三島喜美代―未来への記憶 @ 練馬区立美術館


展示風景「三島喜美代―未来への記憶」練馬区立美術館、東京、2024年

 

練馬区立美術館では7月7日(日)まで、70年にわたる制作活動を展開してきた三島喜美代の東京の美術館における初個展「三島喜美代―未来への記憶」が開催されている。

三島喜美代(1932年大阪生まれ)は、一般的にはゴミとして見過ごされるものを使ったコラージュ作品や、新聞やチラシの情報に陶の質量を与えた立体作品などを発表してきた。一見すると遊び心やユーモアにあふれた作品は、過剰な情報化社会の中に埋没する危機感や恐怖感が表現され、また大量消費社会に向けて批判的なまなざしを投げかけるものとなっている。

 


展示風景「三島喜美代―未来への記憶」練馬区立美術館、東京、2024年

 

本展では、陶によって再現された新聞や空き缶などのオブジェの数々、それらの作品のベースとなった初期平面作品のほか、展示室の一室をすべて使った大型インスタレーション《20世紀の記憶》、近作を加えた4章で構成。日本国内はもとより海外からも近年急激に評価が高まっている三島の活動の全貌をたどる。

 


三島喜美代《マスカット》1951年 個人蔵

 

第1章では、1950年代から1970年頃に制作された初期作品を紹介。三島は絵画を出発点に現代美術家としての活動をはじめた。19歳のときに描いた油彩画《マスカット》(1951)は、模写とは異なる描き方を試みはじめた頃の一作で、モチーフを多角的に捉え画面上で再構成しており、技法を摸索する姿勢が垣間見える。同時期に日本を席捲していたアンフォルメル風の抽象絵画の影響を受けながらも、60年代に入ると新聞や雑誌、ポスターなどの印刷物をコラージュし油彩と組み合わせた作品を発表。日常に根ざした印刷物を大胆にちぎり組み合わせた《Work 60-B》(1960)や、レースが終わりゴミとなった馬券と出走表を貼り合わせ、それぞれの形状を生かし幾何学模様となるよう配置した《メモリーⅢ》(1971)など、情報化社会の中で消費された印刷物や用を終え身近にあったものを用いた物質感のある平面作品を制作した。

 


三島喜美代《ヴィーナスの変貌V》1967年 個人蔵


展示風景「三島喜美代―未来への記憶」練馬区立美術館、東京、2024年

 

60年代半ばからは、シルクスクリーンによる転写を取り入れ、描画を加えた作品を発表。同じモチーフが画面上で繰り返される《ヴィーナスの変貌V》(1967)などからは、同時期に隆盛したポップ・アートの影響が感じられる。キャンベル・スープの缶やマリリン・モンローの肖像などのモチーフを繰り返し配置したアンディ・ウォーホルや、印刷物であるコミックスを拡大したかのような画面を構築するロイ・リキテンスタインなど、大量生産・大量流通し消費されるモチーフを多用したポップ・アートは三島の関心と重なる部分があったのだろう。

 


展示風景「三島喜美代―未来への記憶」練馬区立美術館、東京、2024年

 

第2章は「割れる印刷物」と題し、新聞や雑誌などの印刷物を陶を使って立体化した1970年以降に制作された作品を中心に展示。自身の絵画に迫力や緊張感が足りないと感じていたという三島は、新聞紙を固く重い陶で成形し立体化することで緊張感や現実感を醸し出せるのではと考え表現媒体を一転、シルクスクリーンで印刷物を陶に転写して焼成する「割れる印刷物」を生み出した。硬く安定しているように見えながらも割れやすく脆い陶と日々発行され消費される印刷物のモチーフを組み合わせることで、情報化社会の弱さを暗示できることに気づいた三島は独自の表現方法を確立、現在に至るまで用いる制作手法となった。

 


三島喜美代《FOCUS 91》1991年 個人蔵


展示風景「三島喜美代―未来への記憶」練馬区立美術館、東京、2024年

 

三島は印刷された情報を陶に写し替える自らの行為を「情報の化石化」と呼び、異化作用を通して情報洪水の危機や不安を顕在化させた。初期の新聞作品は実物大に近く、紙の薄さや質感はそのままに陶器で表現することにより、緊張感と脆弱さを表現。また新聞にとどまらず、チラシ、コミック、段ボール、フィルム、紙袋、封筒などなんらかの情報が記載、もしくは内在する身の回りのさまざまな日用品を対象に制作。ペーパーバッグの連作や、個展会場のコンクリート柱の基底部を模した《Column-2》(1984-85)など、モチーフの大小や素材を問わず再現した作品は一見すると遊び心に溢れているが、近づいてみると元の質感から離れた異質さが際立ち、場に緊張感を生み出していた。

