第60回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館


毛利悠子《I/O》2011–2023年「第14回光州ビエンナーレ」展示風景 写真:久家靖秀 Courtesy the artist, Project Fulfill Art Space, Taipei, mother’s tankstation limited, Dublin/London and Yutaka Kikutake Gallery, Tokyo

 

2023年6月12日、国際交流基金(JF)は国際展事業委員会の選考会議を経て、第60回ヴェネツィア・ビエンナーレの日本館展示の出品作家に毛利悠子、作家指名によるキュレーターに韓国出身のイ・スッキョンが決定したと発表した。日本館における日本人以外のキュレーターの抜擢は史上初。

国際展事業委員会の委員長を務めた建畠晢は、「毛利のプランは腐りゆく果物に直接電極を差し込み、水分値の変化を電気変換して持続音と光とを生成する音響彫刻であり、植物という生命体と電気テクノロジーとが一体されているという点では優れて今日的な問題意識が見られる。しかし毛利が言うように果物が甘い腐臭を放ちつつ土へと返っていくというそのプロセスは生命の循環の象徴であり、また環境問題への先鋭な批評でもありうるだろう。日本館の展示室の特徴である天井と半地下のピロティーを貫く大きな開口部をダイナミックに生かそうとする、これまでになかった大胆なプランにも大いに期待したい」と出品作家に選定した理由と期待を寄せた。

毛利悠子(1980年神奈川県生まれ)は、コンポジション(構築)へのアプローチではなく、環境などの諸条件によって変化してゆく「事象」にフォーカスするインスタレーションや彫刻を制作する。2014年にはヨコハマトリエンナーレ2014と札幌国際芸術祭2014の両国際展に参加し、翌2015年にアジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)のグランティとして渡米。同年、《モレモレ:与えられた落水 #1-3》(2015)により日産アートアワードグランプリを受賞。2018年には十和田市現代美術館で美術館初個展「ただし抵抗はあるものとする」を開催。そのほか、コーチ=ムジリス・ビエンナーレ2016、第14回リヨン・ビエンナーレ(2017)、第9回アジア・パシフィック・トリエンナーレ(ブリスベン、2018)、グラスゴー・インターナショナル2021、第34回サンパウロ・ ビエンナーレ(2021)、アジア・アート・ビエンナーレ2021(台中)、第23回シドニー・ビエンナーレ(2022)、第14回光州ビエンナーレ(2023)など、国内外の展覧会に多数参加している。

日本館出品作家選出にあたり、「2022年、ナショナル・ギャラリーに展示されているヴァン・ゴッホ《ひまわり》にトマト缶をかけた環境保護団体ジャスト・ストップ・オイルによる抗議行動は記憶に新しい。美術誌『frieze』編集長による実行者2名への取材では、「洪水で被災した3300万人のパキスタン人」への無関心と、たった2名の西欧世界からの抗議への注目という非対称性が行動理由に挙げられている。活動家が主張したアートへの攻撃は、先進国ではまだ認識さえもされていない、地球上の多くの生態に影響を及ぼす気象危機の関心を大きく集めることになった。ふたりはゴッホにトマト缶をかけた後、こう主張した——「より価値があるのはアートか、それとも命か?」危機は逆説的に、人々に最大の創造性を与える——これは東京駅構内で起こる水漏れに日用品を用いた(不)器用仕事(ブリコラージュ)で立ち向かう駅員たちのフィールドワーク「モレモレ東京」を着想するに至った根幹であり、また、世界的な厄災となったコロナ禍でますます確信した私の信念だ。2019年に「50年に1度の」洪水に見舞われたヴェネツィアにて、アートの近傍で起こる世界的問題を剔抉し、創造的なヴィジョンを提示したいと思う」とコメントを寄せた。記者会見では上述の内容に加え、先日の台風2号により、取手市双葉地区の倉庫に保管していた作品の素材や書籍、CDも被害を受け、上述した日産アートアワードグランプリの受賞作品の2点も廃棄処分となった様子を映像と共に紹介し、坂本龍一の著書『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』に収められているジョン・ケージが所持品紛失を再出発の絶好の機会にしたというエピソードに触れて、「危機は時に逆説的に人々に最大の創造性を与える」という想いを再確認したと語った。また、出品作家がキュレーターを指名するという方式において、毛利は自身も参加した光州ビエンナーレの「soft and weak like water(天下に水より柔弱なるは莫し)」というテーマに感銘を受け、アーティスティック・ディレクターのイ・スッキョンに依頼したと経緯を説明した。

 


