難民問題を徹底的に洗い出す
翻訳 / 牧陽一
本稿は、オンラインマガジン『非芸術』の「艾未未2017难民题材新电影《人流》面世,于今年上映」(2017年2月11日)*1 、ニューヨークタイムズ電子版「Ai Weiwei’s Latest Artwork: Building Fences Throughout New York City」(2017年3月26日)*2 の一部翻訳で構成。
I.
艾未未映画作品『Human Flow』2016年 All images:艾未未のインスタグラムからのスクリーンショット
2016年、難民の状況についてドキュメンタリー映画『人流Human Flow』を制作した。この映画は難民に関するグローバルな視点からの探求だ。私たちの撮影チームは25の撮影クルーから組織された。私たちはバングラデシュ、フランス、ギリシャ、ドイツ、ハンガリー、イスラエル、イラク、ヨルダン、ケニア、レバノン、マケドニア、メキシコ、トルコを含む22の国で撮影を行った。私たちは多くの国の40に上る難民キャンプを訪れ、難民、NPO、ボランティア、政治家を含む数百人に取材した。私たちは常々難民危機について議論するが、そこには難民危機などなく、ただ人類の危機があるだけだった。私たちの社会はもうすでに人類への関心を失い、さらに予測もできない分裂と危険に瀕している。私たちは人間の尊厳と、同情を尊重する現実を創り出す必要がある。
(艾未未、2017年2月10日インスタグラムより)
ヨーロッパでもっとも注目されるアーティスト、艾未未の芸術理念は多くの人々に賞賛されている。艾未未と難民の繋がりは、2015年9月、艾未未とアニッシュ・カプーアが毛布を羽織ってロンドンの街をデモしたことから始まっている。それ以来、彼が休むことはなかく、彼の「難民の時間」は開始した。すぐ後、アイはギリシャのレスボス島の難民キャンプを見舞い、レスボス島にスタジオを設けた。そして難民のために声を出し、デンマークの新法案、難民の財産没収法案の可決に反対して美術展を撤収した。アイの行動は難民とともにあった。2月のはじめ、溺死したシリア難民の男の子の写真の姿を模倣した。子供の運命はあの人々のゴールラインだ。アイは世論の風波の中へと押し上げられた。
Ai Weiwei Camps (https://www.facebook.com/Ai-Weiwei-Camps-1529936073966084/)
2016年1月1日
艾未未はギリシャのレスボス島にスタジオを設立した。レスボス島には毎日数千の難民がたどり着く、彼らはここがヨーロッパまで到達するための最も安全な場所と見做している。
「まるで光の射さない穴のなかに落ち込んだかのように感じる」アイは初めてレスボス島に来た時の印象をこう語った。ここはヨーロッパを目指す難民の8割が最初に上陸する場所だ。
私たちが海岸沿いに車を走らせていたとき、がらんとした船が海上をただ漂泊していた。私は車を飛び降りて、半分沈みかけたその船によじ登った。私はそこでしばらくの間、そんな風に海を漂いながら瞑想した。この時レスボス島にスタジオを移そうと決めた。(艾未未)
2016年1月26日
デンマークの国会で難民から金品を没収する関係法案が可決された。新しい修正法案は、保護を求める難民から、現金や貴金属のうち1万デンマーククローネ(約16万円)を超える分を供出させるものだった。これに対してヨーロッパ内で世論の強い反発を引き起こした。しかし、ドイツやオランダではすでに類似する法案を実施していた。
2016年1月27日
艾未未は抗議の意思を示すため、自分が参加するデンマークでの個展とグループ展、二つの美術展を中止した。アロス・オーフス美術館からの撤収。*3
デンマーク、アロス・オーフス美術館の展覧会からの作品の撤収
2016年2月2日
艾未未は、シリアの小さな難民アイラン・クルディちゃんの姿を真似て、レスボス島の砂利の浜で、溺死して浜にうつ伏せになった写真作品「芸術家」を撮影した。写真は「インディア・トゥディ」マガジンのローヒット・チャウラーが撮影し、週末にインディア・アートフェアで展示され、多くの観光客の人だかりができた。
