ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ インタビュー(2)

まなざしの平等性を求めて
インタビュー / アンドリュー・マークル
I.


Prologue: Squat/Anti-Squat (2016), film installation with dialogue on back-to-back screens, 17 min each side, installation view in the Dutch Pavilion at the 57th Venice Biennale, 2017. Photo Daria Scagliola. All images: © Wendelien van Oldenborgh, courtesy the artist and Wilfried Lentz Rotterdam.

II.

ART iT ここまでは、多文化主義やアクティビズム、スクウォッティングの歴史に関する考察をうかがってきました。そうした歴史を掘り下げ、それを現代に呼び戻す手段として、映画や映像を選んだのはなぜですか。

WvO 映画や映画言語に最も射程の広い可能性をみているからでしょうか。映画では協働のためにあらゆる機能や手段を必要とするだけでなく、感情や理性、あるいは知覚の作用といった異なる指標の数々を調節する方法も必要とする。映像の制作をはじめたとき、これは独学で身につけられる表現方法ではないかと気づきました。映像作家としての教育を受けていないので、さて、どうやって映像をつくろうか、何を撮影しようかと考えて、とにかく寄せ集めで何かつくってみることにしました。カメラがあり、録音マイクがある。サウンドに興味がある人がいて、イメージに興味がある人がいる。よし、何ができるかいっしょにやってみよう、と。このように、私のアプローチは常に映像制作のための非方法を使うことかもしれません。「Bette & Deise」のときは、物語に引っ張られ、巻き込まれることで、いわゆる映画制作のようなものに近づきましたが……。とはいえ、プロットを考え、脚本を書き、撮影の準備をするというような一般的な方法とは違う道のりでここまでたどり着きました。

ART iT あなたは展覧会で映像作品を分解して見せることが多々ありますね。たとえば、「Apres la reprise, la prise」(2009)では、映像のフッテージをスライド形式に変換したり、スライド画面から外れたところに字幕を投影したりと、映像のあらゆる要素をバラバラに解体して、空間的にもはっきりと区別していました。

WvO もともとスライド形式には強い関心がありました。スライド作品をつくりはじめたのは映像作品よりも古く、私にとって、それは映画言語への入り口でした。映像を分解するというよりも、映像というメディアに対するゆっくりとしたアプローチ、さらには、見ることの心理的過程が興味を抱く要因のひとつでした。スライドの場合、観客は各イメージをより長く見つめ、自分自身の連続性でイメージを満たしていくため、目の前のものやその変化について、映像作品とは異なる理解がもたらされる。それから、あるイメージから別のイメージへと切り替わるとき、たびたびあなたの予想は裏切られる。その予想とは、イメージそのものに対するものではなく、観客としてのあなた自身に対するもの。映像作品を手がけることになるなんて思いもよらなかった頃、そんなことを考えていました。そういうこともあって、観客に発表する段階で、映像作品をその制作過程に分解してみるというアイディアが浮かんでくるのかもしれません。

映像作品をつくるとき、サウンド、テキスト、イメージの各タイムライン、そして、リズムは常に意識しています。それぞれ少しずつ分かれているけど、すべての要素が一体にならなければいけません。それは私が観客をどう位置付けたいかということにも関係していて、厳密ではないけど、どこでイメージがはっきり見えてくるのか、どこでサウンドが聞こえてくるのか、あるいは、観客がどこで座るだろうかといったタイミングに基づくものです。展示空間で観客がどのように存在するか、どれだけくつろぐことができるかについての試行錯誤。私がインスタレーションの構造物を大げさなものにしないのはそういう理由からです。私のインスタレーションは建築への介入というよりも、建築的な「指標」だと言えるのではないでしょうか。

ART iT 舞台の演出のようなものということですか。

WvO ある意味では。ヴェネツィア・ビエンナーレのオランダ館がわかりやすいかもしれません。あのときは大きなパネルを使って、観客を一定の方向に動かしたり、展覧会の各空間の接続や切断の関係性を示す構成をつくりだしたりしました。同時に見ることができるイメージもあれば、同時に見えないイメージもある。もちろん、視界や動線のデザインは、建築そのもの。私はオランダ館のなかに床から天井まで続く階段をつくることで、異なる高さや角度で観客が映像を見ることができるようにしました。また、それは観客がどのように空間を移動し、どのように映画的イメージを認識するのかということに影響を与えていました。


La Javanaise (2012), projected video on two screens with dialogue, 25 min.


