塩田千春 インタビュー

2010年9月10日
些細な思いが呼びさます共通記憶のスイッチ
インタビュー/大舘奈津子




「集積 - 目的地を求めて」(2010) ケンジタキギャラリーでのインスタレーション 写真 ART iT


ART iT 塩田さんはこれまで数多くの大きなインスタレーションを制作しています。作品の制作プロセスについて聞かせてください。

塩田千春(以下CS) 最初は自分の些細なプライベートなことからスタートします。例えば、ベルリンから日本に帰国したとき、実家にある自分の過去の靴を履きながら、サイズが変わったわけでもないのに違和感を感じたり、昔よく通った道が全く違う道幅に感じたり、懐かしい友人や両親までもが何か自分が抱いていたイメージと違うような感情の襞に触れるような小さなこと。そういうことが作品制作のきっかけとなり、そこからアイデアを発展させていく事が多いです。
作品制作をするときは没頭していますが、最初にマテリアルに触れるときや、完成する段階で自分を他者として客観視します。一度自分を殺す、と言うような自虐的な行為です。そうしたことで、普遍的な、皆に共通する感情を呼び起こすことができるように思うのです。

ART iT 一方でそうした作品は、ある種のスイッチのように観客個人の記憶を呼び起こすことがあるようです。国立国際美術館の展覧会『精神の呼吸』(2008)の靴を使った作品「大陸を越えて」を制作する際に、靴に込められた思いを綴った手紙をたくさん受け取ったと聞きました。ご自身とは関わりのないところで作品から思い起こされる個人の記憶を「聞いてほしい」と言われることはあるのではないでしょうか。

CS 大阪の国立国際の靴は2000足も集まり、中には遺品の靴も数多くありました。そこにあるメッセージにはかなり重い内容のものも多く、その手紙と靴を見ながら、この作品は成功させなければいけないと思うと同時に、手紙に対して距離を置かなければとも思いました。


「大陸を越えて」(2008)靴, 毛糸, 国立国際美術館でのインスタレーション 写真 Tetsuo Ito
Over the Continents (2008) Shoes, wool yarn, Installation view at The National Museum of Art, Osaka photo : Tetsuo Ito



ART iT それは責任がとれないということですか。

CS いえ、このメッセージと靴を作品化するために作家としてのあり方を考えたのです。
私個人として手紙にはもちろん共感しましたが、展示は集まってきたものをそこにただ並べるだけでなく、私の精神を込めて作って行く訳です。私があまりにも感情移入してしまうと、作品を見たときに他者がさめてしまうと思うのです。
それは自分が他の人の作品を観る時にあまりにも個人的な問題であると、私自身は関係ない、と思ってしまう。でも、それが共通の、共有できる問題であると共有できる自分に移入する、理解できるようになると思うのです。
一方で、私の作品が、観る人の記憶を呼び起こしたり、それについて話をしたいという気持ちにさせるという事実はあります。例えば、ベッドの作品を観た人から、「私は不眠症で」と言われたこともあります。私自身はそのとき不眠症をテーマにしていたわけではなかったのですが、作品を観た人は私も彼女と同じ不眠症と感じたようです。それは個人的な記憶を呼び起こし、作品がひとり歩きしているような感じです。全く関係ない人から手紙をもらい、手紙の主は非常に感情移入している。驚くこともありますが、作品に自分の記憶を重ねて共感してもらうことは非常にうれしいですね。作品という命がないものに命が吹き込まれたということですから。

ART iT ベルリンのホフマン・コレクションの作品「第2の皮膚」(2001)も非常に親密なインスタレーションのように思えました。

CS ホフマン・コレクションでの展示は夫妻が1999年、私の初期のビデオ作品、「バスルーム」を購入してくれた時から始まりました。その後、ギャラリーで見た私の糸のインスタレーション作品を妻であるエリカさんが気に入ってくれ、ラルフさんが病気で私の作品を見れないため、自宅療養に入った旦那さんの為に奥さんが購入して彼のオフィスの横のスペースで展示をしました。