だが写真を見た海外のネットユーザーの論評は一様で、「あの子をそっとしておいてやってほしい」というものだった。
2016年2月14日
ドイツ、ベルリンにある、ジャンダルメン・マルクト広場で艾未未のパフォーマンスが行われた。コンツェルトハウスの柱は1700着のライフジャケットで覆われた。海外メディアは、このインスタレーション作品は戦争と貧困から逃れ、海で遭難した難民に対する哀悼だと述べた。
艾未未のベルリン、コンツェルトハウスにおける救命胴衣のインスタレーション
艾未未「十二支の像」を難民が使用する金色の保温シートで覆う
2016年3月
3月9日、中国のアーティスト艾未未はギリシャの辺境イドメニ村の難民キャンプを訪問し、涙をこぼした。「人々が雨のなか、全身びしょ濡れで立っている。彼らの未来は見えない…。あなたはこんな景色が21世紀のヨーロッパに出現するとは信じられないだろう。」
12日、イドメニ村ではもう4日も大雨が続いている。地面は至る所ぬかるんでいる。艾未未らは酷い天気のなか、透明のシートを屋根として張って、その下に白いピアノを置き、若いシリア難民の女性に雨のなか、20分間演奏してもらった。
2016年5月
アテネのキクラデス・アート博物館では艾未未が難民危機を主題として制作した『催涙ガス/催涙弾』『iPhoneの壁紙』を展示した。イドメニ村で使われた催涙弾と古代ギリシャで死を悼む人の涙を集めた涙つぼを並べて置いた。難民危機を主題としたもう一つの作品『iPhoneの壁紙』(2016)は2016年1月から4月の間、彼がiPhoneで撮影したギリシャ 、レスボス島での12030枚におよぶ避難民の写真を繋げたものだ。
艾未未はこの時期、難民危機のドキュメンタリー撮影に集中していた、彼は5月9日イスラエルに飛び、ここであるシリーズのインタビューを進めた。イスラエルの独立ニュースブログHA-Makom の情報によると、イスラエルとヨルダン川西岸での撮影プロセスを完成させた後、艾未未は本来、ガザ地区へ入る予定だったが、入国しようとしたところすぐさま拒否された。
イスラエルのニュースメディアはこのブログニュースが公開されたのち、この事件について追跡報道を行った。ソーシャルメディア上でも論争が起こり、結果、彼と彼のクルーは最終的には入国を許された。艾未未はすでにイスラエルで一連の取材を行っている。イスラエル議会のメンバーと政党ジョイント・リストの党首アイマン・オデ、また、イスラエルの人権団体、ベツェレムのHagai EI-Adと面会した。彼らとともにパキスタンおよび世界の難民危機について対談した。取材後、艾未未はヨルダン川西岸に向かい、ベツレヘムに位置する難民キャンプを撮影した。
2016年11月5日
『艾未未:コインランドリー』(Ai Weiwei: Laundromat)がニューヨークのウースター街のダイチ・プロジェクト・スペースで開幕された。美術展はイドメニ村の非公認難民キャンプから集めた何千何万のおびただしい衣料品をはじめとする物品である。イドメニ村はギリシャ北部に位置する小さな村で、マケドニアと国境を接している。2016年春、この村の難民の数は1万5千人に達していた。彼らは、シリア、アフガニスタン、イラクからの難民で、食料の無い、衛生環境が劣悪な環境で数週間を過ごしていた。2016年5月、イドメニは閉鎖され、数千人の難民は追い出された。移動の決定が急で、すぐに出なければならなかったため、たくさんの服、靴、写真など個人の持ち物がそこに落ちていた。
イドメニ村の難民キャンプに入りこみ、1ヶ月間、難民とともに生活した艾未未は、そこで集めた衣服をギリシャのスタジオに持ち帰り、洗濯し、アイロンがけし、整理し、記録して、最後にこの『艾未未コインランドリー』展を完成させた。難民の服や品々を片付けているのは、まるでコインランドリーの仕事のようだったと艾未未は言う。
艾未未『iPhoneの壁紙』2016年(艾未未が2016年1月から4月ギリシャのレスボス島で撮影した避難者の写真を繋げた作品)、『艾未未:コインランドリー』展、ダイチ・プロジェクト・スペース、2016年
記者 どうしてあなたは難民の話題にこんなに注目するのですか?
