ターナー賞2021最終候補


Courtesy Herbert Art Gallery and Museum

 

2021年5月7日、テート・ブリテンは世界有数の現代美術賞として広く知られるターナー賞の2021年度の最終候補として、アレイ・コレクティブ、ブラック・オブシディアン・サウンド・システム、クッキング・セクションズ、ジェントル/ラディカル、プロジェクト・アート・ワークスを選出したと発表した。

最終候補のすべてをアート・コレクティブが占めるのは、ターナー賞の40年近い歴史における初の出来事。社会変革のためにアートを用い、コミュニティと密接な協働を継続してきたアート・コレクティブの実践が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックに対して、連帯や共同体意識を映し出すものとして評価された。テート・ブリテン館長でターナー賞審査委員長を務めるアレックス・ファーカーソンは、「ターナー賞の醍醐味のひとつは、イギリスの現代美術のその時代の空気をとらえ、映し出すところである」と述べ、過去1年間の展覧会や活動を選考対象とするターナー賞において、「大多数のアーティストが公の場で展覧会を開くことのできなかった期間に、活動の継続のみならず、その活動の社会的意義が増すこととなった5組の優れたコレクティブが選出された」とコメントを寄せた。一方、最終候補に選ばれたコレクティブのひとつ、ロンドンを拠点とするQTIPOCのメンバーによるブラック・オブシディアン・サウンド・システム(B.O.S.S)は、声明文を発表し、「アーティスト=個人」を念頭においたアートシステムによるコレクティブの活動に対する理解や適切な金銭的報酬が不十分であること、賞制度や美術界が自分たちの都合で展覧会への参加や貢献を望む一方で、それが一時的なマイノリティの美化に終わり、持続的なケアのない搾取的な慣行となっていること、コロナ禍の危機の最中にターナー賞を主催するテートがスタッフを解雇し、雇用と生活を守るために集まった労働者の抗議運動に十分に耳を傾けなかったこと、黒人女性のアーティスト、ジェイド・モントセラトの訴えやそれに連帯する「Industria」の要望に十分に応えてこなかった一方でQTIPOCのコレクティブを称賛することなど、コレクティブの実践に注目しておきながらその背景の認識が欠如していると、その矛盾を指摘している。

 


Array Collective, International Women’s Day (2019) Photo: Alessia Cargnelli


Black Obsidian Sound System (artists portrait), Photo: Theodorah Ndovlu, 2019

 

ベルファストを拠点とする11名のアーティストが結成したアレイ・コレクティブは、中絶の権利やクィア解放運動、ジェントリフィケーションなど、ローカルおよびグローバルな社会政治的問題に対する協働的なアクションを展開している。抗議運動におけるバナーやプラカードの制作から路上でのパフォーマンス、専門家やアクティビストによるレクチャーの企画など、その活動範囲は多岐にわたっている。また、2019年にはロンドンのジャーウッド・アーツで開かれた企画展『Jerwood Collaborate!』に参加。

ブラック・オブシディアン・サウンド・システム(B.O.S.S)は、サウンド、アート、アクティビズムの領域を横断しながら活動するQTIPOC(非白人のクィア、トランスジェンダー、インターセックス)のメンバーによるコレクティブ。ロンドンを拠点とするB.O.S.Sは、サウンドシステム文化の遺産を引き継ぎつつ、集団的闘争のためのリソースを学び、創り出し、維持することを目指し、クラブイベントや作品制作、ワークショップ、コミッションなどをさまざまな活動を展開している。

クッキング・セクションズは、ダニエル・フェルナンデス・パスクアルとアーロン・シュワブのふたりが2013年に結成したロンドンを拠点とするアーティスト・デュオで、変容する世界を観察するためのレンズや道具として「食」を扱い、アート、建築、生態学、地政学などが重なる領域を探求している。2015年から取り組む長期的なプロジェクト「CLIMAVORE」では、生態学や海洋生物学、作物栽培学、栄養学、工学などの専門家とともに、世界各地で気候変動の危機における食のあり方を追求している。また、2016年には「The Empire Remains Shop」を開設し、残存する大英帝国の影響を考察する批評的なプログラムを実施。2018年にプロジェクトをまとめた書籍『The Empire Remains Shop』を出版している。

 


Cooking Sections (artists portrait), Photo: Ruth Clark


Gentle/Radical, Decolonising Faith Symposium, Post Event Meal, Photo: Claire Cage

 

ジェントル/ラディカルは、カーディフを拠点とするアーティスト、コミュニティワーカー、パフォーマー、信仰治療士、ライターなどで構成されたアーティスト・ラン・プロジェクトで、社会変革のためのアートを提唱している。さまざまな背景を持つ人々が暮らす地元のコミュニティで、ロックダウン時の物語を集め、ポッドキャストや多言語の印刷物で共有する現在進行中のプロジェクト「Doorstep Revolution」(2020-)や、2004年からさまざまなコミュニティで実施してきた、フィルム・スクリーニングを通して、現代社会が抱える諸問題を話し合う「Film Club」などに取り組んでいる。

イギリス南東部のヘイスティングに拠点を置くプロジェクト・アート・ワークスは、ニューロダイバーシティのアーティストやアクティビストからなるコレクティブ。コレクティブには有償・無償の介護者なども参加し、アーティストは協働的実践を通じて、個々の創造的な制作プロセスを追求している。2019年には数日間にわたってスコットランドの峡谷を探索した映像作品《Illuminating the Wilderness》を共同制作し、2020年のパンデミック下でも、ビデオダイアリーの共同制作、ヘイスティング・コンテンポラリーの建物でのガラス越しの作品展示など、その活動を継続している。

最終候補に選ばれた5組の活動を紹介する展覧会は、本年度のイギリス文化都市のコヴェントリーにあるハーバート美術博物館で、2021年9月29日から2022年1月12日の会期で開催。授賞式は12月1日に美術博物館に隣接するコヴェントリー大聖堂で催され、その様子はBBCで放映予定。本年度の審査員は審査委員長のファーカーソンのほか、アーロン・セザール(デルフィナ財団ディレクター)、キム・マッカリース(グランド・ユニオン プログラム・ディレクター)、ラッセル・トーヴィー(俳優)、ゾーイ・ウィットリー(チゼンヘールギャラリー ディレクター)が務める。

ターナー賞は1984年の創設以来、時代に応じて形を変えながら40年近くにわたって、イギリスの現代美術の発展に貢献するとともに、現代美術に対する幅広い関心を生み出している。現在はイギリス生まれ、あるいはイギリスを拠点に活動するアーティスト/アーティスト・コレクティブを選考対象に、前年の展覧会を含む活動実績により最終候補を選出、同年に最終候補による展覧会を開催し、受賞者を決定する形式を採用している。受賞者に25,000ポンド、そのほかの最終候補にはそれぞれ10,000ポンドの賞金が授与される。昨年は、COVID-19の流行をめぐる状況下で例年より多くのアーティストの活動を支援するために、ターナー賞の代わりに10人/組のアーティストや団体に10,000ポンドを助成する「ターナー・バーサリー」が実施された。

 

ターナー賞https://www.tate.org.uk/art/turner-prize

 


Part of the Project Art Works Collective, Hastings Contemporary, May 2021 © Project Art Works

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