第31回吉田秀和賞


前田良三『ナチス絵画の謎―逆襲するアカデミズムと「大ドイツ美術展」』(みすず書房 令和3年3月刊)

 

2021年11月2日、公益財団法人水戸市芸術振興財団は、芸術文化の振興を目的に、音楽・演劇・美術などの各分野で優れた芸術評論を発表した人物を表彰する「吉田秀和賞」の受賞者として、『ナチス絵画の謎―逆襲するアカデミズムと「大ドイツ美術展」』(みすず書房)を出版した前田良三を選出したと発表した。賞の贈呈式は、11月19日に水戸芸術館会議場で開催予定。前田には表彰状と副賞として賞金200万円が授与される。

前田良三(1955年鹿児島県生まれ)は、ドイツ文学者で現在は立教大学名誉教授。東京大学大学院人文科学研究科を修了。ドイツ・ボン大学Dr. phil.。主な著作に、『可視性をめぐる闘争──戦間期ドイツの美的文化批判とメディア』(三元社、2013)、『Mythen, Medien, Mediokritäten. Zur Formation der Wissenschaftskultur der Germanistik in Japan』(Wilhelm Fink Verlag、2010)。また訳書として、『トーマス・マン日記 1918-1921』(紀伊國屋書店、2016)、テオドール・アドルノ『文学ノート1・2』(共訳、みすず書房、2009)などがある。
受賞作『ナチス絵画の謎―逆襲するアカデミズムと「大ドイツ美術展」』は、ナチス政権下に開催された『頽廃美術展』と同時に1937年にミュンヘンで開催された『第1回大ドイツ美術展』、とりわけそこに出品され注目を浴びたアドルフ・ツィーグラーの絵画作品《四大元素》を主な対象に、狭義の美術史やナチス研究とは異なる複合的視点から、ナチス美術のあり方を考察し、文化史におけるナチス美術の意味を明らかにする一冊。

前田は受賞コメントとして、同書を次のように語っている。「これまでナチス芸術は、芸術上の価値に乏しい「プロパガンダ芸術」や「キッチュ」として片づけられてきました。しかしそれが現代のヴィジュアル文化にとってどのような意味をもつかという問題は、ほとんど手つかずのまま残されている。この問題を、メディア文化・大衆文化、美術アカデミー制度、民族主義思想運動、美術作品に対する人々の受容モード、ナチスの文化政策などが重なり合う現場で問い直すこと──これが本書の基本的な姿勢です。こうした複合的な観点に立って、本書ではナチス美術の典型とされるアドルフ・ツィーグラーの『四大元素』を可能な限り具体的に分析しています。さらに、ナチスの「大ドイツ美術展」の開催地ミュンヘンが「ドイツ美術の首都」から「ナチス美術の首都」へと変容してゆく過程を、19世紀末から辿り直して検証しました。その意味で、この本は「もうひとつの近代ドイツ絵画文化史」でもあると思っています。
ヨーロッパを中心に35年以上ドイツ絵画を見てきました。その間常に私の念頭を去らなかったのが、近代絵画における観念性と具象性の関係という古くて新しい問題です。今回この本を上梓することで、自分の感じていた「謎」にひとつの明確な形を与えることができたように思います。」
(前田良三の受賞コメント全文および審査委員の片山杜秀の審査委員選評は、公式ウェブサイトのこちらのページに掲載)

昨年に引き続き、建築家の磯崎新と音楽評論家の片山杜秀が審査委員を務め、候補書籍の総数106点(音楽27点/演劇13点/美術35点/映像14点/建築12点/その他5点)の中から『ナチス絵画の謎―逆襲するアカデミズムと「大ドイツ美術展」』が受賞作に選ばれた(片山による審査委員選評はこちら)。過去の受賞作には、荒川徹の『ドナルド・ジャッド―風景とミニマリズム』(水声社、2019)、平芳幸浩の『マルセル・デュシャンとアメリカ―戦後アメリカ美術の進展とデュシャン受容の変遷―』(ナカニシヤ出版、2016)などがある。

 

吉田秀和賞https://www.arttowermito.or.jp/yoshida/

 

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