毛利悠子《Decomposition》2022年 写真:久家靖秀 Courtesy the artist, Project Fulfill Art Space, Taipei and mother’s tankstation limited, Dublin/London and Yutaka Kikutake Gallery, Tokyo


毛利悠子《モレモレ東京》2011–2021年 Courtesy the artist, Project Fulfill Art Space, Taipei and mother’s tankstation limited, Dublin/London

 

イ・スッキョン(1969年ソウル生まれ)は、テート・モダンのインターナショナル・アート部門シニア・キュレーター。30年近いキャリアの大半を国外で過ごし、国際的なネットワークを築くとともに大規模な展覧会の経験を積み上げてきた。2015年には第56回ヴェネツィア・ビエンナーレ韓国館のコミッショナー兼キュレーターを務め、ムン・キョンウォン&チョン・ジュンホの展覧会を実現。共同企画したナム・ジュン・パイクの回顧展がテート・モダン(2019-2020)を皮切りに国際巡回を果たしている。2023年8月にはマンチェスター大学ウィットワース美術館のディレクターへの就任を予定。

毛利からの日本館キュレーターへの指名に対し、イは「私は以前から、毛利悠子氏の表現活動を高く評価してきた。彼女の日常にありふれた素材の選び方や空間の構成はとても興味深い。音や音楽は、主役にならず、過剰に際立つこともなく、与えられた空間と一体化するか、或いは空間の一部になるように感じる。第14回光州ビエンナーレに出展したのは、「soft and weak like water(天下に水より柔弱なるは莫し)」というテーマにまさにふさわしい、静かな力強さを感じさせる意義深い作品であった。彼女の作品を鑑賞していると、対象だけでなくそれを取り巻く環境に目が向き、意図する音だけでなく雰囲気に耳を澄まし、無音も意識するようになる。2024年のヴェネツィア・ビエンナーレ日本館にて、示唆に富む作品を生み出してくれると確信している」とコメントを寄せ、記者会見でも指名に対する感謝を述べ、世界中から現代美術に関わる人々が集うヴェネツィア・ビエンナーレの重要性、現代美術が向き合うべき環境危機や人種差別、植民地主義といった諸問題、毛利と共に取り組む日本館の展示に向けた抱負を語った。

 


毛利悠子《I/O》2011–2023年「第14回光州ビエンナーレ」展示風景 写真:久家靖秀 Courtesy the artist, Project Fulfill Art Space, Taipei, mother’s tankstation limited, Dublin/London and Yutaka Kikutake Gallery, Tokyo


毛利悠子《I/O》2011–2023年「第14回光州ビエンナーレ」展示風景 写真:久家靖秀 Courtesy the artist, Project Fulfill Art Space, Taipei, mother’s tankstation limited, Dublin/London and Yutaka Kikutake Gallery, Tokyo

 

今回の作家選考は、国際交流基金から委嘱された6名の国際展事業委員会が、国内外の24名の推薦委員からノミネートされた複数の作家の推薦リストを基に最終候補5名を選出し、各候補者に参加の可能性の確認と基本的な展示プランの提出を依頼。選考期間がほかの展示の開幕直前と重なり、日本館展示案の検討が難しく辞退した志賀理江子を除く、風間サチコ、鴻池朋子、毛利悠子、百瀬文が提出したプランを基に、国際的な文脈、作家としてのアイデンティティ、日本館の展示スペースでの効果、プランの実現性などの観点から議論し、何度かの投票を繰り返した結果、最終的に大多数の支持で毛利悠子が選定された。(日本館出品作家選考についての講評

 

第60回ヴェネツィア・ビエンナーレ 日本館
出品作家:毛利悠子
キュレーター:イ・スッキョン(テートモダン シニアキュレーター、第14回光州ビエンナーレ アーティスティック・ディレクター)
主催/コミッショナー:国際交流基金

第60回ヴェネツィア・ビエンナーレ
2024年4月20日(土)-11月24日(日)
http://www.labiennale.org/
総合ディレクター:アドリアーノ・ペドロサ(サンパウロ美術館 アーティスティック・ディレクター)

 


最近5回の日本館キュレーター、テーマ、出品作家

第59回(2022)|ダムタイプ
第58回(2019)|下道基行+安野太郎+石倉敏明+能作文徳「Cosmo-Eggs│宇宙の卵」
キュレーター:服部浩之
第57回(2017)|岩崎貴宏「逆さにすれば、森」
キュレーター:鷲田めるろ
第56回(2015)塩田千春「掌の鍵」
キュレーター:中野仁詞
第55回(2013)|田中功起「抽象的に話すこと-不確かなものの共有とコレクティブ・アクト」
キュレーター:蔵屋美香

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