ツェ・スーメイ

東西のルーツを響かせて

取材・文:柳下朋子

アルプスの山々に囲まれた牧草地で、やまびこと対話するようにひとりの女性がチェロを弾く。美しく響きわたる音色。とともに大きな静寂が心に残る。2003年のヴェネツィア・ビエンナーレで発表され、ツェの代表作となった映像作品「L’écho」だ。そのチェロ奏者こそ、作家本人である。


L’écho, 2003
Courtesy Peter Blum Gallery, New York
Commissioned by MUDAM for the 50th Venice Biennale

「初期には、より直接的に音楽や音楽教育を題材にしていましたが、その後、音楽を芸術的な言語として扱うことに興味が移ってきました」

06年には、冬のヤドリギを音符に見立て、ロシアの作曲家、ショスタコーヴィチの楽曲を組み合わせて、風景が楽譜に変わる映像作品を作った。音が見えるような、映像が聴こえるような、詩的な世界が生み出される。

イギリス人の母と中国人の父は、ふたりともプロの音楽家。そのバックグラウンドから得た経験が活かされ、美術史の枠に捕われない、複眼的な視点を感じさせる作品が多い。表現方法は映像や立体、写真など様々だ。

「アイディアがひらめくと創作に取りかかりますが、その結果、当然のように東西のルーツが反映されます。『East Wind』という立体作品では、典型的な西洋の木である糸杉が、東からの風に吹かれているかのようにかしいでいます。視覚的にアジア的でなくても、概して私の作品にはそよ風程度には東洋の影響があるのかもしれない。とはいえ、そのように分類されたくはありませんが」


Mistelpartition (Mistle Score), 2006
Courtesy Peter Blum Gallery, New York & Tim Van Laere Gallery, Antwerp

盆栽や川端康成の小説を題材にした作品からは、日本文化や東洋思想に対する興味もうかがえる。ツェが影響を受けたというジョン・ケージが学んだ、禅への共感にもつながるのだろうか。

「日本独自の時間の概念や静粛さに興味があります。禅の思想に興味がないわけではないけれど、理解するには時間が必要ですね。現代生活のリズムがストレスを増加させますが、だからこそ静かな時間への感謝の念も生まれてくる。そんな風に様々な世界観に触発されながら、表現していきたい」

相反する要素を自在に組み合わせながらも、中庸を目指すのではなく、それぞれの境界線を明確にすることで、新たな発見へと鑑賞者を導く。作品のシリアスさにちょっとしたユーモアを加えるのも、独特のバランス感覚によるもの。

「例えば糸杉の作品でも、木がテグスで引っ張られている姿はちょっと滑稽な感じ。少し距離を置くためのユーモアですが、観客が微笑むと、わかってもらえたなって思うんです」

大規模な個展が、2月から水戸で開かれる。美術館の空間との対話を大切にするというツェが、どんな世界を見せてくれるのか期待したい。


ツェ・スーメイ
1973年、ルクセンブルク生まれ。ベルリンとルクセンブルクを拠点に活動する。第50回ヴェネツィア・ビエンナーレ(2003)では、ルクセンブルク館に金獅子賞をもたらした。『H BOX』(07年からパリ、ロンドン、横浜ほか巡回)、シンガポール・ビエンナーレ(08)などに参加。日本初の個展は、水戸芸術館現代美術ギャラリーで2月7日から5月10日まで。

初出:『ART iT』 No.22 (Winter/Spring 2009)

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