テート・ブリテンがターナー・バーサリーの受賞者を発表


Tate Britain exterior All images: Credit: Tate Photography

 

2020年7月2日、テート・ブリテンは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をめぐる状況を受け、ターナー賞の代わりに実施するに至った「ターナー・バーサリー」の受賞者を発表した。助成金10,000ポンド(約135万円)を受賞したのは、アリカ、リズ・ジョンソン・アルトゥール、オリート・アシェリー、シャワンダ・コルベット、ジェイミー・クルー、ショーン・エドワーズ、シゼル・マイネッヒ・ハンセン、イマ=アバシ・オコン、イムラン・ペレッタ、アルベルタ・ウィットルの10人/組。(各アーティストのプロフィール、選考対象は記事下部に記載)

この度の発表に際し、テート・ブリテン館長のアレックス・ファーカソンは「オンラインでの活発かつ厳正な議論を経て、審査委員会は今日のイギリス現代美術を映し出す類まれなる才能を持つ10人/組の優れたアーティストのリストを決定しました。そのリストは陶芸から映像、パフォーマンスから写真まで、現代のアーティストが営む刺激的かつ領域横断的な活動の多様性を表しています。各々への助成金はその活動に対する信任投票であり、また、試練の時に相応の価値を持った支援を象徴するものです。突然の呼びかけにもかかわらず、この助成金の実現のために寛大なご配慮を賜り、ジョン・ブース氏、キャサリン・ペティガス氏、アンパサンド・ファウンデーションには心から感謝しております」と総評し、支援者への謝意を示した。

テート・ブリテンは新型コロナウイルス感染症の影響を受けて、5月末に本年のターナー賞の開催を中止し、代わりに審査員の選んだ10人/組のアーティストに助成金を与えると発表していた。本年度の審査員は過去一年間にわたり、最終候補を決めるために数多くの展覧会に足を運び、例年のターナー賞と同じく、イギリス現代美術の発展に重要な貢献をもたらしているアーティストとして、「ターナー・バーサリー」の対象を決定した。なお、今回選出されたアーティストには来年以降のターナー賞の資格も残されている。また、来年のターナー賞は再び展覧会形式で開催する予定となっている。

 

ターナー賞https://www.tate.org.uk/art/turner-prize

 


 


Arika, boychild, Untitled Hand Dance, at Arika’s Episode 10: A Means Without End, Tramway, Glasgow 2019. Photo: Barry Esson.

 

アリカ|Arika(2001年結成、エジンバラ)
選考対象:「Episode 10: A Means Without End」(トラムウェイ、グラスゴー)

エジンバラに拠点を置く団体「アリカ」は、2001年の設立以来、アートと社会変革の結びつきを支える政治的なプロジェクトを組織している。受賞対象となったのは、グラスゴーのトラムウェイで実施した革新的なプロジェクト「Episode 10: A Means Without End」。パフォーマンスやディスカッション、スクリーニング、勉強会で構成した5日間のプログラムを通じて、数学や物理学のアイディアを人生や存在における欲望や困難のアナロジーとして検討した。

 

 


Installation view of Liz Johnson Artur: If you know the beginning, the end is no trouble at the South London Gallery, 2019. Photo: Andy Stagg

 

リズ・ジョンソン・アルトゥール|Liz Johnson Artur(1964年ブルガリア、ソフィア生まれ)
選考対象:『If you know the beginning, the end is no trouble』(サウスロンドン・ギャラリー、ロンドン)

ロンドンを拠点とするガーナ系ロシア人写真家のリズ・ジョンソン・アルトゥールは、《Black Balloon Archive》と題したプロジェクトの下、アフリカン・ディアスポラの生活を30年以上にわたって撮影している。審査員は同プロジェクト全体、なかでも、サウスロンドン・ギャラリーで開かれた個展『If you know the beginning, the end is no trouble』を高く評価した。同展では、さまざまな形式のインスタレーションの下、黒人が多数派をなす教会やノンバイナリー・クラブナイトを含むイギリスにおける黒人の生活を記録した写真群を発表した。

 

 

Oreet Ashery, Revisiting Genesis (2016) at “Misbehaving Bodies: Jo Spence and Oreet Ashery” at the Wellcome Collection, London, 2019. Image courtesy of the artist and the Wellcome Collection, London.

