『マイ・フェイバリット』展 関連企画 やなぎみわ×河本信治 対談(3)


撮影:林直

 

3. 避難所としての美術館:はみ出すものをすくうこと / 個人的な物語を編み出すこと

 

YM この『マイ・フェイバリット』展というのは、ものすごく個人的なタイトルかと。これは河本さんのフェイバリットですよね?

KS このタイトルに至るまでに、少し屈折した経緯があります。英語の【Index】という単語は非常に興味深い言葉で、辞書を見ると「蔵書目録」と同じウエイトで「禁書」という意味合いがあります。【インデックス】という言葉をいつか展覧会で使いたいなとは前から思っていました。今回の展覧会は美術館の分類項目がテーマの一つであり、「検索目録云々」というタイトルは構想の最初から考えていたのです。ところが昨年の秋に、息子の本棚に、『とある魔術の禁書目録[インデックス]』(鎌池和馬著、電撃文庫、メディアワークス)というノベルズを見つけました。これを読んだら面白いし構想もしっかりしている。知の集積・体系としての教会を象徴する【インデックスちゃん】と、平凡な男の子(負の能力だけ突出し、触れると解体不能なはずの知の体系としての衣装が崩れてしまう)という、象徴的なキャラクターが登場します。何が言いたいのかというと、【インデックス】という言葉には「検索目録」と同時に「読んではいけない目録」という両義性があります。『マイ・フェイバリット』展は私が直接収蔵に関わった作品を中心に構成するつもりでした。ところが準備の過程で、そのほとんどが分類項目【その他】に類別されていることに気付きました。分類化・系統化を基軸に置く近代美術館という制度の中で仕事を続けてきた人間にとって、【その他】という分類項目を積極的に運用することは、それ自体で自己矛盾を孕んでいます。「私は【正史】の近代美術館史の物語を書くことができません」と自分で言っているようなものですから。

 


やなぎみわ「次の階を探して I 」(1996) Cプリント 180×720cm 京都国立近代美術館蔵

 

YM ちなみに私の作品も【その他】に分類されていますよね。話はそれますが、私の作品は、昔ある日本の美術館で【資料】というところに入れられたことがあるんです。その美術館では写真作品は自動的に【資料】に入るそうなのです。つまり写真は美術作品ではなく資料であるということですね。私の24mの長さの作品、あれが【資料】に入ってしまったんですよ。面白いと思うと同時に、【資料】としてどのように保存されるのかということに興味を持ちました。

KS やなぎさんの作品はメディアとしては写真技法を使っています。当然ながら技法分類でいくと【写真】に分類されるでしょう。でも、「この作品は何を語ろうとしているのか」という視点に立つと悩ましい問題に行き当たります。その作品は極めて演劇的要素、社会文化史的言及の要素など重層的な解読が可能です。でも、私の誤解かもしれませんが、美術史自体について語ったり、美術史との連続性を求めているわけではない。仮に、そういう作品を【写真】という分類項目に入れたとします。写真という分類は、19世紀末から写真関係者が営々と積み上げてきた「近代写真史」という【正史】の物語があります。【写真】に分類することは、自動的に「近代写真史」に繋げられ、その価値体系に取り込まれてしまいます。すると、やなぎみわの作品が持つ重要な要素の多くが一挙に消し飛んでしまうことになります。私は当館の【その他】という分類項目は、先輩たちのこうしたことに対する【ためらい】から生まれたものだと理解しています。これは美術館の専門性に対する「怠慢」だという批判を覚悟した上での判断だったと思います。明快にし、闇を無くしていく作業の傍らで、曖昧なものをそのまま残すことは、時間を経て誰かまた別の見方をしたときに、きちんと大切なものを見つけてくれる可能性を残すことではないだろうかと私は思うのです。

YM 『マイ・フェイバリット』に展示されているほとんどの作品が【その他】なんですか?