Installation view, Stedelijk Museum Bureau, Amsterdam, 2012.

ART iT あなたはほかにも特殊な空間で撮影してきましたね。たとえば、「La Javanaise」(2012)はアムステルダムの熱帯博物館というかなり複雑な文脈を持つ場所で撮影されました。この博物館自体が植民地主義の遺産で、その存在は植民地政策に対する批評的なまなざしを観客にもたらします。つまり、単に存在しているというだけで、そのアーカイブには誰もが元々のイデオロギーの文脈とは関係のないあらゆる目的で活用できるという可能性があります。

WvO 熱帯博物館は、実際の建築というよりもその象徴的、イデオロギー的な機能から選びました。植民地主義の過去だけでなく、その現在をどのように表象しているか。あの博物館には、時代ごとに特有の方法で扱われてきた他者の表象が残されています。たとえば、館内にある1920年代の壁画は、東洋と西洋、原始的なものと産業的なものの調和の言語、当然それは白人中心主義によるものですが、そうした調和の言語で描かれた植民地体制の信念を表している。これは実に驚くべきことです。続いて、1970年代の植民地主義の表象。それは工芸品の展示や異文化への評価を通じて現れています。そして、現代の表象。それはすべてマルチメディアで、観客を魅了する映像が至るところで光を放っています。このように、あの博物館自体が他者をどのようにまなざし、どのように表象するかという思考の歴史を内包していて、そのような思考が幾度も改定されてきたことを何の気なしに見せている。ごちゃごちゃした博物館ですが、まるで編集されたかのように、ある制度の上に別の制度が重ねられたままに残されている。

「La Javanaise」には、モデルのソンジャ・ワンダとアーティストで理論家のシャール・ランドフルーフトが壁画の前に立っている場面があります。「この建物ってなんなの?」と聞くソンジャに、「植民地主義制度、ここではちゃんと説明できない。ひそひそ声で話さないと」とシャールが答える。ふたりは撮影中に「外に休憩に出たい」と何度も口にしました。抑圧的な空間で、その環境全体に対してシャールとソンジャが反感を抱いているのが興味深く感じました。私は映像作家として彼らにその場に留まるように言い聞かせていたので、彼らは私に対しても苛立っていました。彼らはその空間、そして、撮影されるという状況に暗示された権力構造全体を敵視していました。

ART iT 「From Left to Night」で、ディーンがかつて自分を投獄した監視装置とあなたのプロジェクトの撮影を比べて語る場面を連想しました。「やつらが俺を撮影し…… ばらばらの断片から物語をでっち上げて、告発しやがった……で、次はお前が俺を撮影する……そうしてお前の物語をでっち上げる。で、俺はどうなる?可視化だと?」と。映像は可視化につながる効果的な方法である一方で、果たして可視化が無条件に良いことかどうかは明白ではないというジレンマがありますよね。

WvO はい。あの作品ではまさにそのジレンマを感じていたので、ディーンの場面を冒頭に持ってきました。ただ、これと同じ見解を抱えたままでは、より踏み込んだところまで行けないのではないかと感じています。この後に制作した「Squat / Anti-Squat」(2016)と「Cinema Olanda Film」(2017)では、この問題をあまり引き継いでいません。もしかしたら、どちらもオランダで撮影したことが一因かもしれませんし、参加者や参加者同士の生み出す力学によって決まることかもしれません。たとえば、そこでは結果的にみんなオランダ人である公共性を共有していたから、言語の問題はほぼありませんでした。しかし、ディーンのときは明らかな断絶がありました。私は自分が映像作家としてどんな立場をとり得るのかを理解するために、もっと踏み込んでいきたいと確信しています。私もまた没入しているのです。とはいえ、ある立場から別の立場へと移ることは難しい。おそらく、そのための方法のひとつとして、移動が誰にでも可能となるダイナミックなシステムを組み立てるということがあるのではないでしょうか。そのアイディアとは、誰かがただそのまま存在できる空間をつくること、そして、それからそれを交渉していくことです。


Prologue: Squat/Anti-Squat (2016).


