メル・チン《招待》2026年
広島市現代美術館では2026年10月12日まで、「第12回ヒロシマ賞受賞記念 メル・チン展」が開催されている。ヒロシマ賞は、世界の恒久平和と人類の繁栄を願う「ヒロシマの心」を美術を通して世界へ訴えることを目的に、1989年に広島市が創設し、3年ごとに授与してきた賞である。本展はその第12回受賞を記念する、メル・チンの日本初の個展となる。初期作品から広島のために制作された新作まで60点を超える作品が出品され、50年以上におよぶ活動の全体像が紹介されている。
1951年に中国系アメリカ人としてヒューストンに生まれたチンは、自らをコンセプチュアル・アーティストと呼び、作品を制作する際に最初にあるのは常にアイディアであって、特定のメディウムを神聖視することはないと語る[1]。その言葉のとおり、彫刻、ドローイング、版画、映像、装身具からプロジェクト型の実践まで、幅広いメディアを横断しながら、戦争や植民地支配の記憶、環境汚染といった主題に取り組んできた。本展にあわせて行なわれたレクチャートークでは、自作の根本にある考えとして、アメリカの文学研究者であるエレイン・スキャリーの著書『The Body in Pain』が引くホメロスによる『イリアス』の一行——矢は「黒い痛み」を積み荷として運ぶ——を挙げた。スキャリーはこう書いている。「物理的な事実としての武器は身体にぶつかり、痛みを生じさせる物体である一方で、認識的な事実としての武器は身体から痛みやその性質を引き離し、目に見えるものにすることができる」[2]。無生物である矢は痛みを「持つ」ことはできない。それでも人間は、古くから、武器のうちに痛みを見てとってきた。矢が痛みを運ぶように、物に観念を積み込むことができると、チンは述べる。
展示風景「第12回ヒロシマ賞受賞記念 メル・チン展」広島市現代美術館、2026年
メル・チン《私たちの民主主義の奇妙な花》2005年
1階の第1章「奇妙な花の下で」の中心となるのが、竹と紐で編まれた巨大な弾体《私たちの民主主義の奇妙な花》(2005)である。かたどられているのは、ベトナム戦争でジャングルを切り開くために使用された米国製の大型爆弾「デイジーカッター」。核爆発と見間違えられるほどの巨大な爆風を生み、ジャングルのないアフガニスタンなどでは「対人兵器」として使用された兵器で、その似姿を見上げる経験は、この街では原爆の記憶と切り離しがたい。一方、素材の竹は、神や祖先たちが白人たちの文明製品を送り届けてくれ、自分たちに至福をもたらしてくれると期待した「カーゴ・カルト」の一例として、第二次世界大戦中に軍用機の物資投下を目撃した南太平洋の島民たちが、竹で飛行機や滑走路を作り豊かな積荷の到来を願ったことに由来する。チンは、あの島の人々のことを知ったから、この作品は竹でなければならなかったと言い切る。アメリカが標榜してきた憲法や自由、民主主義をこそ贈り物として届けるべきだったのに、実際に空から投下されたのは、“Flee and live or stay and die”(逃げれば生きる、留まれば死ぬ)[3]と警告するビラであり、爆弾だった。この文言は、『ロミオとジュリエット』で夜明けに恋人のもとを去るロミオの台詞「立ち去って生きるか、留まって死ぬか」を思わせる。形はアメリカが実際に届けたものを、素材は豊かな積荷を待った島民たちの願いを、それぞれ担っている。それがこの花の「奇妙さ」である。
この花とほぼ同じ高さで、同等の存在感を放って目を引くのが、《カロライナの亀(ヒルビリーの鎧)》(2005)である。ハコガメの腹甲から着想を得たかたちが、スチールフレームとノースカロライナ州やテネシー州で集められた廃品で組み上げられ、軍用車両ハンヴィーの下腹部に取り付けられるように設計されている。2004年のイラク戦争中で、装備不足のまま前線に送られた兵士たちは、路上の即席爆発装置(IED)から身を守るため、スクラップ金属を車両の下に取り付けた。彼らが「ヒルビリー・アーマー(田舎者の鎧)」と呼んだ即席の装甲である。装備の改善を直訴した州兵に、当時のラムズフェルド国防長官が返した答えは「戦争は、将来こうありたいと望む装備ではなく、手持ちの装備で戦うものだ」[4]というものだった。この巨大な亀に近づくと、ほんのかすかに、カタカタと金属同士が当たる音が聞こえる。空調の風に針金とおぼしき部材が揺れているらしい。間に合わせの工作の質感と彫刻としての造形が同居するその粗さは、自前の装甲を作るしかなかった兵士たちの手の痕跡と重なって見える。そして甲羅を組み上げる廃品が、ノースカロライナやテネシーの暮らしから出たものであることを思えば、この亀が担っているのは、地域社会の生活が戦争の仕組みに否応なく巻き込まれていく、その不可分の関係である。