KS ええ、ほとんどが【その他】ですけども、【資料】という項目も多く展示されています。いずれ【その他】に分類替えされていくような資料です。それからデュシャンのレディメイドについて、これだけは収蔵したときから意識的に【彫刻】という分類項目に入れました。デュシャンのレディメイドが一般的に了解されるのは、1917年のアンデパンダン展に彼がリチャード・マットという偽名を使い便器にサインして【彫刻】として出品した事件が契機となりました。この作品は組織委員会で出品拒否されて、会場の壁の裏に放置されいつのまにか無くなった、という物語として語られています。20世紀の美術史ではこれを【彫刻】として了解されている、そして当館は近代美術館である、だからデュシャンのレディメイドはあえて【彫刻】に留めるほうが良いと考えました。実際はデュシャン自身が出品拒否された便器を抱えて、当時のニューヨークでの美術のオピニオンリーダーだったアルフレッド・スティーグリッツという写真家のところに持ち込み、撮影を依頼しました。それが自費出版した『ブラインドマン』という雑誌に収録されています。スティーグリッツのこの写真が、唯一デュシャンのオリジナルの便器の姿を残す写真なのです。その後たぶんデュシャンは、この便器を捨てたのだと思います。デュシャンはこういう自作自演で、神話というか偽の物語を作るのが極めて巧みな人です。20世紀の美術史、近代美術史の骨格の半分が、デュシャンの詐欺師同然の、一種のパフォーマンスによって構造化されているというのはとても面白いパラドックスと言えます。デュシャンのレディメイドは【その他】に分類しても良かったのですが、当館は近代美術館であり私はその中の職員だという枠組みの中にあります。この限界内に自覚的に留まることは、放棄できないデフォルトだと思います。

 

『マイ・フェイバリット』展 展示風景 撮影:四方邦熈 マルセル・デュシャンのレディメイド(全13点)と森村泰昌「だぶらかし(マルセル)」(1988)

 

YM そこが、一番の始まりですよね。そのデュシャンの壁というものが現代美術の作家(もちろん研究する人にもあるでしょうが)にとって乗り超えられない壁としてあって、結局なんかそこに戻ってします。そこでレディメイドを【彫刻】に分類するか【その他】として理解するかっていうのは、きっと作家それぞれの考え方があると思いますが。

KS 美術館員にも同じジレンマがありますね。さっき言ったみたいに、美術館員は【近代美術史】を参照することを当然のように求められるわけですが、一方で、作品を知れば知るほど、【正史】から外れた物語を見つけていきます。了解された、普遍的な「近代美術史」ではなく、個人的な、「とある美術の物語」を語りたい衝動を抱えていると思います。
展覧会の副題、『とある美術の検索目録』について少し補足説明をさせてください。デュシャン的に言えば、言葉というもの、単語はレディメイドであり、これにオリジナリティは無い。既製品である単語を組み合わせた文章、そこから生まれてくる物語にオリジナリティが主張されるわけです。でもナム・ジュン・パイクが60年代に初期のコンピュータ、電子演算装置を使って、五・七・五の音の組み合わせを全て出力した作品を作りました。そして、「私は全ての俳句を書き尽くした」と宣言しています。私はこれを、近代以降のオリジナリティ信仰に対する無効化宣言の一つの形だと理解しています。それと同じような意味で、展覧会のタイトルにオリジナルを主張することはなかなかに難しいのです(商標登録という手段がありますが、それはビジネスの領域に属します)。すでにお話ししましたが、展覧会タイトルとして【インデックス】という重層的単語を使いたかった、そして【正史】ではない、「とある美術の物語」についての可能性を考えてみたかった、という二つが重なり、『とある美術の検索目録』というタイトルが自然に生まれてきました(『マイ・フェイバリット』展の目的の一つは、分類項目【その他】に含まれる作品目録を作ることでした)。これが若者の間で人気のあるライトノベル/コミック、鎌池和馬の『とある魔術の禁書目録[インデックス]』とほとんど同じに見えてしまうことはとても悩ましかったのですが、デュシャン的援用、あるいはシュールレアリズム的デペイズマンを意識して、非難されることを覚悟であえて当初の方針どおり使うことに決めました。剽窃ではないという自信の上で、「パクリじゃないか」と問われれば、「はい、パクリです」と言い切る覚悟を決めて使ったわけです。私はこれは、一つのゲームとして許されるのではないか、と確信を持って居直っております。