 


展示風景「三島喜美代―未来への記憶」練馬区立美術館、東京、2024年

 

第3章「ゴミと向き合う」では、当初は情報に埋没する不安感や危機感を表現していた三島が、次第にゴミやそれを取り巻く環境問題へと意識を傾けていった作品を展観。鉄製のゴミ箱に缶類と段ボール紙片がカゴいっぱいに放り込まれている様子を再現した《Work 17-C》(2017)は、陶で作られたカラフルな空き缶や段ボール紙片のひとつひとつに実際に存在する飲料メーカーのブランドが丁寧に転写、彩色されている。同年に制作された《Work 17-POT》(2017)は、ポットを購入もしくは破棄する際の梱包紙としての役目を果たす古紙の行方を捉えている。両作品とも直接的にゴミを題材にしていることには変わりないが、一方は量産後すぐに消費され安易に捨てられるゴミ、一方は再利用されるゴミと、モチーフの選び取り方からその性格の違いにも三島が眼差しを向けていたことがわかる。

 


三島喜美代《Work 17-C》2017年 ポーラ美術館


三島喜美代《Work 17-POT》2017年 個人蔵

 

ゴミを高温で溶解し固化させた溶融スラグで作られた巨大なコミックブック《Comic Book 03-1》(2003)や、以前から収拾し取り溜めておいたブリキ缶、鉄くず、廃車のパーツなどの廃材を取り込んだ近作《Work 22-P》(2022)は、環境問題に向き合い素材が選択されている。なお両作品は素材以上に実物とかけ離れた巨大さが特徴的で、質感と大きさの両方から視覚的な揺さぶりをかけてくる。1980年代以降に見られるようになった巨大でモニュメンタルな作品は、日用品を巨大化させたパブリックアートで知られるクレス・オルデンバーグを思わせ、ここにも初期のシルクスクリーン作品に見られたようなポップ・アートからの影響を感じ取ることができる。

 


三島喜美代《Comic Book 03-3》2003年 個人蔵、《Comic Book 03-1》2003年 ポーラ美術館、《Comic Book 03-2》2003年 ポーラ美術館


三島喜美代《Work 22-P》2022年 個人蔵

 

第4章では、作品の巨大化が進み大型のインスタレーションへと発展した三島の代表作《20世紀の記憶》(1984-2013)を展示。本作は通常ART FACTORY城南島で常設展示されているが、今回初めて同地を離れ、展示室一室を使いフルスケールで展開されている。約200平方メートルある展示室の床一面には、使い古された不揃いの耐火レンガ・ブロック1万600個が隙間なく並べ重なっている。照明が薄暗く設定されレンガの上に人が立ち入ることができないよう結界が張られた展示室は、終末世界のような無人の光景として眼前に広がる。各レンガの表面には三島が20世紀の100年間から抜き出した新聞記事が転写されており、自然災害、流行病、核開発とそれに伴う地域汚染や放射能被害、戦争と軍事基地、月面着陸に代表される各国の領土開発など、現代にまで続く政治的な問題や不穏さを残す事件や出来事の記事が数多く選ばれている。

 


三島喜美代《20世紀の記憶》1984-2013年 個人蔵

 

《20世紀の記憶》は、20世紀の記憶の断片を視覚化させ、過去の過ちを風化させ繰り返させないという歴史への反省と、電子メディアが今ほどには普及しておらず膨大なゴミを物理的に生み出した時代への反省が表象されている。レンガとして物体化されているのは過去の遺物としてではなく、21世紀の現在も未だ手に負えない問題が廃墟のように取り残されていることを可視化している。ゴミを生活に根ざしたものから社会の現実の反映ととらえ長い時間をかけて追い求めてきたひとつの到達点として、三島が生きた時代を象徴する作品が展覧会の最後を締めくくっている。

 


三島喜美代《20世紀の記憶》1984-2013年 個人蔵

 

三島喜美代―未来への記憶
2024年5月19日(日)-7月7日(日)
練馬区立美術館
https://www.neribun.or.jp/
アーティスト:三島喜美代
展覧会URL:https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=202401281706414617
アートイット掲載記事URL:https://www.art-it.asia/top/admin_ed_pics/247206/

追記
三島喜美代さんが2024年6月19日に91歳でご逝去されました。心より哀悼の意を表します。

(文 / 吉田杏)

Copyrighted Image