Cinema Olanda Film (2017), production still. Photo Daria Scagliola.

ART iT 参加者はどのように選んでいますか。

WvO プロジェクト次第ですね。作品内で掘り下げたいテーマにかなう人がいて、具体的にそういう人を探す場合もありますし、私がすでに知っている人、さらには友人に参加してもらう場合もあります。親密さは私の求めるものの基礎を築く助けになる。どんな場合であれ、私は撮影の前に参加者との理解を築こうと努めています。それはただ動員しているのとは違う。実際、参加者を知ることは制作過程の大部分を占めていて、ときどき途中で抜けてしまう人が出るときもあります。

基本的には主観的な判断を信じていますが、参加者には敬意を払わなければいけません。ごく稀に同じグループから参加してもらうこともあり、「Instruction」(2009)では軍事士官学校の学生に参加してもらいました。会話を見越したものをつくりたいときには、異なる背景、年齢の人々に参加してもらうことが大切です。ただ、「ワークショップ」という言い方は、私の撮影過程を表すのにそぐわない言葉だと言っておかなければなりません。私は撮影のために参加者を集め、その撮影は独特な緊張感のあるかなり特殊な状況になる。ただ集まるだけじゃなくて、撮影のために集まるということ。参加者にはカメラの前で無防備になるよう頼みます。それぞれの作品は、さまざまな仕方でカメラの前に立ったり、演じたりすることの訓練であり、実験でもある。私はインタビューやトークショーのような既存の形式を再利用することに興味がなく、それが映画的なものだとしても、自然発生的な、より即興的な方法を求めています。おそらくそれには限界があるかもしれないけど、まだ利用可能な小さなアクションの数々が残されているのではないでしょうか。ともに歩きながら話すことですら、ともに立ちながら話すことや座りながら話すこととは違うのですから。

ART iT カメラがある場合とカメラがない場合とで違いがあるのかという疑問が湧いてきますね。そのほかの記録方法はありますか。

WvO 私にとって確かなのは、カメラが制作の場における参加者のひとりだということ。もちろんこれは映画の伝統や、カメラは制作の場における触媒であると明言したジャン・ルーシュのような先人たちから来ています。カメラは状況を異なるものに、状況をありのままに変える。だから、カメラを否定したいとはまったく思いません。偶然出くわした状況を撮影しているかのような真似も絶対にしません。私が撮影しているが故に、その状況が存在する。カメラは中心的なもので、記録装置としてのカメラアイというだけでなく、イメージメイキングの伝統、あるいは、カメラの前に美的に存在することの伝統にも関係している。映画の歴史全体が、私たちが好んだり、好意的に受け取ったり、憧れを抱いたりする存在を描いてきました。とりわけ、若い人々と制作するとき、カメラに映りたいという欲望は歴然としています。興味深いことですが、「Apres la reprise」のときに気づいたのは、若い人々がカメラに映っているとき、もうひとつの未来が可能になるというとても強い信念を抱いていることでした。おそらくこれは、仕事に対するほかなる想像的なものの欠如が原因ではないか、と。どこに仕事があるのか、労働の可能性はどこにあるのか、と。今日、この時代、たとえそれが幻想にすぎなくとも、カメラとは潜在的に仕事に結びついた場所なのです。彼らはオーディションや撮影にとてもワクワクしていたし、私自身も気持ちが高まっていました。

ART iT セルフィーや、インスタグラムやスナップチャットのようなウェブサイトが、そのような労働の幻想を支えているのは驚くべきことです。人々はソーシャルメディアに投稿する写真を撮るためにかなり工夫をし、労力を割いています。この悪魔の取引は、実際にセレブリティを生み出し、その一方で、ほとんどの人はセレブリティになることはない。

WvO ええ、実に強力な欲望ですね。カメラの前に立ってもらうように頼むときに働く力学の一部もこの種の欲望で、それは異なる世代間で別々のかたちで現れます。若い人々のあいだでは、よりマスメディアや名声に関係するものとして現れる。これは私が実践のなかで力を入れていることではないけれど、意識はしていますね。


Après la reprise, la prise (2009), slide-installation in architectural setting, image from slide transferred from digital cinema, installation view at Wilfried Lentz Rotterdam, 2009. Photo Bárbara Wagner.

