Tokyo Contemporary Art Award 2021-2023


志賀理江子《人間の春・昨日と変わらない今日、今日と変わらない明日》2019年、Cタイププリント『ヒューマン・スプリング』(東京都写真美術館、2019)

 

2021年1月18日、東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館 トーキョーアーツアンドスペースは、Tokyo Contemporary Art Award (TCAA)2021-2023の受賞者に、志賀理江子と竹内公太を選出したと発表した。

TCAAは、2018年に東京都とトーキョーアーツアンドスペースが中堅アーティストの海外展開を含む更なる飛躍の促進を目的に設立した。キャリアの形成において比較的支援の薄い状況を鑑みて、最適な時期に最善の支援内容を提供する必要性を重視し、受賞者には賞金300万円のほか、海外での制作活動支援、東京都現代美術館での展覧会の機会、日英表記のモノグラフの作成など、2年間にわたる継続的な支援が提供される。初年度は風間サチコと下道基行、昨年度は藤井光と山城知佳子が受賞。今年3月には、『Tokyo Contemporary Art Award 2019-2021 受賞記念展』として、風間と下道の初期作品から最新作までを東京都現代美術館で紹介する。

 


志賀理江子《螺旋海岸 31》2010年、Cタイププリント『螺旋海岸』(せんだいメディアテーク 6F、2012-2013)

 

志賀理江子(1980年愛知県生まれ)は、「安全・清潔・便利な住環境に育った私とカメラ機器の親和性は、その暴力性において極めて高かった」と捉え、写真の時空が「死」よりも深い救いと興奮を自らに与えたと言う。2008年から宮城県に移り住み、その地に暮らす人々と出会いながら、人間社会と自然の関わり、死の想像力から生を思考すること、何代にも溯る記憶などを題材に制作を続けてきた。2011年の東日本大震災での沿岸部における社会機能喪失や、厳格な自然法則という体験は、その後の戦後日本を思い起こさせる圧倒的な「復興」という経験に結びつき、近年は、人間精神の根源をさまざまな制作によって追究している。その作品は、過去と未来が断ち切られた「永遠の現在」と呼ばれる時空間を、写真のメディア性に置き換え可視化することを意識し、鑑賞者が己の身体と意識をイメージという鏡に写し見るような写真空間を生み出している。志賀は2012年に宮城県名取市の北釜地区と関わった4年間の取り組みを包括した個展『螺旋海岸』をせんだいメディアテークで開催。2017年の丸亀市猪熊弦一郎現代美術館での個展では、バンコクで2009年に撮影した「ブラインドデート」を中心に、約20台のスライドプロジェクターを用いたインスタレーションを発表。2019年には「人間と春」というテーマに向き合い、構想から4年の歳月をかけた個展を東京都写真美術館で実現している。そのほか、『ニューフォトグラフィ2015』(ニューヨーク近代美術館)、『ビルディング・ロマンス−現代譚を紡ぐ』(豊田市美術館、2018)などで作品を発表している。

今回の選考にあたり、制作や現実に対して思慮深く、真摯に向き合う態度と、写真というメディアの性質と人間の精神性との等価性の探求や、写真と身体のあり方を横断する視点といった独自性が評価された。また、東日本大震災からの「復興」を通して近代社会がいかに人々の精神を抑圧してきたかを考える志賀の制作と思考には、人間の本性、中心と周縁、死と喪、規制と自由、自然との調和など、私たちの社会を考える重要な要素が凝縮されており、本アワードがその姿勢を支援することに大きな意義があると判断された。

 


竹内公太《盲目の爆弾、コウモリの方法》2019-2020年、映像、32分

 

