カルロス・ガライコア「都市と空」


All images: On How the Earth Wishes to Resemble the Sky (II) (2005), metal, wood and lighting. Installation view in “The Marvelous Real: Contemporary Spanish and Latin American Art from the MUSAC Collection” at the Museum of Contemporary Art, Tokyo. Photo ART iT.

 

都市と空
インタビュー / アンドリュー・マークル

 

ART iT あなたの作品は都市や都市計画という考えに触発され、それらを反映するものとなっています。今回のインタビューに際して、あなたのアーティストとしてのキャリアと、この20年間という都市空間という概念の変化を考察するのに面白い期間がほとんど一致するのではないかと考えていました。この期間は、90年代初頭のインターネットの商用化や現在私たちが利用しているソーシャルメディア社会の台頭、そのほか、格安旅行や国際的なコミュニケーションをかつてないほど気軽にしたSkypeのようなプログラムの隆盛といったものとも重なっています。それではまず、都市空間をどのように捉えているのか、そして、それがキャリアを通してどのように変化してきたのかを教えていただけますか。

カルロス・ガライコア(以下、CG) 都市に対してアーティストとしてアプローチすること。それは最初から現在に至るまで変わっていません。故郷のハバナで都市についての制作をはじめた頃は写真をベースにしていました。アートの実践におけるドキュメンテーションの使用法や機能の仕方、そして、どうしたらドキュメンテーション自体がフィクションのようなものになり得るのかということに関心を持っていました。当時は自分自身を「素朴な建築家」と見做して、表面的なものや見たり触れたりできるものに重きを置いていました。それにより、文章や言語、写真、美術制度の言語を使ってアートに接近するコンセプチュアリズムやポスト・コンセプチュアリズムに影響を受けていた私の実践に新しい興味がもたらされたのです。

そういうこともあり、何年もの間、2002年頃でさえ、自分がこんなにも建築や都市計画に深く関連した言語をつくりだしてきたのだということに気がつきませんでした。90年代の自分の作品を振り返ると、建築家として描いたドローイングや建物の写真、都市の模型、直接的に都市に取り組んだものでさえも、よりフィクショナルなアプローチによって、パラレルワールドを創り出そうとしていました。それと同時に、キューバではイデオロギー的な言説という点で、私たちが社会構造から受け取っていたものは明らかなので、その状況を活性化し、現実の肖像となる新しい言語を創り出そうと考えていました。

それから2000年代初頭にはそれまでやってきたことを見直しはじめて、建築にアプローチするアーティストはいつも現実を語らずにフィクションばかりを口にするような「ユートピア的な人々」だと思われてしまうので、自分自身の実践が制限されてしまうのではないかと感じるようになりました。建築家は真剣で、建築にアプローチするアーティストはただ遊んでいるだけだと見做される。こうした心理は当然アートという実体やその機能の欠如に基づいています。それは数多くのアーティストの実践に明らかです。しかし、私はより機能を備えたより本格的な実践を展開していきたくて、建築や都市風景について見直していくことになりました。

あなたが指摘してくれたように、非デジタル世界からデジタル世界への変化によって、自分がどんな言語を使っているのか、いかに素早くウェブ上のあらゆる情報で都市へとアプローチできるのかを強く意識するようになりました。90年代は旅行こそがほかの都市へとアプローチして、考えるための方法でしたが、現在ではリサーチのために直接グーグルアースへと向かいます。

 

ART iT ハバナとの関係は変わっていきましたか。変わったとすれば、現在はどのようにハバナを見ていますか。

CG 風景に関しては子どもの頃とほとんど変わっていません。言うまでもなく、私の実践の多くがキューバの政治とイデオロギー装置の崩壊、ハバナという都市自体の構造の破綻から来ています。ハバナは50年代は美しく都会化した場所でしたが、怠慢や効果的な経済の欠如が原因で街は変わり、疲弊していき、ほとんど破壊されてしまいました。ソ連崩壊以降、近代や共産主義という概念の信用が失われる一方で、現在は資本主義があまりにも強いという点で、政治とイデオロギーは平行線を辿っています。私はハバナをこうしたあらゆる変化のメタファーとして使い続けているのです。