メル・チン《カロライナの亀(ヒルビリーの鎧)》2005年
メル・チン《ガートルードの飾り帯》2003年
同じ空間には、歴史的な暴力の連鎖が社会や個人に残した傷跡を、現実の器物や素材そのものに担わせた物が並ぶ。ベルギー王レオポルド2世によるコンゴ植民地支配を主題にした《安全》(2005)では、誓いを封じるコンゴの霊的木像に倣った無数の釘が、理想化されたコンゴ川を描いた金色の額縁の絵画の手前に置かれた木板に打ち込まれている。8丁のAK-47を溶接してマルタ十字を形づくった《許されざる者の十字》(2002)は、引き金を引けば弾丸が互いを破壊する構造を持つ。シリアの都市ハマーで古くから水を汲み上げてきた巨大水車は、包装紙にインクで描かれた《シリアの水車》(2014)で血の滴るような崩壊の像に変わる。そしてユーフラテス川にすむ絶滅危惧種のスッポンをチュールとレースでかたどった《ラフェトゥス・ユーフラティクス》(2005)では、絶滅の危機にある生き物の脆さが、壊れやすい素材の美しさによって語られる。
《私たちの民主主義の奇妙な花》が連想の水準で原爆に触れるのだとすれば、広島を直接の起点に持つのは《ガートルードの飾り帯》(2003)だろう。アメリカの作家で美術収集家としても知られるガートルード・スタインが1946年のエッセイ[5]で、原子爆弾に対して「興味を持てなかった」と書いたことを起点にした作品だ。本当にそれほど破壊的なものなら、すべてを破壊し尽くして、興味を持つ者も残らないはずではないか。スタインの無関心は、そうした論法に貫かれている。チンは電気の力で素材を焼き付けるペン型の道具を用い、和紙の上に点描で、広島への原爆投下後に生じた雲のかたちと、スタインが幼少期に海洋生物の採集に関心を寄せていたことに着想を得て、「ヴィーナスの飾り帯」の名で知られるクシクラゲの形態を重ね合わせた。街を焼いた火を、彼女がかつて関心を注いだ海中の美しい帯と、焼き付けるという技法で結ぶ。
展示風景「第12回ヒロシマ賞受賞記念 メル・チン展」広島市現代美術館、2026年
メル・チン《逃れられない歴史》1988年
地下の第2章「逃れられない歴史」は、1976年の初期作品から2026年の新作まで、50年の活動を年代順にたどる。隣り合う作品は同じ姿をしていない。素材も手法も作品ごとに変わる。その入口に、章題となった《逃れられない歴史》(1988)がある。1949年以降のパレスチナとイスラエルの領土境界線が、パレスチナのヘブロンで採掘された大理石に刻まれ、伝統的な毛織のスリング(投石具)のポケットに閉じ込められて、オリーブ材の杭で固定される。壁面には、円を描くように削られた痕跡が残り、同じ軌道を回り続け、どこにも到達しない様相を表している。制作の当時、チンはその具現化によって問題を破壊したかった、こんな声明を出す必要がなくなればいいと願っていた。だが約40年を経ても、状況は作品が示す通りのままである。それでも、今回の事態をとおして国際社会がこの現実を理解したことには、平和への可能性を見るべきだとも語っている[6]。
チンの制作は、物に観念を積み込む彫刻的な作品群だけではない。現実の土壌や制度そのものに働きかけるプロジェクト型の実践があり、本展では《リヴァイヴァル・フィールド》(1991-)に関わる習作と区画マーカーが展示されている。重金属を蓄積する植物「ハイパーアキュムレーター」を用いて汚染土壌を浄化するこのプロジェクトは、米国農務省の農学者との共同研究として実施され、持続可能な土壌再生の可能性が科学の側でも確認された。また1階の休憩室では、子どもたちの描く「100ドル札」を集めて連邦議会に届け、鉛中毒問題への政策的対応を求める《ファンドレッド・ドル紙幣プロジェクト》(2006-2022)[7]が紹介されている。ここで積み込まれるのは、汚された土地や損なわれた制度が回復しうるという可能性である。積み込む先が物ではなく現実そのものになる。
メル・チン《リヴァイヴァル・フィールド》1991年-
メル・チン《ファン・クラブ》1994年
