第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ


シモーネ・リー《Brick House》2019年

 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響による約1年の延期期間を経て、2022年4月23日より第59回ヴェネツィア・ビエンナーレが開幕を迎える。同ビエンナーレ史上初の本国出身女性のアーティスティックディレクターを務めるチェチリア・アレマーニが掲げる総合テーマ「The Milk of Dreams(夢のミルク)」を冠する企画展や、世界各国のナショナル・パビリオンの展示が一堂に会するほか、同時期開催の数々の展覧会がヴェネツィア市内に展開する。

ジャルディーニ(セントラル・パビリオン)とアルセナーレを舞台とする企画展「The Milk of Dreams」には、58の国と地域から、213名のアーティストが参加する。参加アーティストのおよそ9割を女性アーティストが占め、物故作家も90名以上におよび、180名が初めての参加となった本展では、新たな表現はもちろん、美術史において見過ごされたり過小評価されてきた表現が新たな位置を獲得することで、美術自体の持つ可能性を拡張するものになると期待されている。チェチリア・アレマーニは、シュルレアリスム運動に携わり、文学、絵画、彫刻など多彩な表現で知られたレオノーラ・キャリントン(1917-2011)が「生命が想像力のプリズムを通して絶えず心に描かれる魔術的世界、誰もが姿を変えて、何か別のものになりうる世界」を表した「The Milk of Dreams」という言葉を引用することで、この困難な時代に、さまざまな身体の変容や「人間とは何か」を問い直す想像の旅へと鑑賞者を誘う展覧会を目指す。複数の展覧会内展覧会を含む展覧会構成を通じて、展覧会を準備する上でアーティストと交わした対話から生まれた「身体と変態(メタモルフォーゼ)の表象」「個人とテクノロジーの関係」「身体と地球の繋がり」といったテーマを探究していく。(ステートメント全文

 


レオノーラ・キャリントン《Leche del sueño》2016年、《Pagine da Leche del sueño》2016年


左:カタリーナ・フリッチュ《Elephant》1987年 右:セシリア・ビクーニャ《Leoparda de Ojitos》1977年


デルシー・モレロス《Earthly Paradise》2022年

 

ナショナル・パビリオン部門では、ロシアのウクライナ侵攻に対する抗議でキュレーターやアーティストが辞任したロシア館が参加中止となったが、ウガンダ、オマーン、カメルーン、ナミビア、ネパールの5ヶ国が初参加、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギスが自前のパビリオンでの初参加するなど、79の国がヴェネツィア市内で展覧会を開催する(※カザフスタンは作品輸送の遅延。ナミビアは運営の混乱に続くスポンサーの離脱の懸念により開館が危ぶまれている)。

ジャルディーニに並ぶナショナル・パビリオンでは、近年連続して女性アーティストの個展を企画してきたイギリス館が、Brexit後初のビエンナーレでソニア・ボイスの個展を開催。制作者だけでなく教育者としても同国の現代美術に重要な影響を与えてきたボイスが、その業績につきまとう「同国史上、黒人女性初」というフレーズとともに展覧会を実現した。ボイスと同じく「同国史上、黒人女性初」の個展開催となったのがアメリカ合衆国館のシモーヌ・リー。アフリカン・アートを連想させる素材やかたちを取り入れた彫刻をはじめとするさまざまな実践を通じて、長きにわたり黒人女性の主体性を探究してきたリーは、企画展にも巨大な彫刻作品《Brick House》を出品している。また、アルジェリア戦争停戦から60年を迎えたフランス館では、アルジェリア系フランス人のジネブ・セディラの個展、ドイツ館ではドクメンタ14でもナチスと美術作品の関係を掘り下げる展示が話題となったマリア・アイヒホルンの個展など、国際的な注目が集まる機会に、実力ある女性アーティストの個展が揃った。そのほか、ベルギー館がフランシス・アリス、カナダ館がスタン・ダグラスの個展を開催し、北欧館は「サーミ館」として、パウリーナ・フェオドロフ、マレット・アンネ・サラ、アンダース・スンナの作品を紹介している。これまでのコンペティション形式ではなく選考委員会が直接作家を選考する方法を初めて採用した日本館はダムタイプの個展を開催する。

 


フランス館「Les rêves n’ont pas de titre / Dreams have no titles」(ジネブ・セディラ)