今、経済が徐々に開かれることで、ハバナは再び非常にゆっくりと変わってきています。投資や住宅の購入、そのほか資本主義体制の方に属する物事が可能になってきました。面白いですよね。経済的なものが投入されることで不動産が刺激されはじめる。まず住宅を手に入れ、それらを改築したり修繕したりしています。おそらく最大の変化は都市そのものではなく、むしろ政治体制に起きるでしょう。とはいえ、ポール・ヴィリリオは「技術文明は常に新しい事故を発明する」と言っています。キューバの社会構造には優れたものが数多くあり、それらは美しく機能しているので、少し矛盾した話になってしまいますが、ひょっとすると、最終的に新自由主義経済は都市を救うのに不可欠なのかもしれません。全体を救うために数多くの優れた物事が犠牲にならなければいけないのではないかと心配しています。怠慢は長い間、とても深く根付いているので…。

 

 

ART iT キューバとアメリカ合衆国の間の物の移動について扱った「When a desire resembles nothing」[1]というプロジェクトを1996年に行なっていますね。この作品は両国が隔絶していたにもかかわらず、いかに近い存在だったかということを示す痛烈な皮肉となっていますね。

CG この二国間の関係はおおよそ8年ごとに変化しているような気がします。90年代のクリントン政権時に渡航制限が緩和されて、私も含めてアーティストたちがアメリカ合衆国でキャリアを積むことができました。私はニューヨークのアート・イン・ジェネラルでのプロジェクトを行ない、ハバナとニューヨークという互いに島である二都市間のあらゆる類似や、相互に対する関心を扱いました。例えば、キューバにある「ツインタワー」と呼ばれる社会主義様式の建物の前で、ニューヨークのツインタワーのタトゥーを腕に入れた男性を撮影しました。この作品では、ここではない場所への欲望と、身体の痛みというアイディアの並行関係を探求しています。ほかにも、両都市のチャイナタウン地区に関する作品も制作しました。

当時は、イタロ・カルヴィーノの『見えない都市』に影響を受けて、欲望や地図、容器として都市を捉えられるような状況を創り出したいと考えていました。それにニューヨークを描く方法として、これら小さなことすべてをこの本から得ました。それと同時に、移民や都市間を移動することの難しさについても話したいと考えていました。このプロジェクトは欲望に関するものでした。どのみち人生のあらゆるものは欲望と関係していますが。私たちが望むものや場所、どのように存在し、どのように見られたいか。そのような欲望が生き方を決定付けます。このプロジェクトはとても詩的であると同時にとても政治的なものでした。

 

ART iT より最近では「An Oriental Minute in Occidental Music」(2008)という作品を制作していますね。そこにも矛盾する欲望という先の作品と似たようなアイディアが取り入れられていたのではないでしょうか。また、この作品では複数の観念的な構造を交差させ、それらを同一の身体に共存させるという試みを行なっていますよね。

CG あの作品はガレリア・コンティニュアでの初個展[2]で発表したものです。あの展覧会ではキューバ人としての背景を持つ私自身の視点から中国、北京、中国文化一般の解釈を試みました。キューバの大半の人にとって、中国は共産主義国で、その歴史も既にある程度知っていて、いろんなところで繋がっています。その一方で、中国は常に数や量を連想させるものです。あらゆるものが大掛かりで、幾千年も続く文化があり、かなりの人々が日々、莫大なお金や大量生産品を生み出している。展覧会のタイトルは「¿Revolución o Rizoma?」でした。リゾーム状の文化という概念が不規則に育っていく一方で、共産革命はいかに単線的に展開するのかということを考えていました。