続く壁に掛かっているものは、一見、日本の国旗を思わせる。白地の中央に赤い円。だが見れば、それは大きく開かれた一柄の扇《ファン・クラブ》(1994)のかたちをしている。扇の骨に当たるのは縦に切り分けられた野球バットで、日の丸に見えた赤い円にはムラがある。解説を読むと、それが中国産の白絹に施された作家自身の血だとわかる。1982年、デトロイトで中国系アメリカ人技術者のヴィンセント・チンが、白人の自動車産業労働者ふたりに野球バットで撲殺された。日本車の攻勢に職を脅かされた怒りが、「日本人」と誤認した隣人に向けられた人種差別的暴力でありながら、加害者への司法判断は軽微なものにとどまったという。彼の死から約10年を経て、メル・チンは、憎しみを背負わされた器物を、追悼の器物に作り変えた。広島で開かれるこの展覧会で「日本」の名は、原爆の記憶としてだけでなく、アメリカの怒りを向けられた名としても現れている。
アメリカ紙幣の図像を消し取る〈消された通貨〉のシリーズで手が加えられるのは、ドル紙幣というアメリカの価値を担う物質そのものである。《廃墟(第2状態)》(1995)に並んで、2026年に制作された2点が出品されている。いずれも、紙幣の裏面からほとんどすべての図像が消し取られている。うち一点の作品名は、《神の摂理という庇護を失い、熱狂的な宣伝と宣言の旗印も取り払われ、修復と償いを切実に必要としている未完の企て。》[8]という、数行におよぶ声明文の全体である。本来1ドル紙幣の裏には、頂部を欠いたピラミッドが刷られている。建設の途上にある国の姿とされ、その上には目が浮かび、傍らに「神は我々の企てを支持する」というラテン語の標語(Annuit Cœptis)が添えられる[9]。しかし、この作品に残されたのは、そのピラミッドだけである。目も、標語も、消されている。タイトルの声明文はさらに続く。「率直な世界」へ差し出されたこの理想の建造物は、「国内の反乱」が引き起こした激動によって荒廃した風景の上に立ち、その破壊は「あらゆる年齢、性別、境遇の人々」に及んでいる。いずれも、英語の原題では1776年の独立宣言に現れる文言である。
メル・チン(左から)《神の摂理という庇護を失い、熱狂的な宣伝と宣言の旗印も取り払われ、修復と償いを切実に必要としている未完の企て。率直な世界へ誠実に差し出されたその理想の建造物は、国内の反乱が引き起こした内なる激動によって荒廃した風景の上に立っている。その激動がもたらした破壊は、あらゆる年齢、性別、境遇の人々に及んでいる。》、《ホワイトハウス》(〈消された通貨〉シリーズより)2026年
メル・チン《鳥たちの言語》1996年
版画《鳥たちの言語》(1996)は、12世紀ペルシャの詩人アッタールの『鳥の会議』——王を探して旅した鳥たちが、最後に、王は自分たちの内にいたと悟る物語——に着想を得ている。この詩はイスラム神秘主義スーフィズムの教えを背景に持つ。そこでは地上の世界が神の「影」と呼ばれ、自らのうちなる影を省みることをとおしてのみ、神へ近づけるとされる。制作にあたってこの詩の英訳を読んだチンは、序文の余白に「影たちへの歌(SONGS TO THE SHADOWS…)」と書きつけた。この詩から彼が受け取ったのは、王を探す旅ではなく、影のほうだったのだろう。そして紙の上で、その影は画面を分断する黒い帯になる。両端に配された胴のない鳥の頭部が、その黒い影に向かって、それぞれの声で叫んでいる。鳥たちがさえずり交わしたとしても、時には闇の中へ落ちていくことがあるのではないか。チンはそう語っている[10]。届かないのは、鳥たちの声だけではない。痛みは、目に見えないだけでなく、疑われもする。ガザで死亡した生後5カ月の乳児を悼む《ムハンマド・ハニ・アル=ザハルに捧ぐ》(2024)は、その死を捏造だとする報道を目にしたことから生まれた。チンはその疑いに、土で応える。米国製のMK-84爆弾を、ノースカロライナ州の産院跡地から採取した土で実寸に描き、その下に、埋葬布に包まれた乳児の像を医療用テープで留めている。
メル・チン《ムハンマド・ハニ・アル=ザハルに捧ぐ》2024年
メル・チン《招待》2026年
