第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ各賞発表


イギリス館「Feeling Her Way」(ソニア・ボイス)
 

2022年4月23日に開幕した第59回ヴェネツィア・ビエンナーレでは、同日正午に授賞式が開かれ、国別参加部門および企画展参加アーティスト部門の金獅子賞など、各賞の発表と表彰が行なわれた。

ナショナル・パビリオンの展示を対象とする国別参加部門の金獅子賞は、「音(the sonic)」という観点から複数の歴史の再解釈を試みたソニア・ボイスの個展『Feeling Her Way』を開催したイギリス館が受賞した。ボイスは黒人で女性のミュージシャンたちと協働して、沈黙を強いられてきた物語の復元を試み、鑑賞者が展示空間に響く断片を繋ぎ合わせていくことのできる同時代的な言語を提示した。クワイア(聖歌隊)という形式における複数の声の関係性と同じく、完璧な調和と対照をなすリハーサルのもつ重要性が空間の至る所で提起される展示構成が高く評価された。

 


Sonia Boyce: British Pavilion artist at the Venice Biennale 2022 | Exhibition Tour

 

特別表彰は、ジネブ・セディラの個展『Dreams Have No Titles』を開催したフランス館と、アチャイエ・ケルネンコリン・セカジュゴの二人展『Radiance: They dream In Time』を開催したウガンダ館が受賞した。セディラは『Dreams Have No Titles』において、フランス、イタリア、アルジェリアを中心に、1960、70年代から現在にいたるまでの文化生産における歴史的転換点、なかでもポストコロニアル運動に影響をもたらした映画実践の数々に言及する複合的なインスタレーションを発表した。審査員は、ディアスポラにおける共同体構築という思想のための、長期的な意見交換や連帯に敬意を表し、セディラの作品における西洋の枠組みに収まらない映画の複雑な歴史や、抵抗の複層的な歴史に対するまなざしを高く評価した。また、初参加にして特別表彰を受けることとなったウガンダ館は、ウガンダの視覚文化の歴史に積極的に向き合うケルネンとセカジュゴのそれぞれの実践を通じて、ウガンダのさまざまな領域、そして、その経済や生活を映す展覧会を開催した。審査員は自国の美術や活動に対する想像力、野望、貢献を表彰するとともに、ケルネンの彫刻に表れている単なるコンセプトというだけでなく実践の点でも持続可能性を示す素材の選択などを高く評価した。

 


シモーネ・リー《Brick House》2019年

 

「The Milk of Dreams(夢のミルク)」参加アーティスト部門の金獅子賞は、アメリカ合衆国館でも個展『Sovereignty』を開催しているシモーネ・リーが受賞した。徹底的なリサーチを積み重ねて見事なまでに実現したモニュメンタルな彫刻作品は、アルセナーレの最初の空間をベルキス・アヨンとともに飾り、企画展全体に広がるアイディアや感性、さまざまなアプローチに通ずる魅力的な入り口の役割を果たしていると高い評価を受けた。将来を嘱望される若手アーティストに与えられる銀獅子賞は、アリ・シェリが受賞。大地、火、水を深く瞑想する学際的かつ重層的なマルチチャンネルの映像インスタレーション《Of Men and Gods and Mud》が、「The Milk of Dreams」展全体が切り拓こうとする、進歩や理性の論理から逸脱する物語を反映するものとして高く評価された。そのほか、特別表彰は、イヌイットの世界観の深遠な思想を描くドローイングや絵画で知られるシュヴィナイ・アシューナ、その初期の制作からテクノロジーの日常生活への影響を先見的に見据えていたリン・ハーシュマン・リーソンがそれぞれ受賞した。なお、国別参加部門と企画展参加アーティスト部門の審査員は、審査委員長のエイドリアン・エドワーズ、ロレンツォ・ジュスティ、フリエタ・ゴンザレス、ボナヴェンチュラ・ソー・べジェン・ンディコグ、ズザンネ・フェファーが務めた。

 


左:カタリーナ・フリッチュ《Elephant》1987年 右:セシリア・ビクーニャ《Leoparda de Ojitos》1977年

 

また、生涯にわたる功績を讃える「栄誉金獅子賞」は、事前に発表されていた通り、カタリーナ・フリッチュとセシリア・ビクーニャのふたりが受賞した。カタリーナ・フリッチュ(1956年ドイツ、エッセン生まれ)は、その現代美術、特に彫刻における比類なき貢献が認められての受賞となった。フリッチュは、聖人や人間、動物、貝、骸骨、日用品などを、細部まで超写実的に忠実に再現しつつも、実物とは異なるサイズ、マットで鮮やかな色彩で仕上げ、非現実的かつ不気味な様相を呈した具象彫刻で国際的に知られている。チェチリア・アレマーニはその彫刻を「まるで地球外文明によるモニュメントやポストヒューマン的な美術館の展示物かのようだ」と表した。

セシリア・ビクーニャ(1948年チリ、サンティアゴ生まれ)は、先住民の伝統や非西洋圏の認識論に基づいた多彩な作品制作、消えゆく可能性のあったラテンアメリカの詩人の作品の翻訳や編集、長期にわたる同地域の先住民の権利のための活動など、その幅広い活動が認められての受賞となった。詩、映像、歌、彫刻、協働的なパフォーマンスから、翻訳、出版活動、社会運動など、ビクーニャの広範な実践は、先住民の歴史や文化に敬意を払う姿勢や、脱植民地主義的な特徴を備えつつ、生態系の破壊や均質化する文化に対する危惧や人権の重要性など、現代社会の切迫する課題に取り組んでいる。

 

第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ各賞

国別参加部門|金獅子賞
イギリス館館「Feeling Her Way
キュレーター:エマ・リッジウェイ
参加アーティスト:ソニア・ボイス
国別参加部門|特別表彰
フランス館「Les rêves n’ont pas de titre / Dreams have no titles
キュレーター:ヤスミナ・レガード、サム・バーダウィル、ティル・フェイラス
参加アーティスト:ジネブ・セディラ
ウガンダ館「Radiance: They dream In Time
キュレーター:シャヒーン・メラリ
参加アーティスト:アチャイエ・ケルネン、コリン・セカジュゴ

企画展参加アーティスト部門|金獅子賞:シモーネ・リー
企画展参加アーティスト部門|銀獅子賞:アリ・シェリ
企画展参加アーティスト部門|特別表彰:シュヴィナイ・アシューナ
企画展参加アーティスト部門|特別表彰:リン・ハーシュマン・リーソン

生涯にわたる功績を讃える「栄誉金獅子賞」
カタリーナ・フリッチュ(Katharina Fritsch)
セシリア・ビクーニャ(Cecilia Vicuña)

Copyrighted Image