可動間仕切壁を使わずに、18の独立した空間を作る必要がありました。もともと私は、フレキシブルとは何かという事に興味があったのですが、美術館の展示におけるフレキシビリティといえば今までの美術館では可動間仕切壁を使うものでした。なので、別の考え方はないのか、ということを当時思っていました。だから、金沢では、いろいろな部屋がいろいろな形で組み合わさって、展覧会の可能性みたいなものが広がるといいなと考えたのです。建物が出来て、いくつかの展覧会を見て、いろんなアーティストが様々に使っていることがわかって、それは最大の収穫でした。アーティストによって、もしくは展覧会によって、同じ展示室でも広く感じたり、狭く感じたりすることができるのだなあとも思いました。つまり展示室は、アートのためのものですが、逆にアートによって作られることもある。
ニューミュージアムは、非常に先端的な現代アートを扱っていて、作品も巨匠というよりはむしろ若手とか、これから認められていくようなものだとか、ある意味で街のダイナミズムに近い雰囲気を持つ美術館です。場所もバワリー通りで、いわゆるダウンタウンですし。そういう街から出てくるアートのダイナミズム、街の活力とつながった美術館という雰囲気を考えて、建物もある意味でラフな雰囲気にしようと考えました。金沢は、環境がすごく歴史的なところで、展示するものも、現代美術もあり伝統工芸もあるので、美術館や展示室がもうすこしきちんとしたものになっています。ニューミュージアムは、長い動線がそのまま展示室になっているような感じですね。エレベーターや階段を使って、めいめいが自由に移動していくような連続的な空間を考えて、それが街の雰囲気に繋がっていくものをイメージしていました。あそこでは街の雰囲気から出てきたような勢いのある作品が、いつもいろんな形で展示されていて、それが面白いと思ったので、自分たちの建築も影響を受けていると思います。金沢とはその意味で非常に違います。

and Frith Street Gallery, London, Commissioned by Naoshima Fukutake Art Museum Foundation
ART iT 特に金沢21世紀美術館や、ニューミュージアム、ルーヴル新館を設計している段階で、参照にしていた美術館はありますか。
KS 参照にしたというより、リサーチとして数多くの美術館を訪ねました。それらを見て、世界にはいろんな美術館があって、それぞれ違っているのはすごく面白いと思いました。限られた人だけが行く専門性の高い美術館もあれば、町の一角のように開かれた美術館があったり、昔の倉庫やお城を改造したところがあったり、そのように、いろんなタイプがあっていいんだろうと思うんです。そういった、いろいろな美術館が多様に存在する中で、金沢21世紀美術館は新しい公共空間のように、街の真ん中で誰でも行ける美術館です。私はそういう場所に興味があるんです。それが、最初に言っていたコミュニケーションの場所であり、みんなが会える場所だと思います。公園のような建物という言い方をよくするのですが、それは、いろいろな人がいて、でもその中でひとりでもいられて、ふらりと立ち寄ったり、出て行ったりできて、誰かに繋がっているということを感じることができるような空間ですね。そういうものを作りたいと思っています。
ART iT キュレーターステイトメントを読んだとき、ポストイデオロギー世界にいるというフレーズが出てきましたが。それはどうしてですか。 妹島さんにとっては、反イデオロギーみたいな立場を取ろうとしていますか。
KS モダニズムの時代は、世界を引っ張っていくひとつの考え方がある、というイメージでしたが、今はいろいろな考え方が世界じゅうにあり、それらに優劣をつけることは難しくなっています。むしろその多様性自体が、私達の世界が持つ新しい可能性だと思うのです。この展覧会でも、ひとつの考え方を強調するとか、それらを競合させるというよりは、私達の時代がもっているある多様な広がりというものをつくりたいと思っています。それを通して、展覧会に来た人が自分で考えるようなきっかけを作れたらいいな、と思っています。私としては、さらにもう少し空間的なことに興味があるのですが、でもそれが特別な空間とか、空間がかっこいいというより、空間と人、社会とがダイナミックに関係し合って、さらに魅力的なものになっていく、それらの関係や可能性を探るきっかけになるようなものになると良いと思っています。
現代の多様性を感じる展覧会といっても、自分たちが今あるヒエラルキーをそのまま表すということではなくて、そうじゃないものを作りたいし、経験の仕方によっては、自分で違う関係を作るようなものにしたいとも思う。そういう意味では、サーキュレーションも一つではなくて、選択ができたり、空間の種類としても、いろいろなものがあったり、建築家のスタイルや思想、デザインなども、全体として簡単にまとまっていかないようなものを作っていければ、と思っています。
トップページ, Piet Oudolf, Il Giardino delle Vergini, 2010
妹島和世 インタビュー
コミュニケーション、環境、感覚的空間