シリン・ネシャット(2006年収録)

チームでの仕事を始めたら、それは即コラボレーションのプロセスなのです


ポートレート:マリーン・マリーノ

故国と亡命国、孤独と癒し、文化とジェンダー、そしてイスラム革命前後それぞれのイランなど、常に二項の相関を追い続けるシリン・ネシャット。最新作『ザリン』で音楽家・坂本龍一を起用した映像作家に、「協働」の意味を尋ねる。

聞き手:オリヴィア・ハンプトン 

坂本龍一との協動

——1979年の革命後のイランに初めて足を踏み入れてから、アーティストとしてのキャリアを歩みはじめたわけですが、以来ずっと、ネシャットさんの作品にはコラボレーションという要素が含まれていますね。

写真シリーズ『アラーの女たち(Women of Allah)』(93-97)を含め、過去の作品すべてにコラボレーションの要素はありました。でも、いちばん協働的なのは映画づくりでしょうね。生来的にチームワークですから。最初に撮ったのは『荒れ狂う(Turbulent)』(98)で、作曲家/音楽家のスーザン・ディヒム、映画の中で男性シンガーの役を演じたショージャ・アザリ、映画作家のガセム・エブラヒミアンら大勢の人たちと仕事をしました。全員がイラン人で、その後もたくさんの映像作品を撮りました。社会的、芸術的、知的な取り組みを行ったんです。

2003年からは新たな仕事相手も出てきています。最近では『男のいない女たち(Women Without Men)』を長編映画化しようと思って、著者のシャハルヌーシュ・パールスィープールやほかの人たちと一緒に作業中です。脚本は私が書いたんですが、彼女はいつでも重要なパートナーでした。音楽は坂本龍一の協力を得ています。イラン人以外の人と仕事をするのも大切だと考えていますから。

――坂本龍一の作品を初めて知ったのはいつですか。

数年前、丁寧な手紙がビデオやCDと一緒に届いたんです。もちろん名前は知っていましたが、仕事の全体像はつかんでいなかった。でも、すぐに音楽に魅せられ、熱心に聴くようになりました。

実は、フィリップ・グラスと映像作品(『パッセージ (Passage)』2001)を編集していたときに音楽を探していて、リュウイチの初期作品を使ったことがあります。最終的に一緒に仕事をするようになったとき、私の頭の中にあった音楽は、ミニマルで、感情を揺さぶられるような、さらに東洋的なところのあるものでした。そして彼は、長編の一部となる短編『ザリン(Zarin)』(05)のための曲を完成させてくれましたが、あれ以上は望むべくもない、すばらしい結果でした。長編全体の楽曲も期待しています。


「ザリン」2005年 制作スチル写真 撮影:ラリー・バーンズ
写真提供:グラッドストーン・ギャラリー(ニューヨーク)

――コラボレーションのプロセスはどのように進んだのですか。

まずリュウイチが、『ザリン』についてイメージしているサウンドのタイプを提案してくれました。 映像は視覚的に温かみがあって叙情的なんですが、もっと電子的な、ほとんど工業的で冷たいものです。彼は基本的に、楽音を用いずにテクスチュアのある音を使うという考えで、すばらしいアイディアだと思いました。あふれんばかりの音楽のために台無しになった作品もあった、と思いはじめていたところでしたから。音素材をいくつか渡してくれたので、映像編集を始めて、それをあてはめてみました。何度かやり取りをして、音を付けたラッシュを見てもらい、さらに追加の素材をもらう。最後に映像を一緒に見て、ふたりで最終 的な決断を下したんです。

――音楽と映像が互いにインスピレーションを与えあったということですね。

その通り。私のやり方はいつもこんな感じです。例えば、『男のいない女たち』の舞台は1953年のイランだったので、リュウイチにその時代のイラン音楽をよく知ってもらうことが大切だと思いました。概念的には、歴史的な音楽は物語性の社会学的な側面を、リュウイチの音楽はザリンの心理学的な内的世界を表象しています。

ネシャット映画の特徴


「ザリン」2005年 制作スチル写真 撮影:ラリー・バーンズ
写真提供:グラッドストーン・ギャラリー(ニューヨーク)

――『ザリン』における坂本龍一の役割は、他の監督、例えばベルナルド・ベルトルッチ、大島渚、ブライアン・デ・パルマらと仕事をしたときと比べるとどう違うと思いますか。

私の作品の視覚的な側面に関心を抱いてくれたんだと思います。良質な物語性と同じくらい、強烈な映像とともに仕事をすることを楽しんでくれたんじゃないかしら。もちろん当初は、彼の水準に自分が見合うかどうかとても心配でした。でも、親しくなるにつれて、リュウイチが謙虚で控えめなことを知って感銘を受けました。私と同じで、以前のものとは異なる、挑戦しがいのあるプロジェクトをやってみたい性分なのでしょう。

