ヴォルフガング・ティルマンス

「今」という時間を写し出す

取材・文:飯田志保子
ポートレート:永禮賢

春の雨が降る夜、個展会場で、目を輝かせたたくさんの観客に囲まれている彼がいた。4年前の来日時と変わらないチャーミングな笑顔で、ひとりひとりのサインに応じる。ふたつある展示室のうち、「3次元的な」新作4点で構成された部屋は、完璧なひとつの作品のような空間だった。

「写真はボディレス、つまり実体がないものと思われているけれど、僕にとっては中身が詰まったイメージ。とてもフラットだけど、実際目の前にあるのは3次元のオブジェなんだよ」


Lighter 47, 2008
Courtesy the artist and Wako Works of Art
Photo Nagare Satoshi

2006年にNYで初めて発表された『Lighter』シリーズは、感光された色鮮やかな印画紙が折れたり突起したりしている、まさに立体的な作品。それは果たして写真という範疇で語れるのだろうか?

「このシリーズは、オブジェという考え方をより大きく捉えたところに由来しているんだ。僕の作品は進化論的には発展しない。まさに今、新しいものとして作られている。写真はいろいろなことを脳裏に呼びさますけれど、良い作品というのは、常に『今』という時間のなかで現在性をもったものであるべきだ。いつも新しい時間を見せるものが、僕の作品のなかでも良いと呼べるもの」

常に「新しい」必要はないけれど、「今」でなければならない。それが同時代的ということだ。『Lighter』のほか、自作のフォトコピーを大伸ばしにした作品、宗教建築の写真など、数々の新作で構成されたもうひとつの展示室は、挑発的とも言えるぐらい多様でラディカル、そしてコンセプチュアルな空間だ。その変化はどこから?

「自分の写真では必ずしもすべて言えないと思っていたことを、世の中に対して言う必要があると感じて。日々僕が何を考えて実際何をしているか、世界に対してどうコメントできるか表したいと思ったんだ。それに9 . 1 1 の一連のことで、宗教に対する考え方も変わってきたし」

人はこの作品群を見て、読み込んだり解釈したり誤読したりするだろう。そしてアーティストはそれをコントロールしきれない。

「僕はいつも自分が考えているあらゆる物事の複雑さを出したいと思っているから、これからも、素材が何であれ、自由に発言したいと思っているよ。そしてそのメッセージと共にありたい。特殊なアートに特化しすぎた世界に消えていきたくはないから。人生と社会といかにつながっていくかに興味があるし、それは人々から離れて抽象的な方向に向かうことではないんだ」

かつて、写真は世界を吸収するのにいちばん手ごろな方法で、世界とつながるために写真を撮ると言っていたティルマンス。驚くべき円環状の進化を遂げながらも、やはり彼は私たちと同じ地平で、時代と共にいる。私たちはそのことにとても勇気づけられる。

初出:『ART iT 第20号』(2008年7月発売)

ヴォルフガング・ティルマンス
1968年ドイツ、レムシャイト生まれ。ロンドン在住。2000年にターナー賞を受賞後、04年の『Freischwimmer』(東京オペラシティアートギャラリー)ほか、世界各地で大規模な個展を開催。08年春、日本では4 年ぶりとなる個展『Lichter』(ワコウ・ワークス・オブ・アート、東京)を開催し、同時期に『英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展』(森美術館、東京)に出品した。

←インタビュー目次へ

Copyrighted Image