最後の展示室には、本展のために制作された新作《招待》(2026)が置かれる。ヒロシマ賞受賞の知らせを受けて広島を訪れたチンは、『はだしのゲン』に出会い、作者・中沢啓治が原爆を生き延び、その経験を芸術によって伝え続けたことに深く心を動かされたという。火によって風化し傷を負った裸足の少年像が、大太鼓の中央に立つ。太鼓は和太鼓に由来する形を持ちながら、原爆「リトルボーイ」の色に塗装され、ボルトの頭はリトルボーイのボルトと同じサイズで、打面の円い縁には広島の焼失区域図の輪郭が圧縮されている。6歳の中沢をかたどったこの少年は、打面の中央を占めることで戦いの太鼓を打ち鳴らせなくしたまま、両手を差し伸べて共に立つようにと鑑賞者を招く。カーゴ・カルトの竹、ヘブロンの大理石、アメリカの紙幣。姿はそのつど変わっても、主題と分かちがたい物質に観念を積み込むという方法は変わらない。《招待》でその物質にあたるのが、広島の土を含む備前土である。この土地の記憶そのものが、少年の像に積み込まれている。どこにも到達しない軌道を刻んだ《逃れられない歴史》に始まる地下の展示は、この差し伸べられた手で終わる。
レクチャートークの終盤、チンはフランスの哲学者ジャック・デリダから受け取った考えとして正義について語った[11]。正義とは、獲得できた、成し遂げられたと信じてはならない概念である。手に入れたと思った瞬間に、それは完全ではなくなり、逃れていく。だから平和を求める努力も、いつか終わるものと考えてはならない。正義と同じく、働きかけ続けなければならない能動的な原理なのだ、と。そのうえでチンは、これは聴衆に向けた言葉ではなく、自分自身に向けた言葉なのだと付け加えた。鳥たちのさえずりが闇に落ちることがあっても、さえずり続けるほかないように、物に観念を積み込み、見えないものを見えるようにする営みに、終わりはない。《招待》の少年が差し伸べる手は、その終わりのない営みへと、この場所の鑑賞者を招いているのだろう。
*1 メル・チン レクチャートーク(広島市現代美術館、2026年7月25日)。以下、本文中のチンの発言は、特記のない限り同トークでの発言にもとづく。
*2 エレイン・スキャリー(Elaine Scarry)『The Body in Pain: The Making and Unmaking of the World』(Oxford University Press、1985)p. 16。原文は “As an actual physical fact, a weapon is an object that goes into the body and produces pain; as a perceptual fact, it can lift pain and its attributes out of the body and make them visible.” ホメロスへの言及も同頁:“Thus Homer speaks of an arrow ‘freighted with dark pains,’ as though the heavy hurt the arrow will cause is already visibly contained in and carried by the object—is palpably there as its weight and cargo.”(引用の訳は筆者)。スキャリーが引く英訳はA. T. マレー訳(1924)。「黒い痛み」の訳語は松平千秋訳『イリアス(上)』(岩波文庫、1992)。
*3 湾岸戦争時に米軍がイラク軍部隊に投下したビラ。デイジーカッターの絵とともにこの警告文が記されていた。日本語訳は会場解説シートによる。BBC News「Fact files: Daisy Cutter bombs」(2001年11月6日) http://news.bbc.co.uk/2/hi/americas/1641411.stm ロミオの台詞は『ロミオとジュリエット』第3幕第5場、松岡和子訳(筑摩書房)。原文は “I must be gone and live, or stay and die”。
*4 ドナルド・ラムズフェルド米国防長官(当時)の発言 “You go to war with the Army you have, not the Army you might want or wish to have at a later time.” は、2004年12月8日、テネシー州兵の質問に答えたもの。
*5 ガートルード・スタイン「原爆についての省察」(Gertrude Stein, “Reflection on the Atomic Bomb”、1946年執筆)。初出は『Yale Poetry Review』1947年12月号。
