ウィリアム・ケントリッジ(前編)

転位させた論理としての不条理。それのみが世界を理解する方法なのです。

木炭とパステルで描いた「動くドローイング」で知られる巨大な表現者は、アパルトヘイト時代の南アフリカにユダヤ系として生まれ育った。若き日にパリで演劇を学び、その後人形劇団と協働し、来年にはショスタコーヴィチのオペラ『鼻』をメトロポリタン・オペラで演出するが、むしろ美術家として著名である。演劇には飽きたらず、人間の実存を問うドローイングや版画、映像インスタレーションを手がけるのはなぜか? セル画やCGが主流である時代に、コマ撮りの素朴なアニメーションにこだわり続ける理由は? 日本における初個展のために来日した作家に、創造の背後にある思想と体験について聞いた。

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聞き手:編集部

——昨夜(2009.9.4)、ここ京都で行われたパフォーマンス作品「I am not me, the horse is not mine(俺は俺ではない、あの馬も俺のではない)」の話から始めましょう。来年3月、ニューヨークのメトロポリタン・オペラでご自身が演出されるオペラと同じく、ゴーゴリの『鼻』に取材した作品です。ケントリッジさんはかつて「自分が俳優になれるとは思ってもいなかった」と述べていますが、実際には素晴らしい演技でした。

演じる役がひとつであれば良い役者なんですが、どんな役でも昨夜と同じになっちゃうんですよ。やっぱり、俳優では食べていけなかったと思う。実際には演技なんだけれど、演技ではなくて講演だと思わないとパフォーマンスはできません。

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レクチャー/パフォーマンス「I am not me, the horse is not mine」より
(ケープタウンでのリハーサル 2008年12月)
※字幕を表示するには以下参照。字幕ボタンが表示されない際は、再生しながら再試行すると表示される場合あり。
http://www.google.com/support/youtube/bin/answer.py?answer=100078
 

——昨年、ビエンナーレ・オブ・シドニーでやったものとは、だいぶ違っていましたね。これがほぼ最終版なんでしょうか。

どうでしょうね。シドニーのが初めてだったけれど、録画を観るとあまりに躁病的だったからおとなしくして、別のリズムに落ち着いたんです。2番目のパートは台詞なしで、映像とのやりとりだけにしようと思った。ひとまずこのままにしておいて、10年後とかにもう1回観てみると面白いかも。実際の私と、スクリーンに現れる人物とが非常に違っていて、別種の力強さが生じるんじゃないでしょうか。

不条理の系譜への関心

——演劇の世界から美術の世界に移るに当たっては、(初代森美術館館長の)デヴィッド・エリオットさんに因るところが大きいと聞きました。本当ですか。

デヴィッドはオックスフォード近代美術館時代に、南アフリカ美術の展覧会を企画して南アに来たんです。私はドローイングを見せたんだが、デヴィッドは、それまでは映像かアニメーションのフェスティバルでしか発表していなかった映像作品を展示したいと言った。つまり、私は侮辱されたわけです(笑)。映像作品を美術館で見せるなんてばかげていると思ったけれど、結局は説得されて承諾し、美術の文脈で観るのも悪くないと思うに至りました。ああいうふうに後押ししてくれたことに、とても感謝しています。


「プロジェクションのための9つのドローイング」展示風景 2009年 京都国立近代美術館 撮影:四方邦熈

——ケントリッジさんの初期演劇作品に、アルフレッド・ジャリの『ユビュ王』にインスパイアされた『Ubu & the Truth Commission(ユビュと真実委員会)』がありますね。そもそもはサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』を上演するつもりだったのが、あきらめざるを得なかったとか……。

許可が取れなかったんですよ。著作権管理者が上演法に関して非常に厳しくて、私が人形やら何やらでやりたいと言ったら断られたんです。そのころ『ユビュ』のイメージも作っていて、『ゴドー』と一緒にやってみるというアイディアが浮かびました。だけどベケットはできなくなったから、別のテキストを見つけなくちゃならなくなった。そして発見したのが、真実和解委員会(注)の証言集だったんです。『ユビュ』のグロテスクな形式と、証言記録というテキストを用いることで、ドキュメンタリーと、ほとんど狂気の沙汰である『ユビュ』の世界をできるだけ近づけてみる。その試みの結果、互いをうまく組み合わせることができたわけです。

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「ユビュ、真実を暴露する」 1997年 アニメーションと記録映像からなる作品、8分

——文学や演劇の読書体験について聞かせて下さい。ケントリッジさんの作品には、例えばフランツ・カフカなど、実存主義的な小説家や劇作家の影響があるように思えます。犀の映像も繰り返し現れますが、イヨネスコはお好きですか。

イヨネスコの『犀』のことは忘れていました。高校生のときに『禿の女歌手』を演出し、出演したことはありますが。犀を描き始めたとき(その後いろいろな作品に出てくることになりますが)、実際に念頭にあったのは有名なアルブレヒト・デューラーの犀と、ピエトロ・ロンギが描いたヴェネツィアの見世物の犀です。また、私が子供だったころ、南アフリカでは白犀が絶滅の危機に瀕していて、犀を救うためにあらゆる種類の計画が企てられてもいました。人は救えないけれど、動物は救える社会だったんです。