竹内公太(1982年兵庫県生まれ)は、パラレルな身体と憑依をテーマに、時間的・空間的隔たりの越境を試みる作品制作を展開、メディアと人間との関係を探りながら、作者自身と鑑賞者の疑似的な共有経験を提供してきた。その時間的な隔たりの越境には、第二次世界大戦中に使用された風船爆弾の行方を追う空撮(《盲目の爆弾、コウモリの方法》2019-2020)、郷土史家が撮影した石碑写真の再現(《石碑を二度撮る》2017)、19世紀建造の映画館の解体映像(《三凾座の解体》2013)、空間的な隔たりの越境には、2011年に日本で起きた原発事故に伴う立入制限区域で警備員が制作したフォント(《エビデンス》2020)、避難者の自宅に残された服を着る写真(《タイムトラベラーズ》2015-)などが挙げられる。また、2011年東京電力福島第一原発のライブカメラを指差した人物「指差し作業員」の代理人として、作品の編集、展示を代行している。SNOW Contemporaryで個展を重ねるほか、福島の森美術館(2013)、ロンドンのArts Catalyst(2016)での個展、『Don’t Follow the Wind』(東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う帰還困難区域某所、福島、2015-)、第6回アジア・アート・ビエンナーレ(国立台湾美術館、台中、2017)などで作品を発表。指差し作業員の代理人として、『GLOBALE:GLOBAL CONTROL AND CENSORSHIP』(ZKM、カールスルーエ、2015)、『Japanorama. A new vision on art since 1970』(ポンピドゥー・センター・メッス、2017)、『百年の編み手たち -流動する日本の近現代美術-』(東京都現代美術館、2019)などに参加している。

今回の選考にあたり、近年の日本の社会的な事象に応答しつつ、記憶を語り継ぐための方法、マテリアルが有するメディアとしての特質、それらに対する人々の受動性への関心を一貫して扱っており、個人的記憶および集団的な記憶の形成や、それが引き起こす感情的な影響を探求する制作態度が高く評価された。また、遠隔攻撃の盲目性をも見据えた、遠隔技術の倫理性を問う新作案は、デジタルメディアを通して与えられる情報に対する私たちの依存度が高まる現在において、日本固有の文脈を越えて、より多くの人々に共有される可能性を強く感じさせるものになるという期待が寄せられた。

 


竹内公太《文書1: 王冠と身体》2020年、インスタレーション、紙にレーザープリント

 

TCAAの選考プロセスは、国内外の有識者からなる選考委員が公募者を含む候補アーティストの推薦、議論を通じて最終候補を決定し、次に、最終候補となったアーティストの事前調査、スタジオ訪問などを実施し、アーティストの思考や作品表現、キャリアステージへの理解を深めた上での最終審査を経て、受賞者2名を決定する。TCAA 2021-2023の選考委員は、ソフィア・ヘルナンデス・チョン・クイ(クンストインスティテュート・メリー ディレクター*)、住友文彦(アーツ前橋館長/東京藝術大学大学院准教授)、高橋瑞木(CHAT(Centre for Heritage, Arts and Textile)エグゼクティブディレクター兼チーフキュレーター)、キャロル・インハ・ルー(北京インサイドアウト美術館ディレクター)、鷲田めるろ(十和田市現代美術館館長)、近藤由紀(トーキョーアーツアンドスペース プログラムディレクター)が務めた。最終選考は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で移動が制限されるなど、例年以上に難しいものとなり、選考委員の大半は実際にアーティストのスタジオを訪れることができず、オンライン上でのスタジオ訪問やプレゼンテーションが中心となった。当初からこの賞に関わってきた選考委員と新たな選考委員とが混在するなかで、改めて賞の位置付けやこれまでの経緯が反省、検討を踏まえながらも、選考会ではアーティストひとりひとりについて丁寧な議論を重ね、最終決定を下す形となった。なお、TCAA 2021-2023の授賞式およびシンポジウムは3月に開催を予定している。
※旧称ヴィッテ・デ・ヴィット現代美術センターは2021年1月27日より新呼称となる。

 

Tokyo Contemporary Art Award
https://www.tokyocontemporaryartaward.jp/

 

Tokyo Contemporary Art Award 2019-2021 受賞記念展
2021年3月20日(土・祝)- 6月20日(日)
東京都現代美術館 企画展示室1F
https://www.mot-art-museum.jp/
展覧会URL:https://www.tokyocontemporaryartaward.jp/exhibition/exhibition_2019_2021.html
主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館 トーキョーアーツアンドスペース

 

 


 

歴代受賞者
2019-2021|風間サチコ、下道基行
2020-2022|藤井光、山城知佳子

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