出品したある作品では古典的な西洋音楽の構造がいかに調性に基づいたもので、数学的にも精確であるのかを考えていました。指数関数的で、ある意味シンプルな構造です。一方、17世紀から20世紀初頭の西洋音楽に比べると、非調性的な東洋音楽にはそのような構造がなく、もっと無作為で、西洋音楽におけるオーケストラが演奏前に調律を合わせる最初の30秒間を思い起こすものです。ヘッドホンに耳をあてると、こうした混沌とした乱雑な音が聞こえてきます。ほかの出品作品も数学、増殖するシステム、ゲームに基づくものでした。キューバのチャイナタウンの成長と衰退、キューバに住む中国人の存在、そして彼らの子孫が今日の中国の成長をどう見ているのかを調べたドキュメンタリーも発表しました。これも中国文化を読み解く方法のひとつでした。

 

 

ART iT これまで制作活動を続けてきて、現代美術の国際的な流れの変化についてどのように考えていますか。また、国際的な現代美術への新しいアプローチの可能性は残されているのでしょうか。それとも、そうしたアプローチは個別の政治の流れに組み込まれていってしまうのでしょうか。

CG 膨大な情報の移動により、国際的な現代美術の制度は民主的なものとなってきていると言えるのではないでしょうか。これはいいことだと思います。特に若いアーティストにとって。たしか90年代半ばだと、日本に情報を送るのにスライドを小包に入れて送らなければならなかったはずです。いまではEメールでPDF資料を送信するだけで終わり。

同時にアート界は極めて体系化されていて、アート界が正当化したいものが正当化されるということがよくあります。そして、誰も市場という概念から逃れられません。私たちは20世紀を通じて市場がどのようにして美術機関に匹敵するほど強力なものへと成長していったのかを見ることができます。今日、消費文化は資本によってヒエラルキー構造と入り込み、市場との関係性によってヒエラルキーが決まる。現在、目に触れる機会の最も多いアーティストのほとんどがポップアートを制作しています。不思議なことに、アートに関する新しく知的な議論を何年も重ねてもなお、私たちは村上隆みたいなアーティストを重要なアーティストとして考える。彼にもいい時期はありましたが、彼が究極的なアーティストだとは言えないでしょう。それはデミアン・ハーストやジェフ・クーンズにしても同じことです。

これはアート界がいまだにポップアートに固執して、マスメディアのスターシステムと競合していることを教えるものです。このシステムの価値観では、人気建築家や人気アーティスト、人気ミュージシャンにならねばいけない。歌手であるレディー・ガガがマリーナ・アブラモヴィッチと競い合うなんて、すべてが混乱しています。艾未未もロックバンドを組んでいますし。あらゆるものが過剰なんです。とはいえアートに専念している多くの人は、アートがそういうものではないことを知っています。ロックスターではないのだということを。アーティストはほぼすべての時間を家やスタジオで制作し、思考し、なにかを創り出そうとする。

しかし、この制度の民主化は新たに大量の人々をアートの中心で活動することへと招き入れて、それとともにそこに大きな自由をもたらしています。いまでは世に出るためにアーティストが美術館システムやキュレーターに頼る必要はありません。

 

 

ART iT 最後の質問になりますが、自分自身の実践との関係において、時間と速度をどのように考えているのか教えてもらえますか。時間や速度はマケットや写真、都市構造でさえも伝えられない不可視な要素ではないかと。それらのメディウムはしばしば時間を超越したものかのように見えるのですが、そのどれもが奇妙な時間に基づいたメディウムなのではないかと考えているのです。

CG 時間と速度は私にとって非常に重要なものです。とりわけ、時間の運動を私の作品に見てとることができるのではないでしょうか。写真を20年間撮り続けることで出来上がった自分自身のアーカイヴに頻繁に立ち戻り、その中に今日新しい意味を持つものを探しています。別の作品ではある写真と別の写真の間の過ぎ去った時間かのようなふたつの瞬間を見てとることができるのではないでしょうか。

