コリン・チネリー 『Shコンテンポラリー2009』ディレクター

中国の未来は、群を抜いた可処分所得を有する新世代コレクターたちに懸かっています。


『Shコンテンポラリー』2008年開催時の会場風景(ベスト・オブ・ギャラリー部門)
写真提供:Shコンテンポラリー(以下すべて)

未曾有の経済危機は、アート市場にどのような影響を与えた(与えている)か? 競争が激しいアジア諸都市において、生き残るのはどのフェアか? 中国に「コレクター開発プログラム」を導入したいという、上海『Shコンテンポラリー』の新ディレクターに聞く。

聞き手:編集部

——昨年9月の「リーマン・ショック」以降、アジアの市場は冷え込んでいました。最近になって回復しつつあるという声がありますね。

 投資目的の顧客の存在もあって、オークション市場の回復は早いですね。アート・バーゼルもよかった。アートフェアにとっては頼もしい兆候ですが、ギャラリー市場の回復は概して遅い。フェアの結果から見ると、ご存じの通り打撃を最も受けたのはアメリカで、次いでヨーロッパ、そしてアジアという順でした。

アジアでは日本よりも韓国が深刻でしたが、韓国はいまや急速に立ち直りつつあります。中国は、他のアジア諸国や経済的な先進国に比して被害は少なかったようで、だからこそ我々は中国人コレクターを育成すべく務めているところです。アジアの未来は、群を抜いた可処分所得を有する新世代コレクターたちに懸かっている。そこで我々は「コレクター開発プログラム」を進めているわけです。


2008年開催時の会場風景

——中国人コレクターは自国作家の作品しか買わない、とよく言われますが……。

それはウソですね。ウォーホルやハーストなど、著名なブランドネームを求める人が増えています。とはいえ、アートに関わるインフラストラクチャーは整えられる必要があるでしょう。すなわち、美術館は国際的なアート展をもっと開催し、ギャラリーは国際的な所属作家をもっと増やさなければならない。『Contemporary Art & Investment』のように、国際的な作家についての掘り下げた記事や批評を掲載する本格的なアート雑誌が増えているとはいえ、多くの雑誌は投資と中国作家にほとんどのページを割いている。だから中国人コレクターは、自国の作家ばかりによく通じているのです。

中国に限らず、どの国のコレクターも自国作家に傾きがちです。でも、自国にとらわれるということは、島国的に閉じこもるということ。市場を通じて国際的な作品が供給されるようになればなるほど、市場は開かれていきます。だから我々の目的は、できうる限り市場を開放することです。「コレクター開発プログラム」の背後には、こうした考えがあるのです。

中国のコレクターを「開発」する


2008年開催時の会場風景

——「コレクター開発プログラム」で何をするのか、詳しく聞かせて下さい。

3つのキーワードがあります。「教育すること」「刺激を与えること」、そして「ネットワークすること」。

 まず「教育」ですが、中央美術学院(CAFA)と提携します。CAFAは中国最先端にして最高の美大として知られており、その名前は、中国国内の銀行などを交渉の場に引き出すために意味があります。我々は新しいコレクターをCAFAに紹介し、CAFAは学生数を増やすことができる。相互にメリットのある関係です。一過性のイベントであれ、年間を通じてのコースであれ、教育的なプロセスは新しいコレクターたちにとって極めて重要です。自らの立ち位置を見定め、決断するための方法と、鑑賞や収集の過程を楽しむ術が会得できるのです。

 次に「刺激を与えること」。最低100万ドルの口座を持つ顧客を擁する、中国国内の銀行と協働します。銀行はこうした顧客にあらゆるサービスを提供しますが、そこにはアートに関するコンサルティングも含まれます。ところが銀行にはノウハウがない。銀行のプログラムにも海外の美術館などへの旅行が含まれますが、彼らにはパイプがないんです。そこに我々の出番があります。顧客を様々な都市に連れてゆき、本物のトップコレクターに会わせる。彼らの家を訪ね、何十年にもわたって集めたコレクションを見て、収集に関する物語を聞き、どのようにコレクションを築き上げたかを知る。「コレクターになる」とは、100万ドルの絵を1枚買って壁に掛けるだけのことではない。もっと大きな可能性があるということを知ってもらうんです。

 3つ目は「ネットワークすること」。コレクターは収集するだけが能ではありません。アーティストに会い、企業家に会い、世界に会う。コレクターにはあらゆる職業の人がいて、それは世界そのものです。作品を買うことは、世界に会うことの副産物に過ぎません。

——ある種のアートアドバイザーですね。

いや、違います。我々は完全に公平でなければならず、何を買うかについての助言はしません。その代わりに、顧客に様々な方法論を教えて、自由に選べるようにしてあげるんです。誰から買うか、何を買うかではなく、どうやって買うか、どのようにコレクターになるかだけを知ってもらいたいんです。我々が助言すればするほどフェアへの来客は増えるでしょう。来客が増えれば参加ギャラリーも増える。それがビジネスに結びつく。我々はブースを売るのが商売ですからね。すべては完全にガラス張りです。でももちろん、すばらしいのは——この計画がうまく運べば、ですが——我々だけではなく、全市場が恩恵を受けるということです。

競合相手、香港について


2008年屋外プロジェクトより、ジャン・ホワンの作品(ロング・マーチ・スペース)

——『Shコンテンポラリー』にとって、税率が圧倒的に低い香港は大きな競合相手ですね。勝算はありますか。

上海には充実したサービス、魅力的なバーやレストランがあり、フェア以外にも見るべきアートシーンが存在している。長期的に見ると、上海の環境はフェアに非常に資するものとなっています。香港が良い悪いというのではなく、事実を見る限り、香港には短期的な利点が、上海には長期的な利点があるということです。

 今年、我々は海外からの全コレクターに無料宿泊ホテルをご提供します。「全コレクター」です! これまで2度の開催によって、数千名〜数万名に上る顧客データベースができています。そのすべての方が来れば、財政的には深刻な事態となる。でも、フェアはすばらしいものとなり、誰もがもう一度来てくれることでしょう。

 たしかに今年は競争が激しい年になるでしょうね。売上についても、こればかりは保証のしようがない。コレクターはご招待しますが、英国のことわざに曰く「馬を水辺に連れていくことはできても、無理やり水を飲ませることはできない」。心配ですね(笑)。


Colin Chinnery
1971年、エジンバラ生まれ、北京育ちのアーティスト/キュレーター。2006年から08年まで、ユーレンス現代美術センターの副館長兼チーフキュレーターを務める。09年、『Shコンテンポラリー』のフェアディレクターに就任。

Shコンテンポラリー
9.10 – 13
上海展覧中心
http://www.shcontemporary.info/

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