YM そういうことを書いていただきたいんですけどね。

KS カタログに序論として書いたつもりですけどね。この序論、美術館のホームページに早い時期からアップしています(注2)。『マイ・フェイバリット』展では、スタッフの尽力によるHPとツイッターの運用が絶大な効果をあげ、副題に対する疑問への対応はほとんどこれが果たしてくれました。ある人がとても上手な表現で感想を伝えてくれました。「これは近代美術史の外伝を自分でみつけてくださいという展覧会ですね」、と。この展覧会の物語構造は、大塚英志が『キャプテン翼』で分析している形に近いと思います。高い人気を誇る【正史】の『キャプテン翼』があって、それから派生的に同人誌などから生まれてきたサブストーリー(いまでは二次制作という言葉が普通に使われてようです)を思い起こしてください、その範疇にあると思います。だからこの『マイ・フェイバリット』展を見るということは、近代美術史の外伝を自ら紡ぐこと、それこそ「とある美術の物語」→「個人的な物語」→だから一人称「私の物語」→「私の好きな物語」→「マイ・フェイバリット」、こういう繋がり方によって展覧会の題名は構成されています。

YM あのサブカルチャーのサブストーリーと……、ちょっとあまりにもかけ離れすぎていて、みなさん混乱されるかもしれません。実際のサブカルのサブストーリーというのは、サブのサブであって巷に溢れているものですし、近代美術というそもそもの物語を否定するところから始まっているようなところがあるので、みなさん、一体それはどういう事なんだろうって、頭の中がクエスチョンマークになったかもしれません。ただ近代美術のマイ・フェイバリットな物語をみんながそれぞれ作れるんじゃないかと、その一例として、この展覧会があるということでしょうね。

KS そうです。だからこのカタログには検索のキーが何通りか仕込まれています。ちょっと複雑すぎて説明できないですけれども、何度か繰り返し眺めていただければ、ああ、こういうコードが入っているんだというのを見つけていただけると思います。最低5つはあると思います。

YM みなさん2度、3度と言わず、4度、5度くらい展覧会に来て、それを見つけるというのも一つの優雅な楽しみといえるかもしれません。確かに、私は『ウィリアム・ケントリッジ』展は3回ぐらい観に来ましたが、3回見ても足りないですよね。実際にアニメーションということで非常に時間がかかったこともありますが、やはり展覧会というのはそういう風にして観るものだなと思います。この前のケントリッジでちょっと久しぶりにそのことを思い出した感じがしました。

(注2) 京都国立近代美術館ホームページ:河本信治「とある種別の検索目録、あるいは【その他】への誘い」
http://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionArchive/2009/378intro.html

画像提供:京都国立近代美術館(対談風景、『マイ・フェイバリット』展)、やなぎみわ(「次の階を探して I 」)

 

 


 

『マイ・フェイバリット』展 関連企画 やなぎみわ×河本信治 対談 (全3回)
1. 出会いの場としての美術館:作家個人との出会い / 作品制作に立ち会う
2. パブリックスペースとしての美術館:美術館は開かれるべきか
3. 避難所としての美術館:はみ出すものをすくうこと / 個人的な物語を編み出すこと

 

 


 

マイ・フェイバリット——とある美術の検索目録/所蔵作品から
会期: 2010年3月24日–5月5日
会場: 京都国立近代美術館
展覧会URL:http://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionArchive/2009/378.html

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