アートを制作する上で、本来その重要性が持続するものをつくらねばならないにもかかわらず、あらゆることを短期間で行なうという観点からも時間と速度は重要ですね。私たちは常にアート界のシステムに「存在」するよう迫られていて、本当は完成まで次の日を待つべき事をその日のうちにやってしまう。私たちには20分で終わることのために20年が必要とされています。制作を始めてから数年経つと、もっと時間が必要だと感じるようになります。もしあなたが今より若かったら、あらゆることを今すぐやりたいと思うでしょう。しかし、アートは時間に関するものであり、それ自体、私の制作における強い関心事です。どうすれば時間を超越した永遠の都市の模型がつくれるのか。時間を超越している中でどうすれば政治や社会の現状について語れるのか。これはちょっと難しいですよね。アートは社会における批評的な要素でなければならないと信じています。新しい言語の創出や現実に対する新しいアプローチの発明という点においてのみ批評的であるということではなく、自分の身のまわりで起きることに言及する判断においても批評的であるということです。これこそ自分自身の視点を与えることで同時代や社会の一部となる唯一の方法ではないでしょうか。今日では自分自身の視点など特別なものとされ、アートは人々が現在との関係から自由になりたいと思う場所でもあるので、矛盾しているとは思いますが。この矛盾は一般的な人間のリアリティの一部かと。アーティストとしては自分の過去を反映させたい。とはいえ、過去や現在、未来、そうしたあらゆる可能性をどのように同一作品内におさめるのかという問題があります。

そして、これは私にとって空間の問題でもあります。なにかをするための空間をどうしたら手に入れられて、それを自分の仲間と使っていけるか。例えば、ここ(東京都現代美術館)で展示されている作品なんかもおそらくは外部に存在する時間を反映しているのだけれど、それでも制作時にはある時点における特別なリアリティの肖像をつくっているのだとも信じています。この作品の背景には常に変化し続ける抽象的な都市というアイディアがあるので、そこに東京、ロサンゼルス、どこかヨーロッパの都市を見出せるのではないでしょうか。とはいえ、同時に過去や人類の夢、答えを求めて空や神を仰ぐということも反映しています。この作品のアイディアはどこか具体的な都市であるかのように見えたり、無関係なものや歴史的、実存的な問いを結び合わせるようとしています。それはアートにとっての大きな挑戦ですよね。

日々増々、具体的な物事を扱うようになってきました。文脈について話すこと、ある場所を訪れ、その文脈に触れることが重要なんです。しかし、それが難しいんです。どうやってある文脈にアプローチして、想像力を欠くことなく明晰でいられるのか。そうしたことに取り組むのが重要なんです。頭の中であらゆる時間を生きようとしないこと、それが効果的な訓練になります。いかに時間、現実の時間の内部で時間を超越することができるか。それが重要な問題です。

 

 


 

[1]『When a desire resembles nothing (Cuando el deseo se parece a nada)』アート・イン・ジェネラル,1996年4月13日-5月18日

[2]『¿Revolución o Rizoma?』Galleria Continua, Beijing,2008年4月19日-6月15日

 

 


 

カルロス・ガライコア|Carlos Garaicoa

1967年ハバナ(キューバ)生まれ。キューバ革命後のカストロ政権下に育ち、国立芸術学院ISAで学ぶ。製図工として務めた兵役時に製図技術を身につけている。90年代初頭より首都ハバナを拠点に都市や建築を美学的・社会的な観点から分析することで見えてくる政治やイデオロギーを考察する写真作品やインスタレーションを発表し続けている。ハバナやサンパウロ、ヴェネツィア、光州、シャルジャ、モスクワなど世界各地の国際展に参加。2002年にはドクメンタ11では社会主義国家の一首都であるハバナを分析、考察した写真、ドローイング、建築模型から成る作品を発表している。そのほか、ニューヨーク近代美術館やグッゲンハイム美術館(ニューヨーク)などでも個展を開催している。日本国内でも2001年の横浜トリエンナーレをはじめ、大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ(2006、2012)などに参加、現在、中房総国際芸術祭いちはらアートxミックス(〜5月11日)にも出品している。また、東京都現代美術館で開催中の『驚くべきリアル スペイン、ラテンアメリカの現代アート—MUSACコレクション—』では、星座のような巨大な夜景の都市模型のインスタレーション作品「なぜ地はこんなにも自らを天に似せようとするのか(Ⅱ)」(2005)を発表している。

http://www.carlosgaraicoa.com/

Copyrighted Image