 

オリート・アシェリー|Oreet Ashery(1966年エルサレム生まれ)
選考対象:『Misbehaving Bodies: Jo Spence and Oreet Ashery』(ウェルカム・コレクション、ロンドン)

ロンドンを拠点に活動するオリート・アシェリーは、映像、パフォーマンス、写真、ワークショップ、執筆、アッサンブラージュを含む幅広いプロジェクトを展開、ジェンダー、オートエスノグラフィー、フィクション、バイオポリティクス、コミュニティといった問題を扱っている。科学、医学、生活、芸術の関係性を研究する美術館ウェルカム・コレクションでの展示『Misbehaving Bodies: Jo Spence and Oreet Ashery』の功績が認められての受賞となった。なかでも、死後のデジタル遺産となる伝記的スライドショーを用意するなど積極的に終活に取り組む人々を手伝う看護師を追った新作映像作品《Dying Under Your Eyes》とウェブサイトで展開した《Revisiting Genesis》が高い評価を受けた。

 

 


Shawanda Corbett, Blackbird in Mississippi COS x Serpentine Galleries Park Nights 2019: Shawanda Corbett, Blackbird in Mississippi, © 2019 Talie Rose Eigeland, Courtesy: The Artist and Corvi-Mora, London

 

シャワンダ・コルベット|Shawanda Corbett(1989年ニューヨーク生まれ)
選考対象:《Blackbird Mississippi》(サーペンタイン・ギャラリー、ロンドン)
Neighbourhood Garden』(コルヴィ・モラ、ロンドン)

シャワンダ・コルベットはオックスフォードを拠点に、陶芸、絵画、パフォーマンスといった広範囲にわたる実践を通じて、「完全な」身体という考えに対して疑問を投げかけている。実在の人物に着想を得た陶芸作品は、しばしば政治性を強く帯びたパフォーマンスに組み込まれ、コルベット自身の身体の痕跡をその造形や表面に残す。審査員は、コルベットがサーペンタイン・ギャラリーで発表した、19世紀アメリカ合衆国の黒人奴隷の「地下鉄道」の旅を、自分自身の社会復帰への道のりに関係付けたパフォーマンス《Blackbird Mississippi》の力強さを称賛するとともに、ジャズに触発された絵画や陶芸作品を出品したコルヴィ・モラでの個展『Neighbourhood Garden』の受賞対象として言及した。

 

 


Jamie Crewe, “The Ideal Bar” – “Le Narcisse” – “Alec’s” (2020), still Courtesy the artist and copyright Jamie Crewe

 

ジェイミー・クルー|Jamie Crewe(1987年マンチェスター生まれ)
選考対象:『Love & Solidarity』(グランド・ユニオン、バーミンガム)
Solidarity & Love』(ハンバー・ストリートギャラリー、キングストン・アポン・ハル)

グラスゴーを拠点にアーティスト兼シンガーとして活動するジェイミー・クルーは、映像、彫刻、ドローイング、テキストを駆使し、アイデンティティや権力、欲望、コミュニティ、歴史といった主題に取り組んでいる。受賞対象となったのは、バーミンガムのグランド・ユニオンとキングストン・アポン・ハルのハンバー・ストリートギャラリーで開催したふたつの連動する個展。両個展は、ラドクリフ・ホールの『さびしさの泉(The Wll of Lonliness)』(1928)と同書が何世代にもわたりLGBTQIA+の人々にもたらしている影響に着想を得たもので、現代におけるジェンダーの概念を探求するとともに、神話や文学をダイナミックかつ詩的に翻案した試みを称賛した。

 

 


Sean Edwards, Undo Things Done (Wales in Venice), (2019) in parallel with the past i-iv, 2019, UV curable ink printed direct to medium density fibreboard substrate, perforated hardboard, plywood, hardboard, automotive spray paint, graphite, colouring pencil, household emulsion, plywood, wood glue and steel. Photograph: Jamie Woodley. Image Courtesy the Artist and Tanya Leighton gallery, Berlin.

 

ショーン・エドワーズ|Sean Edwards(1980年カーディフ生まれ)
選考対象:《Undo Things Done》(第58回ヴェネツィア・ビエンナーレ・ウェールズ館)

カーディフを拠点とするショーン・エドワーズは、自身の家族史を基に、シンプルな彫刻やさまざまな素材を組み合わせたインスタレーションを発表している。受賞対象は、第58回ヴェネツィア・ビエンナーレ・ウェールズ館の個展『Undo Things Done』。カーディフ在住の母親が語る生放送のラジオドラマ、父親の記憶と結びついたドミノ牌をシャッフルする映像などを含む公営住宅団地で育った自分自身の体験を元にしたインスタレーションを通じて、緊縮、階級、恥、喪失といった主題に取り組んだ。

 

 


Sidsel Meineche Hansen, End-Used City (2019) computer-generated images, game controller, PC, video, sound, duration: 12 min. Installation view, Sidsel Meineche Hansen, Welcome to End- Used City, Chisenhale Gallery, London, 2019. Photo: Andy Keate.

