Curators on the Move 4

ハンス・ウルリッヒ・オブリスト+侯瀚如(ホウ・ハンルウ) 往復書簡
嚴培明(ルビ:ヤン・ペイミン)とアデル・アブデスメッド

 

親愛なるHUOへ

今回は、2号前の第11号で君が書いてくれたポール・チャンについての考察に、あらためて触れたいと思っている。現代におけるヨーロッパの新しいアイデンティティに関する突っ込んだ議論の中で、非ヨーロッパ国出身のアーティストの立場について、君の意見をぜひ聞きたい。もうお馴染みになったこの議論には、嚴培明(ヤン・ペイミン)とアデル・アブデスメッドの例がぴったりはまってくれる気がする。

僕はつい最近、スロヴェニアの首都リュブリャナにあるモデルナ・ギャレリア(現代美術館)のマラ・ギャレリアでふたりの作品展のキュレーションをしたばかりだ。このテーマはスロヴェニアではすごく重要だと思う。ユーゴの解体で生まれた国であり、EUに新しく加わった国のひとつであり、現代のヨーロッパを形づくっていく上でまったく新たな地平を切り開いた象徴のような国だから。こんな小さな国なのに、アートシーンは信じられないくらい活発で、世界的にも素晴らしい評価を得ている。アーティストではイルウィン、マルコ・ぺリアン、マリエティツァ・ポルツ、タデイ・ポガチャール。キュレーターではズデンカ・バドヴィナツ、故イゴール・ザベル。それに音楽家のライバック、哲学者のスラヴォイ・ジジェクがいる。

嚴とアブデスメッドとのささやかなプロジェクト『それぞれの側から、同じ運命のもとに』を通して、この国のダイナミックなアートシーンとの交流がもっと盛んになるといいと思っている。以下は、作品展のカタログに載せた僕のエッセイに基づいたものだ。

 

創作活動の中心は「闘争」

嚴培明とアデル・アブデスメッドは、まったく違うタイプのアーティストながら、多くの共通点も持ち合わせている。
嚴は1960年に中国の上海で生まれ、81年にフランスに移住した。当時アブデスメッドはまだ10歳で、生まれ故郷のアルジェリアに住んでいた。アブデスメッドは95年にフランスに移ることに成功したが、その頃には嚴は既にフランスの絵画界で名の知れた存在となっていた。ここ数年、アブデスメッドの人気も高まっており、嚴は依然としてフランスのアートシーンに重要な位置を占めている。

ミン(これから後はアートシーンと大衆紙との双方で知られている呼び名に従う)の人並み外れたエネルギーと想像力は、ポートレートを中心とする大規模なモノクロームの油彩画に注がれている。その作品は、情熱的でダイナミックで力強い「攻撃」の意思表示だ。ミンは1960年代から80年代初頭にかけての文化大革命から改革開放に至る時代に育ち、この20年間にわたりフランスでアーティストとしてのキャリアを積んできた。それは、想像しがたいラディカルでドラスティックな変化の経験だった。きわめて複雑なこの経験は、ミンひとりの人生だけでなく、ひとつの世代全体が共有する運命でもある。この世代は特に冷戦終結後、現代の世界的な地政学の劇的な浮沈をくぐり抜けたばかりでなく、グローバリゼーションの過程の形成にも大きく貢献した。肉体的にも精神的にも、「闘争」がミンの創作活動の中心であり続けている。

ミンの作品は、色と形による固定された画面というよりも、まさに動きそのものだ。大胆で素早い筆づかいが動きのある画面をつくり出し、常に見る者を扇動する。だが、それは決して、大げさで独善的な自己主張や単なる表現主義には陥らない。むしろ首尾一貫して非常に「経済的」で効果的だ。白と黒、時により赤と黒。それだけがミンが、現実の色彩から成る「現実」を超えた世界をつくり出すのに使う色である。独自の存在の領域を打ち立て、記憶と人間的な関心との間を往来する。ミンの人生経験からすれば当然だが、毛沢東やローマ法王といった、彼自身や同世代の人々に大きな影響を与えた歴史上の人物が、偶像的なイメージとして作品の中に頻出している。それはミンの記憶の中にある、毛沢東思想その他のイデオロギーに埋め尽くされた公の場のイメージというだけではなく、ごく私的で個人的な記憶と想像においても鍵となる要素となっている。だから、自分の父親や友人や想像上の人物と並んで、毛沢東の肖像がよく描かれているのだ。

とはいえミンの人物画は、人物そのものを賛美したり崇拝したりするものとはほど遠い。まったく逆に、挑発的で批判的で破壊的だ。人物は常にはっきりしない設定で描かれ、例えば父親に対して「最も尊敬する男」と「最も唾棄すべき男」と呼ぶなど、「倫理的に問題のある」タイトルがつけられている。さらには、政治的に正しくなく(ポリティカリーインコレクト)、物議をかもすことも多い。フランス政府の企画による『アートの力』という展覧会に出されたミンの絵画によって、犯罪者や政治家の肖像を公に掲げることのモラルについて、フランスで一連の論争が巻き起こった。この挑発的な行為は、アート表現や見せ方に関する慣習を打ち破っただけではない。もっと重要なのは、一般市民の常識的な価値観や既存の社会心理構造、中でも必然的に保守的になる社会慣習と想像や表現の自由との間の関係に対して、挑戦状を叩きつけたことなのだ。

