泉太郎
公開オペレーション:《ドリームランド》泉太郎
なら歴史芸術⽂化村, 奈良
個展|2024年3月20日–28日
©Taro Izumi.
泉太郎のサイト・スペシフィックなインスタレーション及びオペレーション《ドリームランド》がなら歴史芸術文化村にて、2024年3月20日–28日に開催されます。
今年の2月からなら歴史芸術文化村の一室に滞在した泉は、そこを「大窓付き工房倉庫」と名付け、連日の移動、滞在、思索の中で新たなオペレーションの機構を構想しました。初公開、初稼働となる本企画は、泉にとって故郷の奈良県での初の制作発表となります。
8日間限定の特別公開となります。是非ご高覧くださいませ。
展覧会情報
会期:2024年3月20日–28日
開館時間:13:30–16:30
休館日:月曜日
会場:なら歴史芸術文化村 芸術文化体験棟 3 階スタジオ 301、交流ラウンジ、セミナールーム AB(詳細はこちらから)
入場料:無料
©Taro Izumi.
《ドリームランド》について
前にこの辺りをブラブラと散策したのは、どこかの銅像の頂に垂れた鳥の排泄物のような色味の虫が、体の中のザラザラとガラガラを擦り合わせたような鳴き声で、そこらじゅうがじんじんと賑やかだった頃。悪意を疑うほどに太陽が近過ぎたあの頃。いい加減離れてくれと突き放された太陽は、今は随分と遠くまで退いてしまった。悴んだ地面とタイヤの削り合うのが聞こえる。冷め切った空気も我関せずで、すんなり音を通してくれる。
プラモデル風の建築が随分と増えた。これがいわゆるベッドタウンというやつか、とプラとプラの隙間から、どうにか向こうの隙間を探して進む。故郷で迷子になるなんてことは避けたい。たとえば山の中では木を見ているだけではダメで、山の形を俯瞰的に、立体的に想像できること、それでいて通行可能な空間に身を置き続けることが大切、誰に教わったわけでもないし、登山の経験もほとんどない僕がこんなことを考えている理由は、どこを歩いているのかよくわからなくなっている、つまり迷子になっている事実を受け入れたくないからで、訳知り顔の仮面を外すにはまだ早い、僕にとってこの町は、馴染みどころか地理地形が身体に染みついて染み込んでいて、後ろ歩きでだって迷子になんかなるはずがない。何せ、薄汚れたヘルメットを被って、毎日毎日中学校と家の間を自転車で往復していたくらいなのだから…いやしかし、ただただその行き来を繰り返していただけだとしたら?染みついているのは一筆書きの文字一つで済むような効率優先の順路だけなのか、今更散策など始めたおかげで合点はいったものの、ここでいつものように GPS に縋り付くのも受け入れがたい。大都市の地下鉄の乗り換えなんかとは違うのだから、Google様のご指示を液晶画面に光らせて拝み奉ると同時に、世界に靄をかけるように八割九割ほど瞼を閉じて、半分透けた幽霊のようになりいつのまにか到着しておりました快適でした、そんなゴールには行き着きたくない。ベッドタウン進行現場の視察を兼ねていると思えば、この迷いは、ローラー作戦の紆余曲折遠回りバージョンと考えることもできる。
そういえば、じんじんと賑やかだった時期の散策では、神宮近くの古いホテルが取り壊されて、跡地を隠すように囲いがしてあるのを見かけた。囲いには、夢にまで見た理想のマンションこの地にあらわる!という感じのイラストが掲げられていたが、御陵や神宮から徒歩数分!という立地が多くの人にとってウリになるとも思えない。大都市へのアクセスに優れた神宮前駅から徒歩数分圏内であることが、一番のアピールポイントだろう。通勤圏内でありつつ大都市よりは家賃が控えめ、そんな夢をみんなが望んでいる。夢の街、ドリームランドがここに広がりつつある。この真新しいドリームランドでは、打ち捨てられてきた幽霊と、打ち捨てられるであろう夢が、入り混じって踊っている。踊れる場所が足りなくなれば、あれを壊してあそこを潰して、あの辺の木々を刈り取ってしまえばまだまだいけるだろう。
私達自身は残念ながら、足元に雑草が生えて繁り栄えるまでは、待つことができない。律儀にも日が暮れる度に箱に戻って、そして箱に居続けることも嫌うので、草が生えるまで待機し続けることができない。
山々は影になり、空間の黑さにほとんど沈んでしまった。ドリームランドの星々が浮かび上がり、煌めいている。そろそろ箱のほうに向かおう。