「食料庫」(『デューラーの測定法教則』シリーズより) 2007年 © the artist

文学に話を戻すと、不条理主義モダニズムの系譜には非常に興味がありますね。先駆者としてのゴーゴリもそこに含まれます。ただおかしいだけの不条理ではなく、転位させた論理としての不条理。それのみが世界を理解する方法なのです。奇妙で陰鬱なミニマリズム作品ほど不条理ではないけれど、ベケット作品も言うまでもない。1920年代に『ゼーノの意識』を書いたイタリア人小説家、イタロ・ズヴェーヴォや、もちろんマヤコフスキーも。モダニズムが冷笑的になる以前の、ああいう素朴に楽観的な時代は、私にとって非常に重要です。でもおっしゃるように、ドローイングへの膨大な衝動は他の人の描いたものではなく、書いたものから来ています。

影響を受けた作家たち

——他のアーティストの影響については、デューラーのほかにマックス・ベックマン、そして言うまでもありませんがゴヤの名を挙げていますね。

プレ印象派から印象派へ、そしてポスト印象派へというモダニズムの伝統的な歴史がありますね。日本の木版画(浮世絵)に端を発し、米国でジャクソン・ポロックによって神格化の域に至る。でも、ある時点でそこから分かれ、印象派やポスト印象派を経て進んでゆくモダニズムの具象の流れも明らかにあって、ピカソやマティスがそうですが、マックス・ベックマンもそこに含まれるのです。この流れには様々な人々がいて、画像制作の鍵として、ある形式による世界の視覚的な表象にいまだにしがみついています。そして私には、この流れを振り返ってみることが大きな関心事でした。私には大好きな抽象画がたくさんありますが、自分でやってみようとすると何をやっているのかわからなくなった。目的が見た目になってしまい——見た目は良いんですが——これはアーティストの拠って立つ基盤としてはしょうもないものです。思うに、写真やビデオに立脚している世界の多くの作品とともに、具象や、さらには物語性のある作品が、ある意味で支配的な形式になってしまった。抽象は、ささやかな傍流なのです。

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ケントリッジの創作を追った2000年製作のドキュメンタリー
「Certas dúvidas de William Kentridge (Certain Doubts of William Kentridge)」予告編

——同時代で好きな作家は?

自分の作品とはずいぶん違うけれど、いつも何をしているか気になる作家として、例えばブルース・ナウマンがいます。アンゼルム・キーファーは、私にとってある段階で非常に重要でした。彫刻におけるトニー・クラッグの創造力も愛しています。ジガ・ヴェルトフは数年前に初めて観たんですが、制作についての私の考えを完全に変えてしまいました。12年前のドクメンタで観たピストレットの彫刻も素晴らしかった。

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(注)真実和解委員会
アパルトヘイト体制下で行われた政治的抑圧や人権侵害の真相を明らかにし、被害者の復権を目指すと共に民族和解を達成するために設置された委員会。……( (株)朝日新聞出版発行『知恵蔵2007』林晃史敬愛大学教授執筆記事より)
http://kotobank.jp/word/%e7%9c%9f%e5%ae%9f%e5%92%8c%e8%a7%a3%e5%a7%94%e5%93%a1%e4%bc%9a

William Kentridge
1955年、ヨハネスブルグ生まれ。ウィトワーテルスラント大学で政治学とアフリカ学の学士号を取得し、その後、ヨハネスブルグ美術財団で美術を学ぶ。アパルトヘイトや植民地主義などを主題とし、木炭の素描を用いた独特の短編アニメーションで国際的に知られるが、エッチング、コラージュ、彫刻、舞台芸術作品も制作する。97年にドクメンタXに参加して以来、世界各国の美術館やギャラリーでの個展は引きも切らず、主要国際展にも多数参加。2009年には、『Time』誌によって「世界で最も影響力のある100人」のひとりに選ばれている。京都国立近代美術館で10月18日まで開催中の大規模個展『ウィリアム・ケントリッジ——歩きながら歴史を考える』は、東京国立近代美術館(10年1月2日〜2月14日)、広島市現代美術館(3月13日〜5月9日)へ巡回予定。サンフランシスコ近代美術館とノートン美術館が企画した『William Kentridge: Five Themes』展は、11月7日から1月17日までノートン(ウェスト・パーム・ビーチ)で開催され、その後、ニューヨーク近代美術館(2月24日〜5月17日)、さらにはヨーロッパ各地に巡回する(サンフランシスコでの展示は終了した)。演出を担当するショスタコーヴィチのオペラ『鼻』は、 10年3月にニューヨークのメトロポリタン・オペラで世界初演を迎える。

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ニュース:ウィリアム・ケントリッジ パフォーマンス

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