*6 講演「メル・チン講演会『気候危機とエンパシー』」(コクーンホールB、2026年7月30日、主催:特定非営利活動法人アート&ソサイエティ研究センター+BIOCITY、協力:国際ファッション専門職大学、以下東京講演と表記)。《逃れられない歴史》をめぐる質疑(第2部、大西若人(朝日新聞編集委員)との対談)での発言。https://www.art-society.com/lecture/mel-chin.html
*7 《リヴァイヴァル・フィールド》および《ファンドレッド・ドル紙幣プロジェクト》の詳細は作家公式サイトを参照。https://melchin.org/
*8 作品タイトルの全文は《神の摂理という庇護を失い、熱狂的な宣伝と宣言の旗印も取り払われ、修復と償いを切実に必要としている未完の企て。率直な世界へ誠実に差し出されたその理想の建造物は、国内の反乱が引き起こした内なる激動によって荒廃した風景の上に立っている。その激動がもたらした破壊は、あらゆる年齢、性別、境遇の人々に及んでいる。》。英語の作品タイトルは《The Unfinished Undertaking, stripped of the protection of divine Providence, banners of enthusiastic promotion and proclamation, in dire need of repair and restitution. Honestly submitted to a candid world, a structure of ideals upon the ravaged landscape of an internal excitation of domestic insurrections bringing on an undistinguished destruction of all ages, sexes and conditions.》。独立宣言の原文は米国国立公文書館のウェブサイトを参照。https://www.archives.gov/founding-docs/declaration-transcript 。なお、1ドル紙幣の裏面に描かれた国璽の標語 Annuit Cœptis について、米国務省は “He [God] has favored our undertakings”(神は我々の企てを支持した)と説明している。“The Great Seal of the United States,” National Museum of American Diplomacy, U.S. Department of State. https://diplomacy.state.gov/the-great-seal/
*9 1ドル紙幣裏面の図像は、連邦準備制度理事会が運営する米国通貨教育プログラムのウェブサイトで確認できる。https://www.uscurrency.gov/denominations/1
*10 前掲、東京講演。なお、《鳥たちの言語》の素材・制作の経緯および画面の記述は、作家公式サイトに引用されたアプリル・ギャラント編『In Print: Contemporary Artists at the Vinalhaven Press』(ポートランド美術館、1997)の解説にもとづく。https://melchin.org/oeuvre/the-language-of-birds/
*11 本展には出品されていない《Circumfessional Hymenal Sea (Portrait of Jacques Derrida)》(2006)を紹介しながらの発言。作品情報は作家公式サイトを参照。https://melchin.org/oeuvre/circumfessional-hymenal-sea-portrait-of-jacques-derrida/
第12回ヒロシマ賞受賞記念
メル・チン展
2026年7月25日(土)–10月12日(月・祝)
広島市現代美術館 B展示室
企画担当:洲濱元子(広島市現代美術館学芸員)
https://www.hiroshima-moca.jp/exhibition/melchin
※エントランスのメディアライブラリー(観覧無料)でも映像作品《9-11/9-11》の上映および《9-11/9-11 グラフィック・ノヴェラ》を展示
(文 / 中村元哉)
