第31回高松宮殿下記念世界文化賞


ウィリアム・ケントリッジ、動画『流浪のフェリックス』より 1994年 Courtesy of William Kentridge Studio

 

2019年9月17日、公益財団法人日本美術協会は、国内外問わず世界の優れた芸術家を顕彰する高松宮殿下記念世界文化賞の第31回受賞者を東京、パリ、ロンドン、ニューヨーク、ローマ、ベルリンの各都市で発表した。絵画部門のウィリアム・ケントリッジ、彫刻部門のモナ・ハトゥムをはじめ、各受賞者には10月16日に東京・元赤坂の明治記念館で開かれる授賞式典にて、顕彰メダルと感謝状、賞金1500万円が贈呈される。

絵画部門は、ウィリアム・ケントリッジ(1955年ヨハネスブルグ生まれ)が受賞。ケントリッジは、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)の歴史や社会状況を、独自のアニメーション「動くドローイング」で描き出した作品で国際的な注目を集める。「動くドローイング」は、木炭画を部分的に消しては描き加えていくという変化を一コマごとに撮影してつなげたアニメーションで、素朴だが、時間の重厚性や寓意に満ちた表現性を獲得している。90年代よりドクメンタやヴェネツィア・ビエンナーレをはじめ数々の国際展や美術館で作品を発表しており、近年はオペラの演出や、音楽・ダンス・動画などが重層的に融合する脱領域的な総合芸術に意欲的に取り組んでいる。昨年発表された『ザ・ヘッド・アンド・ザ・ロード』(2018)は、第一次世界大戦で荷物担ぎとして動員されたアフリカ兵の戦争参加を題材に、欧州の現代思想とアフリカの歌の伝統との交錯を描き、高い評価を得ている。その幅広い表現において、独裁や植民地主義に反対し、その病理に迫ろうとする知的探求が作品群の底流をなしている。日本国内でも、京都国立近代美術館を含む国内3館を巡回した日本初の大規模な個展『ウィリアム・ケントリッジ——歩きながら歴史を考える そしてドローイングは動き始めた……』(2009-10)の開催、横浜トリエンナーレ2001やPARASOPHIA 京都国際現代芸術祭2015への参加のほか、昨年は、演出を手がけた『魔笛』を東京国立劇場で上演している。また、2010年には京都賞を受賞している。

 


モナ・ハトゥム「その日の名残」2017年 広島市現代美術館での展示 提供:広島市現代美術館 撮影:草苅健 © Mona Hatoum

 

彫刻部門は、モナ・ハトゥム(1952年ベイルート生まれ)が受賞。個人的な経験を普遍的価値へと繋げるハトゥムの実践は、一貫してジェンダーやアイデンティティ、社会の権力構造などにまつわる矛盾や葛藤についての熟考を観客に迫る。その実践は、自身の身体を使ったパフォーマンスや映像作品から、工業製品や身体の一部(髪)を素材とした彫刻、インスタレーションなど多岐にわたる。ハトゥムは、ベイルートに亡命したパレスチナ人の両親のもとに生まれ育ち、ロンドン滞在中に勃発したレバノン内戦のためにロンドン残留を決断し、作品制作をはじめる。90年代よりヴェネツィア・ビエンナーレをはじめとする国際展や美術館の企画展に参加し、95年にはターナー賞候補にも選出されている。2015年から2017年にかけて、初期作品から最新作までを一堂に集めた回顧展をポンピドゥー・センター、テート・モダン、ヘルシンキのキアズマに巡回した。日本国内では2017年に、ヒロシマ賞受賞記念となる個展を広島市現代美術館で開催し、初期作品や代表作のほか、広島訪問に触発されて制作した、金網で覆った木製の家具を燃やし、黒焦げの残骸にした新作「その日の名残」などを発表している。

建築部門は、代表作の『バーンズ財団美術館』(2012)をはじめ、高層ビルや商業的なプロジェクトには興味を示さず、学校や美術館などを中心に手掛けるトッド・ウィリアムズ&ビリー・ツィンが受賞。1977年から協働し、86年にパートナーとなった建築家夫妻。2016年には、オバマ前大統領とミシェル夫人により、シカゴの『オバマ大統領センター』(2022年完成予定)の設計者に選ばれた。音楽部門は、現代最高のヴァイオリニストのひとりとして知られるアンネ=ゾフィー・ムターが受賞。「音楽のノーベル賞」といわれるポーラー音楽賞を受賞するなど、卓越した演奏技術のみならず、後進音楽家の育成に力を注ぎ、東日本大震災の被災者らを支援する公演を実施するなど、積極的な教育・慈善活動に取り組む姿勢で揺るぎない人気を誇る。演劇・映像部門は、圧倒的な美貌、役の性根を掴む演技と美意識、芸容の大きさで、現代歌舞伎を代表する女形として称される坂東玉三郎が受賞。海外アーティストとのコラボレーションや、演出家、映画監督など歌舞伎の枠を超えた活動も評価が高い。

 


デモス、リハーサル中の子供たち パリ郊外のマシー・オペラハウスにて 2019年

 

また、次代を担う芸術家の活動を支援する「若手芸術家奨励制度対象」の対象団体には、パリ管弦楽団の本拠地、フィルハーモニー・ド・パリが運営する音楽教育プログラムデモスが選ばれた。2010年に発足したデモスは、クラシック音楽に触れる機会の少ないフランスの貧困地域や地方の7歳から12歳の子供を対象に、無料で楽器を貸し出し、週4時間のレッスンを3年間行なうプログラム。デモスで3年間を過ごした50%の子供が音楽の勉強を続けており、そうした子供達への無料での楽器の貸し出しも行なう。ベネズエラの貧困地域の子供たちをクラシック音楽の練習、演奏を通じて教育する制度、エル・システマ(1975年発足)の活動にヒントを得た同プログラムは、ひとつのグループごとにふたりのプロの音楽家、ふたりのソーシャルワーカーとボランティアが組みになって指導し、音楽の技術面の指導だけではなく、子供の精神面のケアや人格育成にも力を注いでいる。運営費は、政府、民間、地方自治体が3分の1ずつ負担している。

 

高松宮殿下記念世界文化賞:http://www.praemiumimperiale.org/

絵画部門:ウィリアム・ケントリッジ
彫刻部門:モナ・ハトゥム
建築部門:トッド・ウィリアムズ&ビリー・ツィン
音楽部門:アンネ=ゾフィー・ムター
演劇・映像部門:坂東玉三郎
若手芸術家奨励制度対象団体:デモス(フィルハーモニー・ド・パリ)

関連イベント
世界文化賞建築講演会2019「トッド・ウィリアムズ&ビリー・ツィン 建築を語る」
講師:トッド・ウィリアムズ&ビリー・ツィン
モデレーター:三宅理一(建築史家、東京理科大学客員教授)
2019年10月17日(木)16:00-17:30(開場:15:30)
会場:鹿島KIビル 大会議室(東京港区赤坂6-5-30)
申込方法など詳細:https://www.praemiumimperiale.org/ja/news/news/20190917

 


トッド・ウィリアムズ&ビリー・ツィン『バーンズ財団美術館』の展示室

Copyrighted Image