内藤礼 展
すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している
2009年11月14日(日)〜2010年1月24日(日)
神奈川県立近代美術館 鎌倉
http://www.moma.pref.kanagawa.jp
文:白坂ゆり(アートライター)

「精霊」2009年(2006年〜) 撮影:畠山直哉
中空に浮かぶリボンの作品「精霊」が、中庭に常設されたイサム・ノグチの彫刻「コケシ」をなでるように通り過ぎる。2本のリボンが、一方のリボンに引き寄せられたり、弧を描いて離れたり。あるのはそれだけだが、晴れの日も曇りの日も、刻々と表情を変える。雨風の強い日にもリボンを外さない。可能な限り、どんな環境でも受け入れる。大谷石の壁のすきまにボタンを置いた作品「精霊(わたしのそばにいてください)」が、それを見守っているようだ。
鶴岡八幡宮境内に位置する鎌倉館は、1951年にオープンした日本初の公立近代美術館だ。坂倉準三設計の建物の室内と屋外に、内藤礼が配した作品を廻りながら、移り変わる空間や時間を体感する。特定の順路はない。床に敷き詰めた布が海原に見える。ビーズの弧の先に、水面の揺らぎ、渡り鳥や落ち葉、向こう岸の参拝客など、池の風景を眺める。

「地上はどんなところだったか」2009年 撮影:畠山直哉
とりわけ、インスタレーション「地上はどんなところだったか」が心に残った。両側の展示用のガラスケースには、小花柄のプリント布の上に小さな電球が円舞のように置かれ、ほのかな灯りを点している。ガラスを挟んで対置させている、水の入ったふたつの瓶は、実体と虚像、此岸と彼岸をつなぐ「水脈」を連想させる。透明のバルーン、折り畳まれた小さな貝紫染の布。子どもが、小さな魂にも花を手向けるような明るい優しさを持つ。
観客が入ることのできるガラスケースもある。ケースの中から外を見ると、死んだ自分が街を眺めているような気になった。しかし、作家の意図は逆で、展示ケースの方が「地上の生」、中央の通路が「生の外」(死者あるいはいまだ生まれざる存在や精霊の世界)を表しているという。灯りは祝福を表し、死者が見守るなか、生の世界を照らしている。参道のように、中央が魂の通る道なのかとも思った。
3回目の鑑賞時、展示ケースの中にいて、ハッとした。ある位置に立って見ると、作品をよく見ようとしてケースに近づく人の姿が、光の反射の中にふっと消えていくのだ。精霊になること、「地上の生」の世界に生まれ出ていくということがわかったような気がした。誕生が死を、死が誕生を、順繰りに支えている。ありふれた素材に潜む、市井の人々の労働への敬意。観客も作品の一部となる動的空間。ありのままを肯定する「母なる芸術」を感じた。

「地上はどんなところだったか」2009年 撮影:畠山直哉
ART iTインタビュー:内藤礼(2009年)
ART iTおすすめ展覧会:内藤礼展
2009年11月14日(日)〜2010年1月24日(日)
神奈川県立近代美術館 鎌倉
http://www.moma.pref.kanagawa.jp
文:白坂ゆり(アートライター)

「精霊」2009年(2006年〜) 撮影:畠山直哉
中空に浮かぶリボンの作品「精霊」が、中庭に常設されたイサム・ノグチの彫刻「コケシ」をなでるように通り過ぎる。2本のリボンが、一方のリボンに引き寄せられたり、弧を描いて離れたり。あるのはそれだけだが、晴れの日も曇りの日も、刻々と表情を変える。雨風の強い日にもリボンを外さない。可能な限り、どんな環境でも受け入れる。大谷石の壁のすきまにボタンを置いた作品「精霊(わたしのそばにいてください)」が、それを見守っているようだ。
鶴岡八幡宮境内に位置する鎌倉館は、1951年にオープンした日本初の公立近代美術館だ。坂倉準三設計の建物の室内と屋外に、内藤礼が配した作品を廻りながら、移り変わる空間や時間を体感する。特定の順路はない。床に敷き詰めた布が海原に見える。ビーズの弧の先に、水面の揺らぎ、渡り鳥や落ち葉、向こう岸の参拝客など、池の風景を眺める。

「地上はどんなところだったか」2009年 撮影:畠山直哉
とりわけ、インスタレーション「地上はどんなところだったか」が心に残った。両側の展示用のガラスケースには、小花柄のプリント布の上に小さな電球が円舞のように置かれ、ほのかな灯りを点している。ガラスを挟んで対置させている、水の入ったふたつの瓶は、実体と虚像、此岸と彼岸をつなぐ「水脈」を連想させる。透明のバルーン、折り畳まれた小さな貝紫染の布。子どもが、小さな魂にも花を手向けるような明るい優しさを持つ。
観客が入ることのできるガラスケースもある。ケースの中から外を見ると、死んだ自分が街を眺めているような気になった。しかし、作家の意図は逆で、展示ケースの方が「地上の生」、中央の通路が「生の外」(死者あるいはいまだ生まれざる存在や精霊の世界)を表しているという。灯りは祝福を表し、死者が見守るなか、生の世界を照らしている。参道のように、中央が魂の通る道なのかとも思った。
3回目の鑑賞時、展示ケースの中にいて、ハッとした。ある位置に立って見ると、作品をよく見ようとしてケースに近づく人の姿が、光の反射の中にふっと消えていくのだ。精霊になること、「地上の生」の世界に生まれ出ていくということがわかったような気がした。誕生が死を、死が誕生を、順繰りに支えている。ありふれた素材に潜む、市井の人々の労働への敬意。観客も作品の一部となる動的空間。ありのままを肯定する「母なる芸術」を感じた。

「地上はどんなところだったか」2009年 撮影:畠山直哉
ART iTインタビュー:内藤礼(2009年)
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