ART iT その状況は作品に影響しましたか。

CS 影響しなかったと言えば嘘になると思います。彼の病気が癌で末期の状態だったので非常に心苦しかったです。特にコレクターのコレクションハウスで、死に向かっている人に見せたい作品と言われ、インスタレーションを行い、亡くなってしまった。ホフマン・コレクションは毎年夏に展示替えを行うのですが、私の作品についてはそうした個人的な思い出のせいか、2002年からずっと展示されたままになっていました。その後数年続けて「今年はもう展示替えするわ」と言われていたのですが、やはりそのままになり2006年に展示が変わったとき、何か彼女の中での心の動きを感じました。そして2010年の今年、またその作品は、再度展示され、その中で作品を通してエリカさんの作品に対する気持ちが作家の私に伝わり、作品が一人歩きしているという事を感じました。

ART iT それぞれの人の記憶と重なって、作家が介在しなくても作品が自立していくということですね。

CS 作品も子どものようなもので、産み出すのはやはり苦しい。でも、一方で一度生み出されると、いつかそれは一人歩きをしていく。以前作った作品が美術館などで展示されて見ていると、制作時の自分を思い出しますが、その時の自分はもういないようにも思います。それはもう少なくとも現在の自分自身ではなく、それはどこにも存在しない当時の自分の感情だけが蘇ってくるような非常に不思議な気持ちになる時があります。


「眠っている間に」(2004) 聖マリー=マドレーヌ教会, リールでのインスタレーション
installation view During Sleep (2004) Sainte Marie Madeleine, Lille, France


ART iT リールの教会でのインスタレーション「眠っている間に」(2004)など、場所の持っている性格を意識した作品も制作していますが、作品制作の場所によって差異があるのでしょうか。

CS 場所によって差異があると感じる時はスペースだけの問題ではなく、ある種の「気」を感じることがあり、教会はそういう場所のひとつだと思います。その場所でどれだけの人が祈って、懺悔をしたかということを想像します。私自身はどの宗教にも属していないのですが、以前、イスラエルに行ったとき、キリストが下界したときに横たわり、そこで亡くなったとされる岩があり、そこには世界中のたくさんの人が自分の苦しみを持って訪れる場所になっていて、私が見に行ったときもたくさんの人がいて、一心不乱に岩についている油をなでて嘆いたり、家族の写真を置き涙を流したりしていました。その姿を見ていたら私も自然と涙がでてきました。自分が立っているだけなのに抵抗しないまま、その「気」の渦の中に私自身が巻き込まれ、飲み込まれて行く。何の意識もないのに涙がでてくるという経験です。

ART iT 同じ宗教ではなくても共有できるもの、共有できる記憶がある、ということですか。

CS 私が見たエルサレムの旧市街での体験はそういう事になります。人は楽しい記憶より、悲しい記憶の方が心に残ってしまう。ありがちかもしれませんが、悲しいこと、不幸なことはより心に残り、忘れようとしても忘れられない渦にはまってしまう。時として、それは自分でも抱えきれない。なので私の場合、それを表現することしかできないのです。




上下とも「遠い記憶」(2010) 瀬戸内芸術祭、豊島でのインスタレーション 写真 ART iT

ART iT 瀬戸内国際芸術祭で展示している、豊島での作品について教えてください。

CS 豊島では、「遠い記憶」と題する、島で集めた廃屋の窓600枚でトンネルのような作品をつくりました。豊島は文字通り豊かな島なのですが、住民は産業廃棄物の問題で苦しんできました。その場所で作品を作ることを考えたときに、展覧会をする、というのはゴミを生み出すことにもなると思いました。私はできるだけ外から作品を持ち込むのではなく、島にあるものを使って制作したいと思い、その産業廃棄物の問題もあえて隠すのではなく、その問題も頭にふまえて、この島をもっと知った上で作品を作りたいと思いました。

ART iT ベッドや糸を使っている作品は視覚的に見ても、内に内にというように閉鎖された空間を思わせますが、「遠い記憶」は窓を使った、外に向かっている開放的な作品です。何か感情的に変化があったのでしょうか。

