ART-BOOK: 絵画性と複製性——MAU M&L貴重書コレクション × Lubokの試み @ 武蔵野美術大学 美術館・図書館


 

ART-BOOK: 絵画性と複製性——MAU M&L貴重書コレクション × Lubokの試み
2021年10月4日(月)-2021年11月14日(日)
武蔵野美術大学 美術館 展示室1・2、アトリウム1・2
https://mauml.musabi.ac.jp/museum/
開館時間:10:00–18:00(土日祝は①10:00–13:00 ②14:00-17:00)
休館日:水
※事前予約制(公式ウェブサイトを参照)

 

武蔵野美術大学 美術館・図書館では、美術と書物が交差する領域に存在してきた「版画」に焦点をあて、同館の貴重書コレクションによる歴史的、体系的な展観と、印刷と出版の街ライプツィヒに拠点を置く出版社ルボーク・フェアラーグとその創設者でアーティストのクリストフ・ルックへバーレの活動の紹介を通じて、書物における「絵画性」の在りかを版画というメディウムの技術的、表現的側面から紐解く展覧会『ART-BOOK: 絵画性と複製性——MAU M&L貴重書コレクション × Lubokの試み』を開催している。

二部構成の本展会場で最初に出合うのは、ルボーク・フェアラーグの活動記録とも言える出版物の数々。アトリウム1で鑑賞者は思い思いに書物を手に取り、ページをめくっていく。特段説明もなくこうした体験へと誘われる本展の中心を構成するルボーク・フェアラーグとは、いかなる出版社なのか。18世紀から19世紀にかけてロシアで流布した民衆版画「ルボーク」の名を冠し、「アートの民主化」を掲げるこの出版社は、新ライプツィヒ派のペインターとしても知られるクリストフ・ルックへバーレとグラフィックデザイナーで印刷技師のトーマス・ジーモンが、グラフィックアートへの関心を共有し、実験的なアーティストブックを共同で制作する過程を経て、2007年にふたりの活動拠点であるライプツィヒに設立された。立ち上げと同時に創刊した『ルボーク・ライエ』は、ルックへバーレが声をかけたアーティストが制作したリノリウム版を、ジーモンが1958年製の輪転式印刷機プレジデントで刷り出し、オリジナルのリノカットプリントを製本したアートブックで、第1号は500部がすぐに完売となった。以降、『ルボーク・ライエ』は、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートやハレのブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学といった学術機関や、ロッテルダムのプリント・ルームなどとのコラボレーションも取り入れながら全12号まで刊行している。

 


ルボーク・ライエ1号-ルボーク・ライエ12号、2007–2015年、展示風景『ART-BOOK: 絵画性と複製性——MAU M&L貴重書コレクション × Lubokの試み』武蔵野美術大学 美術館・図書館、東京、2021年


展示風景『ART-BOOK: 絵画性と複製性——MAU M&L貴重書コレクション × Lubokの試み』武蔵野美術大学 美術館・図書館、東京、2021年

 

展示会場では、創刊号を含む12号すべての「ルボーク・ライエ」をはじめとするルボーク・フェアラーグの表現と技術、そして、その独自の出版プログラムを一望することができると同時に、気に入ったものを手に取り、書物として束ねられた1点1点の版表現を鑑賞することができる。毎号10名前後が参加する「ルボーク・ライエ」に対して、毎回ひとりのアーティストに焦点を絞り、16点のリノカットによる作品を収録した「ルボーク・ソロ」には、これまでにジョシュ・スミスやアレキサンダー・トヴボルグといったペインターも参加。そのほか、ルボーク・フェアラーグの代名詞でもあるリノカットのみならず、ウッドカット、フォトポリマー、シルクスクリーンなどの技法で印刷された「ルボーク・スペツィアル」、オフセットプリントやデジタルオフセットプリント、リソグラフなどを取り入れ、モノグラフの作品集や展覧会カタログ、ZINEなどを刊行する「ルボーク・アンデレ」など、さまざまな技法が用いられた150冊以上の出版物が並ぶ。(出品作品の一部の解説は、ルボーク・フェアラーグが直営するオンラインストア「印刷美術研究部」で読むことができる。)

 


ルボーク・ソロ、展示風景『ART-BOOK: 絵画性と複製性——MAU M&L貴重書コレクション × Lubokの試み』武蔵野美術大学 美術館・図書館、東京、2021年


左:タル・アール『The Moon』2013年、右:プリント・ジャム(ロナルド・ドゥ・ブルーム、ヴェルナー・ボウエンス、クリストフ・ルックへバーレ、トーマス・ジーモン、エドワード・ウォルトン)『Print Jam』2014年、展示風景『ART-BOOK: 絵画性と複製性——MAU M&L貴重書コレクション × Lubokの試み』武蔵野美術大学 美術館・図書館、東京、2021年

 

ルボーク・フェアラーグのアートブックの展示と、ルックへバーレによる版画作品(および壁紙による空間展開)からなる「Lubokの試み」の出品作品の選定、構成を日本側で担当した飯沼珠実(本展企画協力)は、展示を準備する過程で、ルックへバーレが同一のイメージを同一空間および異なる空間で反復させることに拘っていたと語る。事実、ルックへバーレのリノカットや木版による大小さまざまな版画作品が展開するアトリウム2には、ところどころで同一のイメージが反復し、鑑賞者の見ているそれが絵画ではなく、複数性を帯びた版画であるということを喚起する。また、イメージの反復は同一空間だけでなく、鑑賞者はアトリウム1で手にしたルックへバーレの作品集の中にそれとよく似たイメージが収められていたことを思い出すかもしれない。

