To Pick a Flower (2021) dir. Shireen Seno – original photo titled _Filipinas 1907-1916_ from Wisconsin Philippines Image Collection
2025年5月、ハン・ネフケンス財団は森美術館、M+、シンガポール美術館の3つの美術館と共に設立した共同コミッション・プロジェクト「ムービング・イメージ・コミッション」の受賞者に、ジョン・トレス&シリーン・セノを選出したと発表した。共同コミッション作品の制作期間は最大18カ月で、トレス&セノには映像作品の制作費10万ドル(約1455万円)が与えられる。完成した映像作品のエディションは各美術館に寄贈され、展示あるいは上映される。
「ムービング・イメージ・コミッション」は、2021年にハン・ネフケンス財団、森美術館、M+、シンガポール美術館が、確固たるキャリアを築きながらも世界で十分な展示機会に恵まれていない、アジア国籍あるいはアジア在住の35歳以上のアーティストを対象に立ち上げた共同コミッション・プロジェクト。これまでにグエン・チン・ティ(2021)、ハオ・ジンバン(2023)が受賞し、2024年に森美術館のMAMコレクション018で発表されたグエン・チン・ティの《47日間、音のない》は本コミッション・プロジェクトの対象作品に当たる。
Revolutions Happen Like Refrains in a Song (2010) dir. John Torres
Lukas the Strange (2013) dir. John Torres
3組目の受賞者に選ばれたのは、共にフィリピンのマニラを拠点に活動、映像制作のためのスタジオ兼プラットフォーム「Los Otros」を共同で運営する、映像作家兼ミュージシャンで作家としても活動するジョン・トレスと、アーティスト兼映像作家のシリーン・セノ(1975年東京都生まれ)のふたり。
ジョン・トレス(1975年マニラ生まれ)は、個人的な記録やファウンド・フッテージ、アーカイブ映像を、時事問題や伝聞、神話、民間伝承に関連づけながら物語化、再構成した、しばしば自伝的な要素を強く含む詩的な作品で知られる。初の長編作品《Todo Todo Teros》(2006)により、バンクーバー国際映画祭のドラゴン&タイガー賞やシンガポール国際映画祭のNETPAC-FIPRESCI賞などを受賞。2作目以降も数々の国際映画祭で高い評価を得ており、2013年にはウィーン国際映画祭、2024年にはオーバーハウゼン国際短編映画祭で特集上映が組まれている。短編作品も数多く手がけ、《We Still Have to Close Our Eyes(私たちはまだ目を閉じなければならない)》(2019)は第11回恵比寿映像祭でも上映されている。
シリーン・セノ(1983年東京都生まれ)は、東京にてフィリピン人家庭に生まれ幼少期を過ごしたのち、カナダのトロント大学で建築と映画を学ぶ。記憶や歴史、イメージ・メイキングをテーマに、主に「ホーム(home)」という概念に関連した作品で知られる。初長編の《Big Boy》(2012)でリマ・インディペンデント映画祭で最優秀賞を受賞すると、第2作の《Nervous Translation(ナーヴァス・トランスレーション)》(2018)はロッテルダム国際映画祭のタイガー・アワード・コンペティション部門でのプレミア上映およびNETPAC賞獲得をはじめ、数多くの映画祭や美術館で上映されている(第11回恵比寿映像祭でも上映)。2023年にはベルリンのdaadgalerieにて初めての個展「A child dies, a child plays, a woman is born, a woman dies, a bird arrives, a bird flies off」を開催。同展は2024年にシンガポールのエスプラネードに巡回した。
トレスとセノは今回の受賞に際して、「私たちは映像作家としてそれぞれキャリアの異なる段階にあり、これまでに共同監督を務めた経験はありません。一方、私たちは幼いふたりの子どもの親でもあります。映画と美術の間にある空間においてこそ、私たちが個人的な歴史を振り返り、物事の意味を見出すための新たな方法を模索しながら、世界に応答するアーティストであり親であるという自分たちの役割について深く考え、共に何かに取り組むことができるのです。この度のハン・ネフケンス財団の支援は、資金面のみならず、新たな芸術領域へと移行する映像作家としての私たちの独自の考え方を認めてくれるものです。お互いに成長し挑戦しつづける機会を与えてくれたことに深く感謝します。私たちの歩みが、映画、美術、人生の同じような岐路に立つ誰かの励みになることを願っています」と感謝と抱負を語った。
Big Boy (2012) dir. Shireen Seno
審査委員会は「(トレス&セノの)「A Cure for Colonial Amnesia(植民地主義の忘却に対する治療法)」と題された計画案は、労働、記憶、抵抗といった深遠なテーマを取り上げて、映画作りを通して世界を構築するというふたりの長年の取り組みを証明するものです。音響、アーカイブ、空間の調和を試みる革新的な作品は、社会政治的な風景や人々の日常生活の中に歴史的反省がどのように織り込まれているのかを深く考察する機会を与えてくれるでしょう。フィリピンの複雑な歴史にある治癒と回復の力を発見し、捉えようとするふたりの探求をサポートできることを大変嬉しく思います。彼らのフィリピンの人々の日々の経験に対する独特かつ真摯な見解は、この地域全体に響く深い洞察をもたらすものになるでしょう」と期待の言葉を寄せた。
最終審査を担当したのは、審査委員長のハン・ネフケンスをはじめ、片岡真実(森美術館)、スハニャ・ラフェル(M+)、ユージン・タン(シンガポール美術館)の3館の館長、ハン・ネフケンス財団のヒルデ・ティールリンクとアレッサンドラ・ビスカーロ。最終候補にはトレス&セノのほか、シュウ・チェユウ[許哲瑜](台湾)、リアル・リザルディ(インドネシア)、ヤシャスウィニー・ラグナンダン(インド)が選ばれていた。
ハン・ネフケンス財団:https://www.hnfoundation.com/