――『男のいない女たち』は長編映画化するわけですね。

はい。美術館でしか上映されないようなアート映画ではなくて、本当に普通の人々のための映画です。わかりやすい、一本の筋立てのあるもの。脚本では、女性たちの生活が絡み合い、交錯します。登場する女性は5人いて、最後には奇妙にも、全員が同じ庭で生活するようになるからです。原著の構成にはこだわらないことにしました。また、これとは別に、個別のビデオインスタレーションとして、『ザリン』や『マッハドクト』などを制作しています。いずれも自己完結している作品で、映画の登場人物の性格に基づいてはいるけれど、必ずしも彼らの人生すべてを物語るものではなく、会話に依拠してもいません。


「ザリン」2005年 制作スチル写真 撮影:ラリー・バーンズ
写真提供:グラッドストーン・ギャラリー(ニューヨーク)

――短編映画を撮るにはどれくらいかかるのでしょうか。

短編をまるごと1本つくるには、私の場合1年ほど。でもいまつくっている長編は、脚本だけでほとんど4年を費やしていて、草案は20ほど書いたの! ベルリンとここニューヨークのライターと一緒に仕事を進めているので、ふたつの都市を行ったり来たりしています。脚本にはオリジナル部分がたくさんあって、本そのままというわけではなく、執筆というのも初めてです。これまでは絵コンテで設計していくケースがほとんどで、だから大きな挑戦というわけなんです。仕事の量も、関わってくれる人も非常に多い。

――従来のような映画制作者と比べて、ご自分をどうお考えですか。

この初めての長編映画を制作するのに、ものすごく時間がかかっていることの理由のひとつは、旧来の映画をつくりたくないということ。もうひとつは、私に十分な経験がないことです。あまり自分を過大評価したくありません。アートから映画へ移行するためには、考えなければならないことがたくさんありますね。

第三のものを生み出す


「ザリン」2005年 制作スチル写真 撮影:ラリー・バーンズ
写真提供:グラッドストーン・ギャラリー(ニューヨーク)

――9.11は、仕事や共同制作の相手との関係に影響を与えましたか。

仕事の方向性についていえば、テーマという点で変わりました。イランの人々だけではなく、世界全体に関心を持つように、またイラン人だけでなく、自分たちひとりひとりに関係する暴力の問題を考えるようになりました。事件を機に、この「第三の場所」に居ながら考えるということについて、故国から長いあいだ離れているという事実が自分自身にも影響を与えるということに気づいたのです。まったく純粋なイラン人でもなく、アメリカ人でもなく、どこかその中間。だからこそ、私にとってこういう第三の場 所にいる他の人々と仕事をすることは意味がある。リュウイチも、日本 人ですがニューヨークに住み、ベルトルッチをはじめとして色々な国際的なプロジェクトで仕事をしていますが、自国でも生活しています ね。彼は自分自身の歴史を持っているんです。

――コラボレーションは、坂本龍一の作品でも重要な位置を占めています。異なる文化、信条、表現形態同士の結びつきに関心をお持ちですか。

チームでの仕事を始めたら、それは即コラボレーションのプロセスなのです。アーティストとして、専門家として交渉する術を身につけなくてはやっていけません。私はいまでは、音楽に対して昔とはまったく違った見方をするようになりました。作曲家が違えば、私も違う世界へ誘われます。スーザン・ディヒムは人の歌声に、坂本龍一はサウンドに詳しく、そこには大きな違いがある。すべてが音楽だというのではなく、繊細な音の世界があるのだと、考えをあらためなくてはなりませんでした。互いの資質、背景にある文化、個性を讃えることが重要です。そして、互いの共通点を少しだけ含む第三の総体を生み出すのです。

――それがあなたの言う「第三の場所」ですか。

そうです。そして最終的には、非常にチャレンジングなこととなりますが、私だけではなく、坂本龍一や他の傑出した才能を持つメンバーの、生活や背景にある文化を反映した作品を生み出したいと願っています。難しいのは、言うまでもなく、どのように完全なバランスを見いだすか。もちろん、例えばイランに固有な歴史的・政治的特性の中で、イラン的なアイデンティティを備えた映画をつくるのも難しいけれど、やはり私は、ユニークな日米のバックグラウンドを持つ坂本龍一に、彼ならではのテイストと文化、そして経験を映画にもたらしてもらいたいんです。

シリン・ネシャット

1957年イランのカズビン生まれ。ニューヨーク在住。写真シリーズ『アラーの女たち』でイスラム教における殉教を扱い、分割スクリーン方式のビデオインスタレーションによる三部作『荒れ狂う』(99年のヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞受賞)、『歓喜(Rapture)』(99)、『熱情(Fervor)』(2000)では、イスラム社会におけるジェンダーのダイナミズムに焦点を当てた。0 3 年の『最後の言葉(The Last Word )』以降、映像作品は従来型のストーリー性のあるものへと移行している。

オリヴィア・ハンプトン
ジャーナリスト。パリ生まれ。AFP通信(フランス通信社)のワシントンD. C.支局で、アメリカ全土の政治ニュースほかを担当する。同時にアジア、欧米、中東の政治やアートに関して、各出版物への寄稿を行う。ペンタゴンや米大統領選の話題を日本のNHKに提供するなど、アメリカと世界各地を取材している。

初出:『ART iT 第12号』(2006年7月発売)
http://www.art-it.jp/backnumber_detail.php?id=39

ART iTニュ−ス:シリン・ネシャット ヴェネツィア銀獅子賞受賞

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