そして、ルックへバーレの反復への関心がさらに顕著に現れているのが、壁面全体をリノカットによる壁紙で覆った展示室1での試みである。鮮やかな色で壁紙に展開されるモチーフの反復はもちろん、壁面に掛けられたシルクスクリーンの版画作品は、ルックへバーレが過去に制作した作品を切断し、その断片を再構成することで、空間における反復だけでなく、時間における反復をも意識させる。鑑賞者は、その視線を版画作品、壁紙、展示空間全体に繰り返し移動させながら、充満するインクの匂いとともに、そこにルックへバーレが書物の体験を、実空間に展開しようと試みていることに気づくだろう。

 


クリストフ・ルックへバーレによる版画作品、展示風景『ART-BOOK: 絵画性と複製性——MAU M&L貴重書コレクション × Lubokの試み』武蔵野美術大学 美術館・図書館、東京、2021年


クリストフ・ルックへバーレによる版画作品 壁紙による空間展開、展示風景『ART-BOOK: 絵画性と複製性——MAU M&L貴重書コレクション × Lubokの試み』武蔵野美術大学 美術館・図書館、東京、2021年


クリストフ・ルックへバーレによる版画作品 壁紙による空間展開、展示風景『ART-BOOK: 絵画性と複製性——MAU M&L貴重書コレクション × Lubokの試み』武蔵野美術大学 美術館・図書館、東京、2021年

 

本来の展示構成では第一部となる展示室2の「MAU M&L貴重書コレクション」は、「活版印刷術の発明と木版による図像の伝播」(15世紀-16世紀)、「再現性の追究とさまざまな版種の登場」(17世紀)、「芸術家による版表現の諸相」(20世紀)の時系列に並ぶ3章立てで、印刷技術の変遷を物語ると同時に、聖書、図譜、百科全書、目録、研究書、詩集、小説、図案集、美術雑誌など、並び合う機会の少ない異なる種類の書物に収められた「版表現」を横断的に分析していく。グーテンベルクによる活版印刷術の発明以来、主に実用的な理由から、板目木版、銅版、木口木版、リトグラフといった版種を生み出した歴史に並行する、画家や下絵師、彫版師らが創り出した表現の歴史を見つめるその展示では、貴重書ゆえに手に取ってページをめくることはできないが、それゆえに鑑賞者は選ばれた見開きのページに掲載された書物における版画の「絵画性」を読み取る。

とりわけ「Lubokの試み」との関係で注目すべきは、写真製版技術の確立により、書物が情報をより広く伝達するために消費されはじめた時代に、むしろ機能としての複製性や写実性から解放された版画が書物を舞台に新たな可能性を模索した20世紀の諸実践だろう。エメリー・ウォーカーの講演『活版印刷と挿絵』に影響を受け、ウイリアム・モリスが専属の組版、印刷工を雇って立ち上げたケルムコット・プレスをはじめとするヨーロッパ各地のプライヴェート・プレスや、フランスで文学と芸術を結びつけた新たな出版形式に取り組んだ画商アンブロワーズ・ヴォラールをはじめとするリーブル・ダルティストには、アーティストを含む幅広い分野の人々が関わり、部数を限定して発行した書物は、実用性を重視した書物とは異なる速度と経路で流通していった。こうした過去の諸実践に、デジタル化とインターネットの普及による情報環境が主流として定着する現代において、それとは異なる速度と経路を生み出す書物の可能性を見ることができるかもしれない。

参考文献:『ART-BOOK: 絵画性と複製性——MAU M&L貴重書コレクション × Lubokの試み』(武蔵野美術大学 美術館・図書館、東京、2021年)

(編集部)

 


「MAU M&L貴重書コレクション」、展示風景『ART-BOOK: 絵画性と複製性——MAU M&L貴重書コレクション × Lubokの試み』武蔵野美術大学 美術館・図書館、東京、2021年 画像提供:武蔵野美術大学 美術館・図書館


「MAU M&L貴重書コレクション」、展示風景『ART-BOOK: 絵画性と複製性——MAU M&L貴重書コレクション × Lubokの試み』武蔵野美術大学 美術館・図書館、東京、2021年 画像提供:武蔵野美術大学 美術館・図書館

 

 


 

ルボーク・フェアラーグ|Lubok Verlag
アーティストのクリストフ・ルックへバーレとグラフィックデザイナーで印刷技師のトーマス・ジーモンによる「現代アーティストたちによる、リノカットのグラフィックブックを発行する出版社」。2021年10月28日(木)から10月31日(日)までの4日間*にわたって、東京都現代美術館で開かれる『TOKYO ART BOOK FAIR 2021』にも出展。
https://lubok.de/

印刷美術研究部
ルボーク・フェアラーグが直営するオンラインストア。本展に出品された出版物(版元品切れのものを除く)も購入可能(注文はすべてドイツより直送)。
https://tparc.stores.jp/

記事協力:印刷美術研究部、Lubok Verlag、武蔵野美術大学 美術館・図書館

 


Christoph Ruckhäberle『Porträt』2009年 画像提供:印刷美術研究部


Tiziana Jill Beck『Marshmallow Moments』2020年 画像提供:印刷美術研究部


Ute Richter『Der 15. Januar 1919 war ein Mittwoch』2017年 画像提供:印刷美術研究部

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