左:イギリス館「Feeling Her Way」(ソニア・ボイス)
右:ブラジル舘「com o coração saindo pela boca / with the heart coming out of the mouth」(ジョナタス・ジ・アンドラーデ)

 

また、その立地環境からも多くの人々が足を運ぶジャルディーニの優位性を問い直す試みとして、オランダは自国のパビリオンをエストニアに譲り、ミセリコルディア教会を会場にメラニー・ボナヨの個展を開催する。一方のエストニアは、オランダが東南アジア島嶼部を植民地化していた時代に同地域の植物の絵を大量に残したエミリー・ロザリー・サール(1871-1954)を起点に、クリスティナ・ノルマンとビタ・ラーザーヴィが新作制作に取り組んだ。ジャルディーニ以外では、ニュージーランド(アオテアロア)館にて国際芸術祭 あいち2022への参加も決定しているユキ・キハラが、サモア出身で太平洋島嶼にルーツを持つアーティストとして同館初の個展を開催する。キハラは、ポリネシア地域におけるポストコロニアルの歴史の複雑性を探求したり、サモアで「ファアファフィネ(fa’afafine)」と呼ばれる第3のジェンダーの視点から西洋による誤認識に疑問を呈したりする制作活動に取り組んでいる。

なお、今回のヴェネツィア・ビエンナーレでも昨年の国際映画祭に続き、素材・資材の選択や再利用、再生可能エネルギーの使用、持続可能性に基づいた採用基準の導入、各国ナショナル・パビリオンに対する環境持続可能性に関するガイドラインの作成、環境に対する意識の向上の周知など、2021年に定めた「カーボンニュートラル」の実現への取り組みを実施している。

そのほか、ヴェネツィア市内では関連企画として、ペギー・グッゲンハイム・コレクションでは、『Surrealism and Magic』展、パラッツォ・グラッシではマルレーネ・デュマスの個展『open-end』を開催。クェリーニ・スタンパーリア財団では、ヤン・ヴォーが同財団のキュレーター、キアラ・ベルトラとともに共同キュレーションを手がけた、ヤン・ヴォー、イサム・ノグチ、そして、韓国単色画を代表するアーティスト、パク・ソボの作品で構成した展覧会を開催する。また、キーウに拠点を置くピンチューク・アートセンターは例年のフューチャージェネレーション・アートプライズに代わり、ウクライナ出身のアーティストを中心とした展覧会をスクオーラ・ヴェッキア・デッラ・ミゼリコルディアで開催する。

 

第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ
「The Milk of Dreams」

2022年4月23日(土)- 11月27日(日)
https://www.labiennale.org/
アーティスティックディレクター:チェチリア・アレマーニ

 


ニュージーランド(アオテアロア)館「Paradise Camp」(ユキ・キハラ)


レオノーラ・キャリントン、『Surrealism and Magic』ペギー・グッゲンハイム・コレクション


ヤン・ヴォー、パク・ソボ、イサム・ノグチ、クェリーニ・スタンパーリア財団

 

 


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第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ各賞発表(2020年4月28日)
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第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ:ナショナルパビリオン(2020年4月21日)

フォトレポート
第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ「The Milk of Dreams」(アルセナーレ)(2022年4月30日)
第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ「The Milk of Dreams」(ジャルディーニ)(2022年5月1日)
第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ:ナショナル・パビリオン 01(ベルギー、フィンランド)(2022年5月3日)
第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ:ナショナル・パビリオン 02(デンマーク、北欧、アメリカ合衆国)(2022年5月4日)
第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ:ナショナル・パビリオン 03(スイス、日本、韓国、ロシア)(2022年5月5日)
第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ:ナショナル・パビリオン 04(カナダ、ドイツ)(2022年5月6日)
第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ:ナショナル・パビリオン 05(フランス、イギリス)(2022年5月7日)
第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ:ナショナル・パビリオン 06(オーストラリア、ブラジル、ウルグアイ)(2022年5月8日)
第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ:ナショナル・パビリオン 07(オーストリア、ポーランド、ルーマニア、セルビア)(2022年5月9日)
第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ:ナショナル・パビリオン 08(エストニア、オランダ、ニュージーランド)(2022年5月10日)

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第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館(2020年3月12日)
第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ、アーティスティックディレクター発表(2020年1月25日)

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