川村文化芸術振興財団 ソーシャリー・エンゲイジド・アート支援助成、対象プロジェクト決定

2019年1月22日、一般財団法人川村文化芸術振興財団は、ソーシャリー・エンゲイジド・アートに対する支援助成事業に、アーティストの琴仙姫(クム・ソニ)が日本に住む脱北者、元北朝鮮日本人妻との共同アートプロジェクト『朝露』を選出したと発表した。同プロジェクトには上限400万円が助成される。また、日本でリサーチ・ベースの映像プロジェクトを地道に重ねてきたチェコ出身のパヴェル・ラツャックの『日本−コミュニティ映像編集プロジェクト』が特別助成の対象に選出され、50万円が助成される。

 


photo by Park Jong-ho

 

琴仙姫は、在日朝鮮人三世として東京に生まれ、少数民族の一員として育つ中での体験や気づきをきっかけに芸術活動を開始する。カリフォルニア芸術大学映像科で映像表現を学び、修士課程を修了。2011年に東京芸術大学先端芸術表現領域美術博士過程を修了。映像とパフォーマンスを主な表現手段に、国内外で作品を発表している。2011年から2015年まで、韓国の延世大学などで非常勤講師として働きながら、ソウル文化財団からの支援を受け、脱北者たちとのアートプロジェクトを推進。現在はロンドンのLive Art Development Agencyにリサーチ・アーティストとして、キングストン大学芸術・建築・デザイン学科に研究員として在籍している。

支援助成事業に選ばれた『朝露』は、琴と日本に住む脱北者、元北朝鮮日本人妻との共同アートプロジェクト。現在日本に住む約200人あまりの北朝鮮脱北者の多くは、1960年代後半から70年後半にかけて実施された「帰国事業」により北朝鮮に移住していった在日朝鮮人、あるいはその子孫たちである。彼らは脱北者という事実を隠す必要に迫られており、それは隠さないと日々の生活に困難を経験するためである。このような状況下で、琴は実際に日本で暮らす脱北者に出会い、アーティストとのコラボレーションでのワークショップを計画している。本プロジェクトは、個人的な出会いやワークショップなどを通じて制作した作品を、展示やシンポジウムの形で発表し、ディスカッションの輪を広げていく試みとなる。プロジェクトタイトルの「朝露」は、韓国の80年代の学生運動で歌われた歌のタイトルであり、暗い夜を過ごした後、純粋で美しいものに再生していく様子を象徴している。選考委員の毛利嘉孝は、「琴仙姫のプロジェクトは、日本と朝鮮半島の政治的な緊張関係が続く中で不可視化されている日本に住む「脱北者」に焦点をあてるもので、「アートの想像力が政治に対して何ができるのか」という大きな問いに取り組む野心的なものである」と述べる。

 


 

一般財団法人川村文化芸術振興財団は、2017年に文化芸術により人々の創造性や表現力を育み、よりよき社会の構築を目指すために設立された。優れた能力を有する芸術家に対し活動を支援し、これまで培われてきた文化芸術を継承、発展させ、独創性のある革新的な文化芸術の創造を促進することを目指すべく、財団初の事業として、ソーシャリー・エンゲイジド・アートのプロジェクトに対し支援する助成制度を開始した。第1回目の対象プロジェクトには、演出家の高山明(PortB)による『新・東京修学旅行プロジェクト』が選ばれている。

第2回目となる今回は、国外9件、国内11件の計20件の応募が寄せられた。選考委員は、秋元雄史(東京藝術大学大学美術館館長)、工藤安代(NPO 法人 ART&SOCIETY 研究センター代表理事)、窪田研二(インディペンデント・キュレーター)、高嶺格(美術家・秋田公立美術大学准教授)、毛利嘉孝(東京藝術大学大学院 国際芸術創造研究科教授)の5名が務めた。工藤は、素晴らしい内容の申請プロジェクトが多かったものの、ソーシャリー・エンゲイジド・アートを考える上での課題として、取り組む社会課題への洞察力や、課題を共有する人びとの参加性のあり方、社会全体へのインパクトの不足が目立った点や、アート関係者に閉じた表現やアートによる祝祭性やコンヴィヴィアル(陽気さ、懇親的)なものを志向する内容が国内アーティストに多く見受けられたと選考所感を述べている。なお、2019年2月1日に東京・六本木の国際文化会館で贈呈式および第1回目の対象プロジェクト、演出家の高山明(PortB)による『新・東京修学旅行プロジェクト』の報告が開催される。

 

一般財団法人川村文化芸術振興財団http://www.kacf.jp/

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