ロニ・ホーン

「This is Me, This is You」に寄せて

取材・文:松浦直美

インスタレーションは、作家が約2年に渡って撮影した少女のポートレートから成る。オートフォーカスのカメラで1度に2枚ずつを撮り、姪のアイデンティティの幅を表現することを念頭に構成した。向かい合うふたつの壁に、1枚目と数秒後に撮られた2枚目が計48組、それぞれグリッド状に並ぶ。見るものは被写体の大きな瞳に引き込まれる。ふたつの壁の間に立った鑑賞者の視線はいつしか比べるともなくふたつの壁を往復する。まるで作家が撮影するリズムを、作家の視線を体験するかのように。


This is Me, This is You, 1998-2000
Installation of 96 C-type prints
in paired panels of 48 each
shown at Rat Hole Gallery, Tokyo (2008)

「撮影を進めるに内に、幼少期の姪の言動を思い出し、タイトルにしました。誰かと一緒に写真を見ていると、例えばウサギを指して『これはあなた』、花を指して『これが私』と言う。自分が何者かを探る、また他人との関係を定める非常に面白いやり方でした。ポートレートは意義のある表現形式だと思うので何度も立ち戻っています。『This is Me, This is You』は姪のポートレートではなく、自己を模索する少女のポートレートです。少女が自分を模索していろいろなことを試し、自分を見つめる。1日に何度も服を着替えたり、髪形を変えたり。集団的アイデンティティを扱ったものとしては、道化師のポートレート作品『Cabinet of』があります」

人や物のアイデンティティは実は複合的で、ひとことで言い表せるものではない。何かが明確で一元的なアイデンティティを持っているとき、それは人の興味をなくさせ、排他的になる。逆に多元的で端的に理解できないものは、その不明確さゆえに人を引き付ける。

「理解しきれないものに惹かれます。水に対する興味もそこから来ていると思います。私たちは水を熟知しているようで、実は知らない。水は水でしかないけれど、ほかの物のとの関係性の中に存在し、常に柔軟な変化をします。ガラスも同様です。どっしりとした塊が徹底的に透明だという興味深い逆説を、なぜか受け入れられないので、自分の知らない秘密でもあるかのように何度も確かめるのです」

毎日行うというドローイングは、多岐に渡る制作の基礎となっている。ただ描く行為を意味せず、描いたものまたは写真をカットし、時間をかけて納得のいくコンポジションに再編する工程が重要だと言う。写真インスタレーションにおいても撮影の仕方、写真の選び方、画像の切り取り方、レイアウトの仕方などすべてに、再構成というホーン的ドローイングの要素が深く関わる。

「自分を写真家だとは思いません。私の関心事は写真のみに還元することができないからです。私が写真を扱うとき、常に建築的(彫刻的)要素とドローイングの要素を伴います。建築的要素とは建物の構造によって作品体験を分割したり、倍化したりすることです。場合によっては水の流れを体感できるよう、建物全体に水の作品を展示することもあります」

作家はその建築的要素について別の視点からも説明する。サイトディペンデント――作品は移動可能だが、場所に依拠する。ある作品は向かい合うふたつの壁を、別の作品は少なくともふたつの部屋を必要とする。作品が成立するためのゆるい条件(パラメーター)があるが、サイトスペシフィックのような排他的なものではない。今回の日本での個展に「This is Me, This is You」を選ぶ際にも、この建築的要素が考慮された。

3方を白い壁に、1方を大きなガラスの壁に囲まれたラット・ホール・ギャラリーで、展示できる作品には別の可能性もあった。自然光が入る空間を必要とする、成型ガラスの立体作品だ。側面が磨かれていないため、見るものは真上から見下ろせる位置まで近づいて初めて、ガラスの抜けるような透明性と鏡のような効果を生む不透明性を目にする。作品を見る角度、距離によって、息を呑むようなセンセーショナルな体験の差異が生じることに気付く。光の入り具合によってもガラスは違った表情を見せる。

「すべての作品に共通して重要なのは、最初に見たときと次に見たとき、鑑賞者に何が起こるかです。物事は常に変化しているし、実は自分の思っていた通りでないことが多い。作品内容を作品体験と一致させ、作品体験そのものを作品内容にしたいのです」

個人的に、親密に平面作品と向き合う方法として、本に勝るものはないかもしれない。アーティストブック『This is Me, This is You』は2冊の本の背表紙同士を貼り合わせたような形式をとる。イメージが永遠に循環し続けるような構造になっていて、テキストはない。

「本には、私が惹かれる質がいくつもあります。『This is Me, This is You』の場合は循環のアイディアと、インスタレーションとの類似体験を可能にすることが重要でした。最初のポートレート群の後に数秒後のポートレートを経験する」

「This is Me, This is You」という作品は、ロニ・ホーンの制作における重要な要素の多くを含む――アイデンティティ、ペア、ポートレート、ドローイング、建築(彫刻)性、ブック。

「この作品とともに過ごすほどに、作品への関心が高まります。自分にとっての重要性が増してきているように思います」

 
登録日:2008年9月1日

ロニ・ホーン
1955年、ニューヨーク生まれ。80年代初頭半から多様な表現方法を使い分け、世界各地で作品を発表。現在はニューヨークとアイスランドを拠点に活動する。2008年、5年ぶりとなる日本での展覧会『This is Me, This is You』をラット・ホール・ギャラリーで開催した(東京)。09年2月、テート・モダンで回顧展を開催。同展は09年10月にホイットニー・ミュージアム・オブ・アメリカン・アートに巡回予定。

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