CS 最初に窓の作品を作ったきっかけは、私が住む旧東ベルリンの窓が改装工事で中庭に並べられているのを見た時でした。同じ国籍の同じ言葉の人々が人為的に28年もの間、東西に別れ、それぞれがどういった気持ちで窓からお互いを見ていたのだろう。と思ったところから始まりました。
今回窓でトンネルを作った豊島の甲生という村は、17年ぶりに村に子供ができたというほど高齢者が多く過疎化が広がりつつある村です。この豊島に作る作品はずっと集落の人の心に守られないと存在しえない作品だということを理解しました。島の住民とやりとりしていくなかで人間的な関係を構築し、きちんとコミュニケーションを取らなければ、作品は理解されない。この島にとってこれから展示する作品が、生きて行くかただのゴミになるかにまで関わってくると思うのです。実際、こうした関係というのは美術館の展示ではほとんど要求されません。普段は私がどういう問題をかかえていて、どういう風に形にし、発表をするかということが問題であって、環境はもちろん作用はしますが、一番重要なことではないことです。しかしながら、この、豊島での制作で村の人たちと関わって行くうちにどれほど自分が豊かな気持ちになったかわかりません。私が忘れてかけていたたくさんの大切な事を呼び起こしてくれたことも事実です。まず挨拶がどれほど重要なことか、それをすることによって住民の人々と関わり、豊かな気持ちになって行きました。島を出る時は、どうしても涙腺が緩んでしまい、困ってしまったのを覚えています。今回は作品を通じて非常にいい経験をしたと思っています。

ART iT 島の人々とのコミュニケーションが作用した、ということですね。

CS 私の作品にある、悲しみとか死や生といったものも、結局コミュニケーションから始まり、コミュニケーションなしには成立しないものなので、それをなくしてでは作品は作れないと思うのです。時々それが面倒になってもどこかで心を豊かにしてくれる。ドイツでは普通に挨拶をするのですが、日本で特にコンビニエンスストアにいくと、挨拶をしないのが普通になっていて、「いらっしゃいませ」といわれて、ついいつもの癖で「こんにちは」といってしまい、恥ずかしい思いをする。でもあの島に行くと、そうした忘れていた普通の人と人とのコミュニケーションが大切で、最後は町長さんまでもが窓運びを手伝ってくれるなど、制作をしながら島の人たちの心が変わって行くことが嬉しかったです。

ART iT 他人との関係ということで、塩田さんに近年おこったふたつの出来事についてお聞きしたいと思います。ひとつはご自身の妊娠、出産という出来事です。出産前と大きく変化したことはありますか。子どもが生まれて「生」というものがものすごく近くにあることは作品に影響したのでしょうか。

CS 妊娠中は現代美術から目をそらすような感じでした。体が美術館に行こうとしないのです。このまま現代美術から離れるのではないかと思った時期もありました。特に子供がおなかの中にいる時は苦しかったです。でも、出産し子どもが大きくなるにつれやはり美術や制作することへの意思が強くなり、辞められないと思いました。今思えばこの時期が結果的によかったと思っています。
そして今は母である自分と作家である自分の2人が私の中にいて、それらを両立させて生きているような感じがします。その境界線は子育てをするうえで自然に出てきました。

ART iT もうひとつ、他人との関係ということで、ここ最近行なっている舞台美術について伺います。孤独に作品を作っている、という話でしたが、演劇は自分でも、自分が選んだ人でもない人が作品に介入すると思います。それに対してはどういう感じだったのでしょうか。

CS 昨年おこなった新国立劇場での『TATOO』はチェルフィッチュの岡田さんから、私の神奈川県民ホールギャラリーでの個展を通して依頼があった訳ですが、舞台美術をするというより私の美術を頼まれたような感じでした。なので、台本に合わせて私なりに美術のまま作りました。今回は岡田さんの手がけた台本ではなかったのですが、違う分野の人と仕事ができたのは本当に新鮮で、 彼が表現しようとしている 言葉と身体のずれ、役者が発する言葉に対する慎重さには、驚かされました。「言葉はそこにあるから演じるな」と役者に岡田さんがよく言っていて、それを真剣に追求しようとしている。普段私たちが話している言葉と動作にはずれがある。舞台で話す言葉と動作を合わせるのはおかしいのではないかという事を彼の信念で徹底して作品を作り上げて行こうとする姿勢には感動しました。彼の稽古場を見て、自分の世界が広がり非常に面白かったです。

