第38回京都賞思想・芸術部門にナリニ・マラニ


ナリニ・マラニ

 

2023年6月16日、公益財団法人稲盛財団は、科学や文明の発展、また人類の精神的深化・高揚への著しく貢献した人々を讃える国際賞「京都賞」の受賞者を発表した。思想・芸術部門では、揺れ動く歴史を生きる経験に基づき、声なき者の声を届ける表現を開拓し、美術の「脱中心化」に非欧米圏から貢献した業績により、ムンバイ出身のアーティスト、ナリニ・マラニが受賞した。

ナリニ・マラニ(1946年英領インド、カラチ生まれ)は、主にムンバイを拠点に、インド亜大陸の近現代史と向き合いながら、宗教、戦争、ジェンダー、環境などの普遍的なテーマに取り組んできた。女性や貧困者など、抑圧に苦しむ人々の個別具体的な姿に向き合うことで生み出された作品では、抑圧する人、される人、世界の変転を司る女神や動物たちの影が展示壁面に混じり合い、回りながら映し出されることで、鑑賞者に、あたかも地域の祭りで演じられる神話劇の一場面を見るようにして、今日の社会に埋もれた「声なき者の声」を想像させる。また、対立、融和、抑圧、夢や神話といった普遍的なテーマ設定、モチーフを描き出す優れた素描力、身体を包み込む空間の美しさは、欧米を中心に作られた美術観を見直す動向の推進力となってきた。

マラニは今回の受賞を受けて、「私は人生を通じ、美術家として社会と人類の進歩に貢献しなければならないと常々感じてきました。激動の波に直面する21世紀のこれからは、女性的なものの見方をより一層考慮に入れることが急務だと強く信じています。感情、社会、技術、それらの諸要素をバランスよく結びつけることが、これまで以上に重要になってきます。私の芸術活動が今年の京都賞に値すると認めていただき、大変恐縮すると同時に、この上なく光栄に思います。稲盛財団に深く感謝いたします」とコメントを寄せた。

 


ナリニ・マラニ《In Search of Vanished Blood》2012年 ドクメンタ13、カッセル、2012年 Photo: ART iT


ナリニ・マラニ《In Search of Vanished Blood》2012年 ドクメンタ13、カッセル、2012年 Photo: ART iT

 

英国領インド帝国のカラチに生まれたマラニは、翌年の印パ分離独立時に難民としてインドに逃れ、その後、ムンバイで絵画を学ぶ。1970年代初頭に数年間のパリ滞在を経て帰国すると、1980年代後半に国内初のインド人女性のみによる巡回展「Through the Looking Glass」(1987-89)を主導、開催。幅広い層の人々に訴える表現を模索し、映像やインスタレーションなど、さまざまな表現方法を取り入れ、2000年代には、伝統的な神話から神々のモチーフを採り、ビデオやプロジェクションといった新しい技術を用いて影絵芝居や回り灯篭を思わせる夢幻的な空間を構成する、今日のマラニを代表するスタイルを確立した。

2002年にはニューヨークのニューミュージアムで国外初個展「Hamletmachine」を開催。それ以降も、第52回ヴェネツィア・ビエンナーレ(2007)、ドクメンタ13(2012)といった国際展に参加、ニューデリーのキラン・ナダール美術館での回顧展「You can’t Keep Acid in a Paper Bag A RETROSPECTIVE (1969 – 2014) in three chapters」(2014)、パリのポンピドゥー・センターとトリノのカステロ・デ・リヴォリ現代美術館で回顧展「The Rebellion of the Dead: Retrospective 1969-2018」(2017-2018)、そして、香港のM+の開館記念個展「Vision in Motion」(2021-2022)など、数々の展覧会で作品を発表している。日本国内でも「現代美術への視点—エモーショナル・ドローイング」(東京国立近代美術館、京都国立近代美術館、2008)、「アーティスト・ファイル2013―現代の作家たち」(国立新美術館、2013)、「アジアをつなぐ──境界を生きる女たち 1984-2012」(福岡アジア美術館、栃木県立美術館ほか、2012-2013)などで作品を発表。2013年には第24回福岡アジア文化賞も受賞している。

 


ナリニ・マラニ《In Search of Vanished Blood》2014年 上海ビエンナーレ2018 Photo: ART iT

 

ナリニ・マラニのほか、先端技術部門のバイオテクノロジー及びメディカルテクノロジー分野で、受精メカニズムの解明と顕微授精技術の確立に貢献したハワイ大学名誉教授で生殖生物学者の柳町隆造が受賞。基礎科学部門の数理科学(純粋数学を含む)で、多体系の物理学をベースにした、物理学・化学・量子情報科学における先駆的な数学的研究が認められた数学者・物理学者のエリオット・H・リーブが受賞した。各受賞者にはディプロマと京都賞メダル、賞金1億円が授与される。授賞式は11月10日に国立京都国際会館で開催。翌11日には同会場で各受賞者による記念講演会が行なわれる。また、2024年3月にはアメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴ、同年5月にはイギリス、オックスフォードでシンポジウムや公開講演会なども予定されている。

 

京都賞https://www.kyotoprize.org/
稲盛財団https://www.inamori-f.or.jp/

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