
2019年11月6日、ロックバンド・アート・ミュージアム[上海外灘美術館]とヒューゴ・ボス中国は、ヒューゴ・ボス・アジア・アート賞を、マニラを拠点に国際的な活動を展開するコレオグラファー、ダンサー、アーティストのアイサ・ホクソンに授賞した。グランプリを受賞したホクソンには賞金30万元(約470万円)が与えられる。4度目の開催となった同賞の最終候補には、ホクソンのほか、中国山西省出身のハオ・ジンバン[郝敬班]、台北出身のシュウ・ツェユー[許哲瑜]、ホーチミンシティ出身のタオ・グェン・ファンが選ばれ、現在、最終候補4名の作品を紹介する『ヒューゴ・ボス・アジア・アート2019』がロックバンド・アート・ミュージアムで2020年1月5日まで開催されている。
2013年以来隔年で開かれているヒューゴ・ボス・アジア・アート賞は、ヒューゴ・ボスがロックバンド・アート・ミュージアムとともに、中国本土、台湾、香港、マカオ出身の若手アーティストの活動支援を目的に設立した。2015年の第2回開催の際に、対象地域に東南アジアが加わり、2017年の第3回開催の際に、12名の有識者により推薦されたアーティストから、6名の審査員が最終候補を決定するという選考形式が採用されている。過去3回の受賞者は、クワン・シャンチ、マリア・タニグチ、リ・ミンの3名。
グランプリを受賞したアイサ・ホクソン(1986年マニラ生まれ)は、社会的慣習によってもたらされる身体への条件付けや制限の影響、経済移民の労働形態、あるいは、まったく異なる社会集団を出自に持つ人々の動きや身ぶりといった表現を固定化する神話を考察し、身体、とりわけサービス産業やエンターテインメント産業における身体の在り方を再検討する表現を展開している。これまでに、都市空間の中にポールダンスを介入したり、通常はストリップクラブで若い男性が行なうマッチョ・ダンスをホクソン自身が演じるなどといった作品を発表。2014年にはセゾン文化財団のヴィジティング・フェローとして来日し、フィリピン系日本人や日本に居住するフィリピン人への調査や、日本のエンターテインメント業界における「女性らしさ」の考察を基にした新作《HOST》を、翌年の国際舞台芸術ミーティング in 横浜2015(TPAM2015)でワークインプログレスとして発表し、2015年5月にデュッセルドルフのタンツハウスnrwで世界初演を披露した。


『ヒューゴ・ボス・アジア・アート2019』に出品した新作《Super Woman KTV》(2019)は、民俗的な儀式や行為、伝承、現代のポピュラー音楽から着想した歌とダンスによるパフォーマンスを撮影したカラオケ風の映像作品。ホクソンは、フィリピン文化におけるポピュラー音楽のさまざまな感情領域や文化的意味を調査し、重要な映像や音楽の断片やフレーズ、ダンスのアーカイブの構築を続けてきた。ホクソンにとって、それはフィリピンのさまざまな世代が抱く「女性らしさ」という共通概念のアーカイブとも言うべきものであり、こうしたアーカイブ構築の継続を通じて、ホクソンは古代叙事詩の様式の現代版の策定に取り組み、現代の叙事詩の記憶を保存しようと努めている。本作では、植民地時代以前から存在する儀式や行為に影響を受けた歌やダンスを通じて、ホクソンはこの集団的儀式の精神性を現代の女性のエンパワーメントへと結びつけようと試みている。また、別の出品作品《Corponomy》(2019)では、ホクソンは自分自身の過去のパフォーマンスのアーカイブ素材を見直し、それを新しいプロジェクトとして再構成している。ポールダンスからマッチョ・ダンス、ホステスからディズニーのプリンセスまで、フィリピン人移民労働者が属する世界各地のエンターテインメント産業やサービス産業のレパートリーをなぞる本作は、音、テキスト、動きといった各要素が互いに変容する、没入型のインスタレーションとなっている。「corponomy」とは、ホクソンがさまざまな経済状況に適応する身体、周縁化されたコミュニティと大衆文化の動的な関係性を示すときに用いる言葉。
審査委員長を務めたロックバンド・アート・ミュージアム ディレクターのラリーズ・フロジャーは、ローカルなポピュラー・カルチャーや同時代の現代美術の形式に浸透するだけでなく、ダンスや音楽に用いられる言語を再検討するような複層的なイメージをつくりだし、固定化されたアイデンティティやジェンダー、限界といったものを超えて、常に自分の実践を未知なるものへと再配置しつづけるホクソンの姿勢を高く評価した。
ヒューゴ・ボス・アジア・アート:http://hugobossasiaart.org/en/2019
ヒューゴ・ボス・アジア・アート2019
2019年10月18日(金)- 2020年1月5日(日)
ロックバンド・アート・ミュージアム[上海外灘美術館]
http://hugobossasiaart.org/en/2019/news/detail/f668l.html
参加アーティスト:ハオ・ジンバン、シュウ・ツェユー[許哲瑜]、アイサ・ホクソン、タオ・グェン・ファン



審査員
ラリーズ・フロジャー(ロックバンド・アート・ミュージアム ディレクター)※審査委員長
ツァオ・フェイ(アーティスト、北京)
パトリック・D・フローレス(美術史家、キュレーター、シンガポール・ビエンナーレ2019アーティスティックディレクター)
クリッティヤー・カーウィーウォン(ジム・トンプソン・アートセンター アーティスティックディレクター)
キム・ソンジョン(光州ビエンナーレ財団理事長)
キャロル・インファ・ルー(北京インサイドアウト美術館ディレクター)
推薦委員
ニキータ・チョイ(広州時代美術館デュピティ・ディレクター兼チーフキュレーター)
アデ・ダルマワン(アーティスト、キュレーター、ジャカルタ)
インティ・ゲレロ(ベラス・アルテス・プロジェクト、マニラ)
シュウ・ファンツゥ(インディペンデント・リサーチャー兼キュレーター)
シェ・フェンロン(ロックバンド・アート・ミュージアム シニアキュレーター)
ディン・Q・レ(アーティスト、ホーチミンシティ)
アルヴィン・リー(frieze誌コントリビューティング・エディター)
セン・ユジン(シンガポール・ナショナルギャラリー シニアキュレーター)
ジュダ・スー(ライター、キュレーター、バンコク)
シャンタル・ウォン(インディペンデント・キュレーター、香港)
歴代受賞者および最終候補(太字は受賞者)
2019|アイサ・ホクソン、ハオ・ジンバン、シュウ・ツェユー[許哲瑜]、タオ・グェン・ファン
2017|リ・ミン、タオ・フイ、ユ・ジ、ジャオ・レンフイ
2015|マリア・タニグチ、グァン・シャオ、ホァン・ポージィ、モエ・サット、ヴァンディ・ラッタナ、ヤン・シングァン
2013|クワン・シャンチ、バードヘッド、シュウ・ジャウェイ、フー・シャンチェン、リー・キット、リ・リャオ、リ・ウェイ ※対象地域は中国本土、台湾、香港、マカオ出身(第2回より東南アジアも追加)