ART iT ドクメンタ14を訪れたとき、普段はアメリカ合衆国やヨーロッパの中心的な文化圏であまり紹介されることのない地域出身のアーティストがたくさん展覧会に招聘されていたことが強く印象に残りました。しかし、逆にその多様性はヨーロッパが世界のパノプティコンであるという考え方も示していました。つまり、ヨーロッパというレンズを通さなければ、ほかの主体はより広い世界に可視化されることはないのだ、と。もしかしたら、たとえひとつしか持っていなくても、カメラそれ自体がパノプティコンだと言えるかもしれません。

WvO まさしく。ディーンの話に戻りますが、彼は常にカメラの前に立つことで、ある意味露出過多な状態にあり、それ故に投獄されてしまうほど過剰に身体を晒している。しかし、彼は社会的には完全に不可視な存在です。だから、私たちはアートやアーティストが何かを可視化できるのかどうか疑問を持つ必要があります。権力の力学を変えるという点において、見えていることや可視化することは、政治的行動と同じではない。それはただ可視性の問題にすぎない。どこから、誰によって、誰のために、どんな象徴の場のために、可視性は登記されるのだろうか。誰がそれに満足しているのだろうか。私たちが取り組んでいるすべてはそれだけなのか。もしそうなら、ほかにすべきことは何なのか。私にはその答えはありませんが、この意識は取り組み甲斐がありますね。

ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ|Wendelien van Oldenborgh
1962年ロッテルダム生まれ。ファン・オルデンボルフは出身地のオランダ、インドネシア、ブラジルなど、さまざまな地域における植民地主義や資本主義、政治的な運動に関連する出来事を掘り下げたマルチメディア・インスタレーションを発表している。異なる背景を持つ被写体との協働を制作過程に積極的に取り入れた映像作品が多い。ロンドンのゴールドスミス・カレッジで学んだのち、ヨーロッパ各地やサンパウロを経て、2010年にロッテルダムに戻り、現在も同地を拠点に制作活動を行なう。2000年代後半より、国際展や世界各地の美術機関での企画展に参加し、2011年には、第54回ヴェネツィア・ビエンナーレ・デンマーク館の企画展『Speech Matters』に「Supposing I love you. And you also love me」(2011)を出品。あいちトリエンナーレ2016では、前年のロンドンのThe Showroomでの個展の際にコミッションワークとして制作した「From Left to Night」を出品した。2017年には第57回ヴェネツィア・ビエンナーレ・オランダ館で個展『Cinema Olanda』を開催。スリナム出身でアメリカ合衆国共産党の創設に関わったオットー・ハイズワウド(Otto Huiswoud)の生涯と、インドネシアの独立を機にオランダに送還された人々が生み出したインド・ロック現象やヘリット・リートフェルト設計のオランダ館の建築を結びつけ、「オランダらしさ」という概念に疑問を投げかける新作「Cinema Olanda Film」などを発表した。
本インタビューは、東京都現代美術館主催の『Après la reprise, la prise』のために来日した際に収録した。同展では、東京藝術大学上野キャンパスのアート&サイエンス・ラボで「Après la reprise, la prise」を発表。そのほか、スクリーニングやトーク、若手アーティストのためのワークショップを実施した。

MOTサテライト 2017秋 むすぶ風景
2017年10月7日(土)-11月12日(日)
会場:清澄白河エリアの各所、東京藝術大学上野キャンパス、アーツ・アンド・サイエンス・ラボ
展覧会URL:http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/mot-satellite-2.html

インタビュー協力:東京都現代美術館

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