アートの支援者たち:The Hugo Boss Prize

マシュー・バーニーからリクリット・ティラヴァニまで

作品の収集、展覧会やレジデンスプログラムの主催や協賛、賞の設置など、企業によるアート支援には様々なかたちがある。なぜ、そしてどのように企業はアートを支えようとするのか。個別例を紹介しつつ、両者の関わりについて考えてみたい。

取材・文:編集部

ドイツを本拠地とする国際的なファッション企業、ヒューゴ ボスは、10年以上にわたってアートシーンをサポートし続けている。ザルツブルグ音楽祭など、他の文化ジャンルへの支援も行っているが、世界のアートファンにとって「ヒューゴ ボス」の名は、まずはコンテンポラリーアートへの支援を想い起こさせるものではないか。例えば日本においても、2005年の秋から翌年にかけて原美術館で開催されたオラファー・エリアソン展には、協賛企業としての同社の力が大きく与っていた。

先駆的にして権威ある賞

文化支援の中で、同社が最も力を入れているのがHUGO BOSS PRIZEである。歴代の受賞者、ノミネート作家のリストを見ると、実に華麗な名前が並んでいる。初年度(1996年)の受賞者は、『クレマスター』シリーズなどでおなじみのマシュー・バーニー。前回(2004年)は、タイを代表するリクリット・ティラヴァニ。その他、サッカー界のヒーローを「現代の肖像」として撮影した『ジダン 神が愛した男』をフィリップ・パレーノとともにつくったダグラス・ゴードンも名を連ねる。ノミネート作家も併せると、サッカーにたとえればワールドカップ級のスーパースターが、世界各国から選ばれているのがわかる。

2年に一度の審査は、ニューヨークのグッゲンハイム美術館の館長をはじめ、世界的なキュレーターや美術評論家6人が協議して行う。毎回6人(組)のアーティストがノミネートされ、中から受賞者ひとり(ひと組)が選ばれる。受賞者の賞金は5万ドル(約600万円)。受賞後に、グッゲンハイム美術館で個展が開かれることになっている。

いまになって受賞者のラインナップを見ると、あたかも未来の美術史家が書いた美術の教科書のようだ。だが、10年前にマシュー・バーニーを選ぶというのは、先見の明というほかはない。審査員が目利きであるがゆえに、これからアート界を担うであろう作家が選ばれ、彼らがその後も活躍することによって、自ずと賞の権威も高まってゆく。英国のターナー賞にも言えることかもしれないが、賞と受賞者との間に好循環が生まれている。 先駆的であるということは、同時にリスキーであることをも意味する。だがこれまでのところ、HUGO BOSS PRIZEは「賭け」に勝利を収め続け、アート界における地歩を固めつつある、いや、固めきったように見える。

ブランドイメージの向上

ヒューゴ ボス本社アートスポンサーシップの最高責任者、ヒアデス・ケッテンバッハ女史は以下のように語る。

「HUGO BOSS PRIZEは、現代の視覚芸術に重要な寄与をなした作品の作者に授与されます。その時点で有名か否かということは選考プロセスには無関係です。賞はわれわれのアートプログラムの必須の構成要素であり、それだけに、この分野ヘのわれわれの継続的なコミットメントを証明するものでもあります。この賞は現代アート界では最も意義深い賞のひとつになりました」

また、「好循環」は賞と受賞者との間だけではなく、企業、すなわちヒューゴ ボス社と消費者との間にも生まれているという。

「一般大衆の認識も、アート界の評価と同様です。このイメージは、ヒューゴ ボスのブランド世界に好意的に反映されていますね」

さらに、賞の存在は、社の外部のみならず、内部にも好影響を与えている。

「ヒューゴ ボス社が現代美術家に栄誉を与えているという事実は、わが社の従業員の心にしっかり定着しつつあります。同時にわれわれスタッフのあいだにモダンアートへの理解が深まりつつある。わが社のアートスポンサーシッププログラムは、従業員のアートに対する理解——と楽しみ——を高めるねらいで始められたのです」

CSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会責任)という概念が提唱されて久しい。企業が果たしうる社会貢献には様々なものがあり得るが、アートに関する支援は、作家にも、アート界にも、そしてとりわけアート愛好家にとって心強く、ありがたい。本年度のHUGO BOSS PRIZE受賞者は、11月に発表される予定である。

http://www.hugoboss.com/


(左)2004年度の受賞者、リクリット・ティラヴァニ。
左はヒューゴ ボスのブルーノ・セルツァー社長。
右はグッゲンハイム財団のディレクター、トーマス・クレンス。
(右)2006年度のノミネート作家、ダミアン・オルテガの作品。


(左)同、ジェニファー・アロラ+ギジェルモ・カルサディージャ
『10 minute transmission』 1998-2003年
(右)同、アイーダ・ルイロバ『Countdowns』 2004年


(左)同、ジョン・ボック『Still from Salon de beton』 2005年
(右)同、タシタ・ディーン『Still from Boots』 2003年

初出:『ART iT』 No.13 (Fall/Winter 2006)

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