第36回写真の町東川賞


長島有里枝《Still life #4 (about home)》2015年

 

2020年5月1日、30年以上にわたる写真文化に関する継続的な活動で「写真の町」として知られる北海道上川郡東川町が、第35回写真の町東川賞各賞の受賞者を発表した。本年度は、国内作家賞を長島有里枝、新人作家賞を上原沙也加、特別作家賞を髙橋健太郎、飛彈野数右衛門賞を鬼海弘雄、ロシアが対象国となった海外作家賞をグレゴリー・マイオフィスがそれぞれ受賞した。毎夏に開催されている、受賞作家作品展を含む東川町国際写真フェスティバルは、規模の縮小なども検討されているものの、現状は8月1日の開催を予定している。

国内作家賞は審査の最終段階で票が割れ、議論と投票が繰り返された末に、長島有里枝(1973年東京都生まれ)が受賞。長島は1990年代に家族とヌードで撮影したセルフ・ポートレイト、同時代のユースカルチャーを内側から記録した写真群により注目を集め、2001年には写真集『Pastime Paradise』(マドラ出版、2000)で木村伊兵衛写真賞を受賞している。この度の審査において、近年連続で開催した東京都写真美術館での個展『そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。』、『作家で、母で、つくる育てる 長島有里枝』(ちひろ美術館)、『知らない言葉の花の名前 記憶にない風景 わたしの指には読めない本』(横浜市民ギャラリーあざみ野)ほか、一連の作品を通じて示した、従来の社会、表現、家族や、その関係性などを問う姿勢と創造性が高く評価された。また、長島は90年代における自身を含む女性の写真家を「女の子写真」と称して取り上げた潮流に対する批判的検討と、その潮流を世界的なフェミニズムやアートの潮流に通じるガーリーフォトとしての再評価を試みた『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)を2020年に出版している。

 


上原沙也加「The Others」シリーズより、沖縄、2016-2019年


髙橋健太郎《1943年2月11日に菱谷さんが描いた『赤い帽子の自画像》、旭川市、北海道、2017年

 

新人作家賞は、上原沙也加(1993年沖縄県生まれ)が受賞。一般社団法人フォトネシア沖縄が主催するプロジェクト「沖縄写真タイフーン〈北から南から〉」の一環として、東京(キヤノンオープンギャラリー1)と沖縄(INTERFACE – Shomei Tomatsu Lab.)の二会場で開かれた自身初個展『The Others』で発表した「一見きわめてオーソドックスだが、これまでの沖縄の写真へのリスペクトとアップデートを孕んだ、日常的な風景のスナップショット」が高く評価された。上原は2016年に東京造形大学の卒業制作として、消費の対象として作り上げられた「沖縄」の記号的解釈による既存のイメージではなく、誰かの生活の延長線上にある地続きの場としての沖縄の日常の風景を捉えようとした卒業制作「白い季節」を発表。卒業後、沖縄に戻り、『The Others』では、2016年から2019年4月頃まで約3年間にわたり撮影された、身近な風景の中で出会う、ふと誰かの時間に触れるような瞬間や、ごく小さな生活の場所にも横たわる島の歴史や問題の層を見つめる一連の写真を発表した。

特別作家賞は、1941年に北海道の旭川師範学校美術部の教師や教え子らが弾圧された「生活図画教育事件」で投獄された当事者、松本五郎と菱谷良一を取材した写真による展覧会『赤い帽子』(ニコンサロン、銀座、大阪)を開催した髙橋健太郎(1989年神奈川県生まれ)が受賞した。2012年に青山学院大学社会情報学部を卒業し、当時日本に滞在していたスイスの写真家、アンドレアス・サイバートに写真を学ぶ。複数のプロジェクトを経て、髙橋は2017年から北海道比布町に暮らす祖父母の元に通い、その日常を写した「Tomatoes, a bird, Takeko and Koichi」プロジェクトをはじめる。また、同年より、松本と菱谷のところへ通いはじめ、1932-40年に北海道旭川を中心に行われた、身の回りの生活をよく観察し絵に描くことを通じて、その変革をめざす美術教育「生活図画教育」の下、美術部員として生活の一場面を真摯に描いた絵により、治安維持法違反の罪に問われ検挙された「生活図画教育事件」を取材した。同作は2020年6月に写真集『A Red Hat』として赤々舎から出版予定。

飛彈野数右衛門賞は、1973年から半世紀近くにわたり、東京・浅草の浅草寺で市井の人々の肖像写真を撮影し、写真集『PERSONA』(草思社、2003)などで高い評価を得てきた鬼海弘雄(1945年山形県生まれ)が受賞した。長年にわたり地域の人・自然・文化などを撮り続け、地域に対する貢献が認められる者を対象とした同賞に相応しく、鬼海は代名詞ともいえる肖像写真のみならず、東京を丹念に歩き、人々の営為が浮かびあがるような風景写真を「空間のポートレイト」として撮影し、写真集『東京夢譚ーlabyrinthos』(草思社、2007)などを発表している。

 


鬼海弘雄《銀ヤンマに似た娘》2011年


グレゴリー・マイオフィス《Taste for Russian Ballet》2008年

 

ロシアを対象国とした今回の海外作家賞は、写真評論家の楠本亜紀の入念な調査に基づいた説明を踏まえた上で審査した結果、グレゴリー・マイオフィスが受賞。受賞対象となったのは、投票する猿や、レーニンの書を読む熊などを題材とした、社会的・政治状況などを風刺的に表現する「Proverbs」や、登場人物がヘッドセットを身に付け、現実を直視できない現代社会を生きる人間をユーモアを交えつつも痛烈に批判した最新シリーズ「Mixed Reality」及び一連の作品。審査を通じて、「フィクションと現実の間を、アイロニカルかつウィットに富んだまなざしで捉える表現が一貫している」と評価された。前述した「Proverbs」を含む複数のシリーズをまとめた同名写真集が2014年にNazraeli Pressから出版されている。

北海道・東川町は、1985年6月1日に「写真の町」を宣言し、毎夏開催の東川町国際写真フェスティバル(愛称:東川町フォトフェスタ)をはじめ、多種多様なプログラムを通じて、写真文化を発信、体験する場を形成、30周年となった2014年には、写真文化への更なる貢献を決意し、「写真文化首都」を宣言している。なお、今年は国内作家賞57名、新人作家賞66名、特別作家賞28名、飛彈野数右衛門賞28名、海外作家賞26名の計181名がノミネートされ、安珠(写真家)、上野修(写真評論家)、北野謙(写真家)、倉石信乃(詩人、写真批評)、柴崎友香(小説家)、丹羽晴美(学芸員、写真論)、原耕一(デザイナー)、光田由里(美術評論家)が審査委員を務めた(内1名は2月13日の審査会は欠席)。

 

第36回写真の町東川賞フェスティバル 受賞作家作品展
2020年8月1日(土)- 9月2日(水)
http://photo-town.jp/
会場:東川町文化ギャラリー
開場時間:10:00-17:00 (8/1:15:00-21:00|9/2:10:00-15:00)
会期中無休
※新型コロナウイルス感染症感染拡大防止のため、事業が変更・中止・延期となる可能性もあり

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