 

シゼル・マイネッヒ・ハンセン|Sidsel Meineche Hansen(1981年デンマーク、リュー生まれ)
選考対象:『Welcome to End-Used City』(チゼンヘール・ギャラリー、ロンドン)
An Artist’s Guide to Stop Being An Artist』(コペンハーゲン国立美術館、コペンハーゲン)

ロンドンを拠点とするシゼル・マイネッヒ・ハンセンは、今日のテクノロジー主導の資本主義社会で、バーチャルな人間の身体、ロボットのような人間の身体がどのように製造、操作されているのか、とりわけ、製薬産業、ポルノ産業、ゲーム産業、テック産業に着目し、身体と人間の労働との関係を探求している。審査員は、その作品におけるVRとARの革新的な使用法を取り上げ、チゼンヘール・ギャラリーの個展『Welcome to End-Used City』とコペンハーゲン国立美術館の個展『An Artist’s Guide to Stop Being An Artist』を高く評価した。

 

 


Ima-Abasi Okon, Infinite Slippage: nonRepugnant Insolvencies T!-a!-r!-r!-y!-i!-n!-g! as Hand Claps of M’s Hard’Loved’Flesh [I’M irreducibly-undone because] —Quantum Leanage-Complex-Dub (2019) Installation view, Chisenhale Gallery, 2019. Commissioned and produced by Chisenhale Gallery, London. Courtesy of the artist. Photo: Andy Keate.

 

イマ=アバシ・オコン|Ima-Abasi Okon(1981年ロンドン生まれ)
選考対象:『Infinite Slippage: nonRepugnant Insolvencies T!-a!-r!-r!-y!-i!-n!-g! as Hand Claps of M’s Hard’Loved’Flesh [I’M irreducibly-undone because] —Quantum Leanage-Complex-Dub』(チゼンヘール・ギャラリー、ロンドン)
sur— [infinite Slippage: production of the r ~e ~a ~l as an intensive magnitude starting at zero-eight] —plus』(ヴォイド・ギャラリー、デリー/ロンドンデリー)

ロンドンとアムステルダムに拠点に活動するイマ=アバシ・オコンは、彫刻、映像、音響、インスタレーションと幅広い表現方法を展開している。受賞対象となったのは、ロンドンのチゼンヘール・ギャラリーで開かれた個展『Infinite Slippage: nonRepugnant Insolvencies T!-a!-r!-r!-y!-i!-n!-g! as Hand Claps of M’s Hard’Loved’Flesh [I’M irreducibly-undone because] —Quantum Leanage-Complex-Dub』で、同展はデリー/ロンドンデリーのヴォイド・ギャラリーに巡回している。業務用エアコンを用いたマルチチャンネルの音響作品を含む高度に完成されたインスタレーションが審査員の高い評価を得た。

 

 


Imran Perretta, the destructors (2019). Installation view, Chisenhale Gallery, 2020. the destructors is produced by Chisenhale Gallery and Spike Island, Bristol, and commissioned by Chisenhale Gallery; Spike Island; the Whitworth, The University of Manchester; and BALTIC Centre for Contemporary Art, Gateshead. Courtesy of the artist. Photo: Andy Keate.

 

イムラン・ペレッタ|Imran Perretta(1988年ロンドン生まれ)
選考対象:『the destructors』(チゼンヘール・ギャラリー、ロンドン)
the destructors』(スパイク・アイランド、ブリストル)
the destructors』(ウィットワース・アートギャラリー、マンチェスター)
the destructors』(バルチック・センター・フォー・コンテンポラリーアート、ゲーツヘッド)

ロンドンを拠点にするイムラン・ペレッタは、映像、パフォーマンス、音響、陶芸を通じて、周縁性や文化史について探求している。バングラデシュをルーツに持つ若者としての自分の体験を反映した映像作品《the destructors》(2019)が審査員に称賛された。同作は、ムスリムの文化背景を持つ南アジア系の男性がイギリスで成人年齢を迎えることの複雑さに向き合い、緊縮経済と「対テロ戦争」の居心地の悪い関係性を探求している。《the destructors》は、ロンドンのチゼンヘール・ギャラリー、ブリストルのスパイク・アイランド、マンチェスター大学のウィットワース・アートギャラリー、ゲーツヘッドのバルチック・センター・フォー・コンテンポラリーアートが制作を委託、各会場で発表した。

 

 


Alberta Whittle: How Flexible Can We Make the Mouth, installation view, Dundee Contemporary Arts, 2019. Photo: Ruth Clark.

 

アルベルタ・ウィットル|Alberta Whittle(1980年バルバドス、ブリッジタウン生まれ)
選考対象:『How Flexible Can We Make the Mouth』(ダンディー・コンテンポラリー・アーツ、ダンディー)

アルベルタ・ウィットルは、バルバドス、スコットランド、南アフリカ共和国を拠点に活動している。ディアスポラとしての経験に根ざしたウィットルの作品は、パフォーマンス、映像、写真、コラージュ、彫刻を組み合わせ、反黒人感情、奴隷制や植民地主義の後遺症によるトラウマ、記憶、生態系への関心といった課題に取り組んでいる。ヒーリング、文章を書くこと、スピーチを自己解放の手段として考察した、ダンディー・コンテンポラリー・アーツでの個展『How Flexible Can We Make the Mouth』が審査員の心を動かした。

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