 

愛を求めてやまない叫び

ミンの作品が政治に積極的に関わっていることは明らかだ。こうした姿勢は、アデルにも共通している(友人間の呼び名で書くことにする)。ミンに匹敵する闘争と挑発の精神を持ちながら、まったく違った手法と概念的戦略を用いる若きアーティストだ。

スペクタクルとしてのアートという制度、それが表す力の制度について問うていくことが、アデルのアートに関わろうとする動機の根幹だ。その裏で、アデルは社会的な規範やタブーの持つ生=政治的な力について追究している。絵画、ビデオ、写真、パフォーマンス、インスタレーションと様々なメディアから手法を取り入れつつも、それは常にラディカルなまでにミニマルで直線的だ。だがその内容は、繊細かつ力強い。この力の源は、形式やモチーフや状況をラディカルに大胆に持ち出し、あっと驚く組み合わせを見せるところにあり、これはアデル自身が複数の文化的背景を持つことによるものだ。

アデルは常に社会の、そして個人的なレベルでの革命を信じている。さらに詳しく書くが、それはこの若き才能あふれるアーティストの歩んできた道を顧みればわかることだ。アデルは1990年代半ば、まさに故国が野蛮な内紛の最中にあった時期に、アルジェリアからフランスへ移民として移り住んだ。いまではまったく新しい、けれどその時代に勝るとも劣らない西欧社会の野蛮な現実——人種差別など他者に対するイデオロギーによる偏見が蔓延し、最近の資本主義勢力と政治の腐敗がときにソフトなファシズムの形を取り、まったく疑問に付されない状況——に直面しなくてはならない。こうした対立を経験したことで、制度に対する深い反抗心を植え付けられたのだ。

作品においてアデルは、既存の制度との辛抱強く密度の濃い交渉と絶え間ない断絶とを組み合わせるやり方を追求している。既存の制度内の宗教的・倫理的・文化的なコードに付きものの、社会的タブーを侵犯するような破壊的なパフォーマンスをやってのけることで、知的に制度を利用し、皮肉を込めながら批判的に自らの主張を可視化・可聴化し、広く議論を呼び起こそうとする。路上のマイクが足音を拾う数秒のループ映像作品『安上がりの会話』や、公衆が見守る中、ねずみを食べる猫のクローズアップを見せる『愛の誕生』などは、人々を驚かすとともに、不気味なほど皮肉に満ち、暴力的ですらある。映像はクールに、突き放した感じで撮影され、それによってさらに残酷なほど真実味を帯び、心に強く訴えかける。観る者を大きく揺さぶり、落ち着かない気持ちにさせずにはおかない。

こうした作品は、まったく不感症的に、争い、抑圧、暴力が繰り広げられる苛酷な現実に直面した、愛を求めてやまないアデルの心の底からの叫びなのだ。

 

それぞれの側から、同じ運命のもとに

ミンの作品に戻ると、まったく同じ、愛と痛みというエクスタシーに似た感情が見出せる。ミンは父親として、不幸な子供たち、とりわけ貧困と疎外にあえぐ子供たちに感情移入している。残念なことに、こういった子供たちは誰よりも見放され、自然災害や貧困地域の再開発や戦争によって、世界中で増え続けている。ミンは南アフリカや、海外県レユニオン、その県都サン・ドニなどの貧しい子供たちの人物画を数多く描き、パリのパンテオンのように最も尊重される神聖な公の場にその絵を掲げている。第2回セビリア・ビエンナーレに出展された最新の連作『海賊の旗』は、数百枚の旗に、戦争に巻き込まれたスーダンやレバノンの子供たちや、人類の狂気の犠牲者の苦しむ顔が白黒の水彩で描かれたもので、頭蓋骨と米ドル札の映像がこれに並んでいる。祭典を祝う形で出展されながらも、この作品は私たちの意識と良心に力強く、だが痛みを伴って働きかけるものとなった。アデルの作品を前にしたときと同様に、観る者は皆、言いようのない痛みと落ち着かない気持ちから逃れることはできない。

ミンとアデルは決して似通ったアーティストではないし、人となりも全然違う。それでも、西洋社会の外からの移民として、西洋中心の利害に大きく支配された世界の現実の中で生き延びるという共通の経験を有し、人間の意識を高めようとするアーティスティックでクリエイティブな試みを続けているふたりは、同じ運命を共有している。そしてこれは、ふたりの作品を通じて、誰もが共有し、関わり合うすべを学ぶべき運命なのだ。

敬具 HHR

(初出:『ART iT』No.14(Winter/Spring 2007)

 


 

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