野村アートアワード大賞


Doris Salcedo Shibboleth (2007) Turbine Hall, Tate Modern, London Photograph by Sergio Clavijo

 

2019年10月31日、野村ホールディングス株式会社は、現代美術界において極めて優れた実績を有し、さらなる飛躍が期待されるアーティストを表彰する「野村アートアワード大賞」を、コロンビアのボゴタを拠点に政治的暴力や差別に対して芸術が持ちうる抵抗の力を表現してきたドリス・サルセドに授賞した。その功績を称えるとともに新たな作品制作に向けた活動を支援するために、サルセドには上海で行なわれた授賞式で賞金100万ドルが授与された。

ドリス・サルセド(1958年ボゴタ生まれ)は、「暴行や喪失の経験そのものについてではなく、常に消失の過程にある体験の記憶について訴えるもの」として自身の作品を語る。長年に亘って日常使いされてきた家具や布地、衣服などを彫刻として再生し、それらに刻まれた政治的、そして個人的な悲劇の記憶を表現している《La Casa Viuda(ラ・カーサ・ヴィウダ/寡婦の家)》(1992–95)といった彫刻作品から、史実を題材とした1985年に起きたボゴダの最高裁判所占拠事件に言及したパフォーマンス作品《Noviembre 6 y 7(ノヴィエンブレ・セイス・イ・シエテ/11月6日と7日)》(2002)、同じく、60年近く続くコロンビア内戦の和平合意をめぐる国民投票が反対多数となった史実をきっかけとした《Sumando Ausencia(スマンド・アウセンツィア/不在の加算)》(2016)などを制作。代表作として知られる《Shibboleth(シボレス)》(2007)は、テート・モダンのタービンホールのコンクリート床に、歩行の妨げになるほどの深く巨大な亀裂-虚空—を走らせたインスタレーションで、脱構築的な思考プロセスを通じて、排他、分断、そして他者性といった概念に視線を向けている。近年の代表作《Palimpsest(パリンプセスト)》(2013–17)は、ヨーロッパの移民問題を主題にしたもので、床に敷き詰められた石盤に、移民死者190名の名前が浮かんでは消え、断続的に繰り返されるインスタレーション。展示会場を落命者への追悼の空間として変容させると同時に、生と死のサイクルについての観念や、繰り返される悲劇の犠牲者すべてを追悼することが叶わない無念を表し、観る者の心に地球の「嘆き」ともいえる感覚を呼び起こす。

 


Doris Salcedo Unland the orphan’s tunic (1997) Collection: Fundación “la Caixa”, Barcelona Museum of Contemporary Art, Chicago


Doris Salcedo Noviembre 6 y 7 (2002) Ephemeral public project, Palace of Justice, Bogotá Photograph by Sergio Clavijo

 

第45回ヴェネツィア・ビエンナーレ(1993)、第24回サンパウロ・ビエンナーレ、ドクメンタ11(2002)をはじめ、数々の国際展や企画展に参加。また、1998年にニューヨークのニュー・ミュージアムで個展『Unland』を開催。同展は、ニューメキシコのSITEサンタフェ、翌年にサンフランシスコ近代美術館、テート・ギャラリーに巡回。その後も、2010年から2012年にかけて、メキシコ自治大学付属現代美術館、マルメ近代美術館、国立21世紀美術館、ホワイトキューブ、サンパウロ州立美術館を巡回した個展『Plegaria Muda』、2015年から2016年にかけて、シカゴ現代美術館、グッゲンハイム美術館、ペレス美術館を巡回した個展『Doris Salcedo』、2017年のソフィア王妃芸術センターの水晶宮殿での個展『Palimpsest』、2019年のアイルランド現代美術館での個展『Acts of Mourning』、リューベックのクンスト・ザンクト・アネンでの個展『Tabula Rasa』など、各地の美術館で個展を開催している。日本国内では、2014年に第9回ヒロシマ賞を受賞し、受賞記念展を広島市現代美術館で開催している。

今回の受賞に際し、サルセドは、「野村アートアワードの初代大賞に選ばれたことは嬉しい驚きでした。大変名誉に思うと同時に、大賞の名に恥じない創作活動への責任も感じています。これまで犠牲者や被害者の経験を悼む作品を創ってきましたが、私の作品は、長い時間をかけた入念な下準備と大勢の協力者が必要なため、資金的な負担が大きな足かせとなってしまいます。しかし今回の受賞によって、構想を描いていた次のプロジェクトに取り掛かる事が可能になりました。大賞に選んでくださった審査員の方々をはじめ、すべてのアワード関係者の皆様に感謝申し上げます。」とコメントした。賞金の使途として、1999年から取り組んでいる《Acts of Mourning(死を悼む行為)》の新作制作を挙げている。同シリーズは、日時や場所・空間を特定して行なうことが大きな意味を持つ作品群で、時に1,000人以上が参加する大規模なプロジェクト。《Queberantos(ケブラントス/打ち砕く)》と名付けられた直近の作品は、殺害された大勢の社会活動家を追悼するため2019年6月10日にコロンビアの首都ボゴタ市のボリバル広場で制作された。これまではボゴタの中心街周辺で実施されてきた同シリーズだが、次作の制作地は内戦でより甚大な被害をうけたコロンビアの辺境地域が予定されている。

 

野村アートアワードhttps://www.nomuraartaward.com/jp/

 


Doris Salcedo Sumando Ausencias (2016) Ephemeral public project, Plaza de Bolívar, Bogotá Photograph by Felipe Arturo


Doris Salcedo Quebrantos (2019) Ephemeral public project, Plaza de Bolívar, Bogotá, Photograph by Juan Fernando Castro

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