艾未未(以下、AWW) あなたが難民の人々を見たならば、この問題を解決することがひとつの挑戦であることがきっとわかるだろう。彼らの衣服の話からしよう。大きすぎて体に合わない衣服は、まるで所々傷口が開いているかのようだ。この問題の解決は決してそう簡単なものではない。彼らは過去から今そして未来へと世代から世代を越えても、教育を受けたこともない。しかもこの露骨な世界がどの様に自分たちに対して、振舞ってきたのかを見尽くしている。
記者 なぜ毎日こんなに多くの難民たちの写真をSNSにアップするのですか?
AWW 私には彼らについての疑問が多すぎる。私自身が彼らに対して深く理解していない。しかもそのなかで発生する矛盾も、大多数の人たちが想像できる範囲の遠い外にある。たぶん、私が映像で彼らを記録すること、難民たちの真実の生活の一端を記録することによって初めて、彼らに対する一助となるような作用を最大限に発揮できるのだ。
記者 難民キャンプを訪れる過程で、何か思いがけない状況が起きましたか?
AWW 私はいくつものテントを訪れたが、そこにはたくさんの毛布があった、彼らは常に移動しなければいけないから、フェルトで体を包むのだ。この情景を見て、私はヨーゼフ・ボイスが1974年に、ニューヨークで行ったパフォーマンス『私はアメリカが好き、アメリカは私が好き』を思い出した。フェルトの毛布の下にいるのはみんな子供だ。彼らは泣きはしない―まるで大人のようだ、冷たく湿った場所にいて、涙も涸れ果てている。
艾未未のヨーロッパ難民危機に抗議する一連の作品とその方法は様々な論争を引き起こしているが、彼は自分の「難民芸術」を堅持し続けた。そして難民に関するグローバルな探求である映画『人流』を私たちは刮目して待っている。
II. ニューヨークに壁をつくる(文 / ジョシュア・バローネ)
2017年10月12日、アイはニューヨークで「いい壁はいい隣人をつくる Good Fences Make Good Neighbors」を発表する。非営利団体であるパブリックアートファンドが40周年を記念して艾未未にコミッションした作品でで、彼のパブリックアート作品としては過去最大規模のものである。垣根、壁をテーマにした10の大型作品と数十の小型作品で、マンハッタン、クィーンズ、ブルックリン各所で展示される。題はロバート・フロストの詩「壁の修理」から採ったものだ。これはアメリカという国が持っていた重要な姿勢である開放的な態度からの後退に対する反応だとアイはいう。ベルリンの壁が崩壊したときには11の国境に壁がつくられていたが、今やそれは70に増えている。私たちは民族主義的趨勢の高揚、国境の閉鎖、移民、難民、戦争の犠牲者、グローバリズムの犠牲者に対する排他的な態度を目撃してきた。―この作品も同様に、現在の世界における閉鎖性を批判的にとらえるものと考えられるだろう。
*1 艾未未2017难民题材新电影《人流》面世,于今年上映
原创 2017-02-11 非艺术 非艺术空间
*2 Ai Weiwei’s Latest Artwork: Building Fences Throughout New York City BY JOSHUA BARONE MARCH 26, 2017 艾未未在纽约筑起“围墙” JOSHUA BARONE 2017年3月27日
*3 2016年3月までの経過については以下を御参照ください。
パスポート奪回後の艾未未(アイ・ウェイウェイ) 文 / 牧陽一2016年5月11日