ART iT 美術のまま作ったということは塩田さんのコントロール下にあったと思うのですが、その作品は舞台の上では具体的にどう変化したのでしょうか。

CS 美術作品は観客が歩いて自分のペースで見る事ができますが、劇場は与えられた時間、同じ席で見るので、やはり舞台上での変化が観客に要求される。今回は200枚ほどの天井に繋がった窓がゆっくりと話の内容に合わせて地面に降りてくる舞台を作りました。

ART iT その後も舞台美術を手がけてますね。

CS 2009年11月にドレスデンで、2010年3月にベルリンにてスタビンスキーの『オイディプス王』の舞台美術を行ないました。舞台で美術と身体表現が一緒になるのは面白いです。
今後は来年5月、サッシャ・ワルツ演出、細川利夫さんの作曲で『松風』の舞台美術を担当することが決まっています。ブリュッセルのモネ劇場で5月に初演があり、その後世界5ヶ国、最後にはベルリンの国立オペラ劇場でも公演があります。

ART iT では、特に他人が介入することに関して、違和感はないということでしょうか。

CS 違和感というより、自分とまったく違う専門分野の人たちがぶつかり合う場所という感じがあり楽しんでいます。やはり舞台は共同制作なのですね。美術は基本的にひとりでアイデアを出して、作って、ひとりで決めて、ひとりで苦しんで、なので、舞台のようにそれらを共有しながらひとつのものを作っていくというのは、やはり違いますね。

ART iT それは苦しいことでしょうか。それとも、そうした共同作業がもたらす新たな発見や喜びといったものはあるのでしょうか。

CS 両方ですね。岡田さんの時のように「違う世界があるのだ」と思えれば発見があってたのしい、けれどももちろん「面倒だな」ということもあります。自分のなかで明確に「こうだ」と見えているものに対して、相手は全く違うことを考えている。お互いに曲げられないとなった時は非常に厄介です。たとえば照明などで、作品の照明とは違う、舞台の照明家のイメージが入る。自分がイメージしていたものと全然ちがう場合、それをなんとか話しあって妥協点を見つけ、演出家に聞きコンセプトからもう一度、説明して話し合うということをする。そこが展覧会の照明と違うところです。


「行くべき場所、あるべきもの」(2010)ケンジタキギャラリーでのインスタレーション 写真 ART iT
installation view Where to go, what to exist (2010) Kenji Taki Gallery Photo by ART iT




ART iT 今回、名古屋のケンジタキギャラリーで発表した新作はトランクという、思い出を閉じ込めること、旅にでること、閉じているものと世の中に対して開いているような 両義性を持つものを使ったインスタレーションが非常に印象的でした。窓の作品同様、世の中に対してオープンである、ということにも繋がってみえ、さらに過去の思い出や記憶を保持しつつ、そこから踏み出すようなそういう感覚を受けました。何か塩田さんの中で変化があったのでしょうか。もしスタートとなった出来事があったら教えていただきたいと思います。

CS 展覧会を今年のように16本もしていると旅芸人のような、どうしてもスーツケースを部屋の隅に置けない生活になってしまいます。展覧会のために旅に出る時は弱気になれないし、スーツケースには生活の必要必需品だけを持って出る。まるで私の体があればどこにでも行けるような感じです。旅を続けて、空港で出会う人々を見ていると、自分のホームというのは、実際にある住所などではなくて、その人それぞれの心の中にあるものだと思いました。また、人が人と出会う時の顔の表情を見ていると、スーツケーツにつめている物が必需品だけではないように見えて、人が、重い、または軽い荷物をもってどこかに行く時、やはり忘れられない何かを心に秘めて旅を続けるように見えたとき、スーツケース自体がホームに見えたのです。今回のケンジタキギャラリーでの展示のトランクも私の普段のこのような生活の些細な思いからできた作品たちです。

ART iT 今後もスーツケースを使った作品の制作を続けるのでしょうか。

CS 来年、パリのメゾン・ルージュでの展覧会で空っぽの家というタイトルで使い古したスーツケースで家を作る予定です。人から人に渡り旅をして使い古された空っぽのスーツケースで作られた家はけして空っぽになりえない。そんな思いも込めて作ります。



写真提供 : ケンジタキギャラリー、協力:ケンジタキギャラリー、資生堂ギャラリー

塩田千春 新作展『WALL』は2010年7月24日から9月22日までケンジタキギャラリー で開催
http://www.kenjitaki.com/

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